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第196話 一歩、前へ (8)

「そんな簡単にクビって、あり得ないでしょう!」


 歩の話を聞いた春海が、テーブルに拳を打ちつけた。眉間にくっきりと皺を寄せ、怒りを露わにする姿に、目を丸くする。


「大体さぁ、平日フルで働かせといて、バイトもしないと生活できないって、ブラックにも程があるわよ。しかも、あれだけ働いてたのに、有給も退職金もないんでしょう。毎日一生懸命がんばってるのに、あっさり切るなんて、なにより、歩に失礼じゃない!」


 次々とぶちまける怒りの矛先が、微妙にずれだしている。それでも、自分以上に憤ってくれるその姿に、いつの間にか、抱えていたもやもやした気持ちが消えていた。


「そうだ。こういうのって、どこに言えばいいんだっけ」


 何か思いついたようにスマホを手に取る春海を、慌てて止める。「春海さんが代わりに怒ってくれましたから、十分です」と言うと、不満顔ながら、渋々諦めてくれた。


「仕方ないですよ。台風の被害が、本当に酷かったんですから。それに、木ノ下さんには良くしてもらえましたし」


 木ノ下には、仕事が見つからずに困っていたのを拾ってくれた恩もある。無愛想ながらも、仕事に関することは色々教えてもらった。三年前、技術も体力もなかった自分がこなしていた仕事を思い返しても、よく放り出さないでくれたと思う。


「歩は、人が良すぎるわよ」

「そんなことありませんよ?」


 春海が、毒気を抜かれたように肩を落とす。表情を戻して、問いかけた。


「それで、これからどうするの?」

「また、何か仕事を探してみます」


 通帳の残高はいくらだろう。今すぐというほどではないが、次の仕事は早い方がいい。再びハローワークに通うのは憂うつでしかない。なにより春海に、迷惑をかけてしまうことが心苦しい。


「心配ばかりで、ごめんなさい」


 どうか嫌いにならないでほしい、と続けたいのを、ぐっとのみこんだ。春海が、心外だという表情を浮かべる。


「どうして謝るのよ。あたしは、歩が相談してくれたことが嬉しかったのに」

「でも、自分のことですし」


 あれから、頭が真っ白になり、どうやって帰ったのか覚えていない。ただ、すがるように春海の元へと来てしまった。俯く視線の先で、春海が両手を取る。


「歩のことだから、あたしも心配したいの。もし、逆の立場なら、歩はどう思う?」 

「……すごく、心配します」


「そうでしょう」と、春海が、頷く。


「あたしは、いつだってそばにいるから。どんなことでも、相談にのるわよ。

 そうだ、もし、歩がよければ、一緒に住む?」


 さらりと聞こえた言葉に驚きすぎて、まじまじと春海を見つめる。当の本人は、不思議そうに見返すだけだ。そういえば、最近、やたらと甘やかそうとする言動が増えている。同棲の提案も、きっとその類いだろう。

 それでも、自分一人ではないというだけで、こんなにも心強い。手のぬくもりに、心まで温かくなる。


「ありがとうございます。どうしても無理だったら、お願いしますね」

「ん、分かった」


 予想していた通り、春海があっさりと引いた。そもそも、今の自分の立場では、春海に養われている状態になってしまう。秘かに再就職の決意を固めながら、両手を握り返した。

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