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第201話 一歩、前へ (13)

 振り向くと、寺田勇三が、立っていた。町長の隣に並んでいた勇三と、視線が合ったのは気のせいではなかったようだ。逃げるようにして帰ろうとした手前、バツが悪い。


「お疲れさまです、勇三さん」

「久しぶりだな、飯でもどうだ?」

「あの、お気持ちはありがたいのですが、汚れたままですし、それに」


 車に戻れば着替えはあるが、口には出さないでおく。いくら元上司とはいえ、勇三の立場では、二人きりの食事はまずいだろう。それ以上に、なるべくなら勇三と関わりたくないという気持ちが先行する。背中に冷や汗をかきながら、断りの言葉を探す。


「心配するな、社交辞令だ」


 あっさり引き下がった勇三に、思わず脱力した。


「わざわざ言う必要あります?」

「逃げたから取って食おうなんて、思ってねえよ。ちょいと付き合え」


 逃げ腰の態度が現れていたらしく、自分の思惑は、見透かされていたようだ。勇三が、駐車場の隅にある自販機を指さした。さっさと歩きだす姿に、半歩遅れてついていく。千円札を入れた勇三が、場所を譲った。コーヒーの無糖と加糖で悩んだが、無糖のボトルを選ぶ。


「ありがとうございます」

「おう」


 そのまま、自販機脇の喫煙スペースに移動した。確かに、ここなら勇三と並んでも違和感がない。意外な利用方法に感心しながらベンチに座ると、勇三が、円柱の灰皿の前に立った。慣れた様子で取り出したたばこの箱に、春海が目を丸くする。


「勇三さんって、喫煙者でした?」

「昔な。禁煙を辞めたのは、本所に来てからだ」


 しかめ面で勇三が、たばこに火をつけた。風向きを考慮したらしい。長々と吐きだした煙は、勇三の後ろへと流れていく。


「毎日忙しすぎて、本を広げる時間すら取れねぇんだ」


 勇三らしいぼやきに、懐かしさを感じる。少しだけ緊張が解れた。


「就任早々、台風なんて大変でしたね」

「全くだ。副町長なんて柄じゃないよな」


 心底困ったような勇三の声に、思わず笑う。春海の笑顔につられながらも、勇三が「笑うなよ」と口を曲げる。ふと、町長への親しげな態度に、疑問がわいた。現町長の島村は、元教育長を長年務めていた人だ。大根やぐらの打ち上げに参加してくれたこともあり、春海も人なりは知っている。


「そういえば、勇三さんは、島村さんと親しいですよね」

「話してなかったか? 三才からの腐れ縁だ」

「うそっ!」


 勇三の白髪の交じった髪を見上げる。ずいぶんと太い縁に驚くと、うるさそうに視線を振り払われた。


「俺は、あと二、三年くらい、ゆっくりするつもりだったのに、どうしてもって頼まれたんだよ。予想以上に、あいつが意気込んでな」

「どういうことですか?」


 目を丸くする春海に、それ以上の事情を話すつもりはないらしい。勇三が首を振って、たばこをくわえる。追従するように、春海もペットボトルのキャップを開けた。苦いコーヒーで喉は潤うも、疲れた体は糖分を求めてる。やっぱり加糖にすればよかったと後悔しながら、ちびちびと啜る。勇三は、ボランティア活動の詳細を知りたかったらしい。次々出てくる質問に、答えられる範囲で話していく。


「春海のところは、無事だったのか」

「はい、悟さんの家も、大きな被害はなかったようです」


 頷いた勇三が、目を細める。


「そういえば、一昨日、悟おじと話す用事があってな。春海を絶賛してたから、褒めるだけじゃなくて、もっと給料上げてやってくれって頼んでおいたぞ」

「え、冗談ですよね」


 思わず固まった春海に、勇三が真顔で煙をはいた。


「でたらめ言ってどうする。感謝しろよ」

「やめてくださいよ、今でも過分なくらいですから。もし、今月お給料が増えてたら、私、どんな顔して悟さんに会えばいいんですか」

「それを決めるのは、悟おじだ。増えてたら、笑顔で受けとればいいだろうが」

「そんな態度、とれませんって!

 うわぁ、明日からどうしよう」


 頭を抱える春海を見て、勇三が、愉快そうに肩を揺らす。


「大分、元気になったじゃないか」


「一時は、能面みたいな顔してたからな」と続けた言葉に、申し訳なさと恥ずかしさで、ますます顔が上げれない。三年前、常に険しい顔で接した人物とは、別人のようだ。抜け殻のような自分に厳しい態度を貫いたのは、勇三なりの励ましだったのだろう。自暴自棄になった態度を横目で見ながら、最後まで見捨てないでくれたのだから。恩人といえる存在なのに、感謝より先に苦手意識がくるのは、醜い自分を見せた負い目があるからだ。


「……その節は、本当にお世話になりました」 

「おう、世話したかいがあったぜ」


 笑いを含んだ声に嫌みを感じさせないのは、いかにも勇三らしい。手のかかる生徒を見るような眼差しを、赤くなりながら受けとめる。


「なあ、春海」

「はい」


 勇三が、指先まで短くなったたばこを、もみ消した。最後の煙が、顔を避けるように細く流れていく。ふと、勇三が、自分を見定めているように思えた。


「そろそろ戻ってこないか」


 思いがけない言葉に、耳を疑った。

18時にもう一話更新します。

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