第20話 町民体育祭 (3)
「ところでさぁ、今度の日曜日、町民体育祭があるでしょう。
花江さんも参加するの?」
頻繁に通うようになった春海に加え、大概一緒に来る勇太と美奈の二人にもコーヒーを渡している花江へ思い出したように春海が訊ねた。
「ええ、リレーに出るわよ」
「それって、もしかして地区対抗リレーですか?」
「そうだけど」
「私達も走るんですよ」
「あら、そうなの?」
「はい。地域起こしプロジェクトを知ってもらう絶好の機会だからって、男女一チームずつ特別枠で出るんですよ」
花江と美奈がお互いの言葉に驚き、隣では春海が珍しくどんよりとした表情を浮かべている。
「あ~あ、まさかこの年でリレーなんて走るとは思わなかったわ」
「あら、春海はこういうの好きそうだと思ってたけど?」
意外だと言わんばかりの花江に勇太が内緒話をするように声をひそめる。
「春海さんは、次の日に筋肉痛が来るか来ないかが心配なんですよ」
「勇太ー!
アンタ、マジ許さん!!」
「あはは、ごめんごめん」
春海と勇太のこういったやり取りは日常的のようらしく、勇太のからかいに春海も本気で怒っている様子はない。賑やかな雰囲気につられて歩も微笑む。
「花江さんは二十代で走るの?」
「いいえ。
去年までは二十代だったんだけどね。今年は三十代でお願いしますって言われてるわ。なんか地味にショックよね」
「あはは、分かる~」
「その代わり、二十代は歩が走るわよ。ね、歩?」
「え、マジ!?」
カウンターの隅で座っていた歩に話題が振られ、どぎまぎしながら返事をする。
「は、はい……」
「へぇ、じゃあ、私の相手は歩ちゃんかぁ」
「はい?」
「二十代で走るの私なの」
「え、春海さん、ですか?」
驚く歩に春海が不敵な笑みを浮かべながら頷いた。
「知人が一緒に走るとなると、俄然燃えてくるわね。
ふふふ、楽しみになってきたわ~」
「は、はぁ……」
「歩、ハンデあげましょうかって言え」
「え!? あの……その……」
「歩ちゃん、勇太君の言葉本気にしなくて良いからね」
勇太がささやいた言葉にどう返事をしていいやら戸惑っていると、美奈が笑いながらたしなめる。
「こら、勇太! 聞こえてるわよ!」
「聞こえるように言ったんですー」
「いい度胸してるじゃない!」
再び言い合う二人に美奈と花江が笑い合う──春海と花江の気が合うなら、勇太と美奈がその友人である花江とも打ち解けるのも必然であったのだろう。ほんの数メートル先で笑いあう大人たちの雰囲気が酷く眩しく映り、歩は膝の上のカップに視線を落とした。
大人になれば、あの輪の中に入っていけるのかな?
一瞬頭に浮かんだ考えを直ぐに否定してしまう。
勇太や美奈が自分に声を掛けてくれるようになり、春海が話題を持ちかけてくれる事も増えたのに、歩は一度だって上手く返せず、会話はいつも途切れがちになってしまう。そんな自分が二十歳を過ぎても、春海たちと笑いあえる未来なんて想像出来ないし、こんなつまらない自分などそのうち忘れ去られてしまうに違いない。
居心地の悪さをカフェオレと一緒にごくりと飲み込こむと、砂糖の入っていないカフェオレはいつも以上に苦く感じた。