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第192話 一歩、前へ (4)

「それで、歩から告白してくれて、付き合ってる。ちなみに、今日二人に打ち明けることは、歩も了承してくれてるから」


 顔から火が出る思いで、歩とのなれ初めを語り終える。


「っていうか、さっきから何なのよ!!」

「痛ってぇ!!」


 恥ずかしさのあまり、密かに肩を揺らしていた勇太の背中を、思い切り叩いた。勇太が、派手に痛がりながらも、我慢できなかったように笑いだす。


「だってさ、春海さんの、その態度……隠してるつもりだろうけど、顔、緩んでるのバレバレだからね! あはははっ!!」

「うるさい!」


 春海の態度が、余程おかしかったらしい。勇太が、腹を抱えて笑う。予想通りの反応に、やっぱり打ち明けるんじゃなかったと後悔しながら、赤くなっている顔を覆う。さすがに悪いと思ったのか、笑いをおさめた勇太が、身体を起こした。


「まあ、何はともあれ、よかったじゃん。

 色々あるかもしれないけどさ、困ったときは言ってよ」

「ん。

 頼りにしてる」


 この二人なら、と打ち明けることを決めたのは、自分と歩を支えてくれる誰かが欲しかったから。自分たちを理解して、頼ることのできる誰か。そんな下心を抱えて再会することに葛藤はあったが、こうして受け止めてくれたことに安心する。


「春海」


 前を向くと、花江の真剣な顔があった。


「本気なの?」


 心配を隠さない声が、自分に問いかける。

 主語のない問いかけは、自分への心配と同じくらい姪を思ってのことだろう。


「水を差すようで、ごめんなさい。でも」

「ううん、花江さんの言いたいことは、分かってるつもり」


 花江にそれ以上言わせまいと、首を振った。


「花江さん、あたしの恋愛ってね、相手からの好意が絶対条件なの。好きでいるより、好きでいてほしいって、言いかえると伝わる?」


 二人の戸惑った表情に「自分でも捻くれてるのは自覚してるから」と笑った。


「だから、最初は、友情よりの感覚だった。同情があったのも否定しない」


 花江の顔にさっと緊張が走った。心の内をうまく言葉にできるだろうか。たとえ、ちぐはぐな言葉になっても、この人だけには、正直に伝えたい。


「歩と過ごすのは、すごく居心地がよかったの。歩の前だとね、気負わなくていいっていうか、素のままの自分で過ごせるから」


 本当に望んでいたのは、どんな自分を見せても、好きでいてくれる人。言外に含ませた意味を分かってくれたのか、花江が軽く頷いた。

 かき集めた勇気は、どこかに散ってしまったらしい。続かない言葉に、救いを求めるようポケットのスマホを握りしめた。薄く、冷たい金属が、なぜか歩の手のひらを連想させる。強ばっていた肩から、少しだけ力が抜けた。 


「あたしね、今までずっと、受け身の恋愛だった。本当のあたしって、独占欲は強いし、わがまま。いつだって、あたしを好きでいてほしいって思ってる。そんな自分を見せて、相手から失望されるのが、怖かった。だから、相手に合わせる恋愛ばかりになってた」


 認めたくなかった自分を、一息に告げる。


『言いたいことがあるなら、言えばいいじゃないか。春海のそういうところが嫌いなんだよ』


 我慢に我慢を重ねた日々の終わり。投げつけられた言葉は、今でも、胸に刺さったままだ。もっと素直になれたら、と、どれほど自分を呪っただろう。震えてしまった語尾に、必死さを感じてくれたのか、二人が黙って見守っている。

 強くスマホを握りしめる。歩に会いたい。抱きしめてほしい。

 好きだと伝えたあの時を思い出す。心の重い鎖が、外れた気がした。


「こんなあたしだけど、歩はいつだって好きでいてくれた。歩の真っ直ぐな気持ちに触れるうちに、このままじゃいけないって思うようになったの」


 自分の気持ちを伝えたのは、歩が初めてだと打ち明けると、さすがに驚かれた。


「あたしたち、お互いに遠慮してることも多いし、これから、すれ違うことだってあると思う。それでも、歩となら、乗り越えられるって信じてる。独りよがりじゃない恋愛ができるって思えるの。

 歩みたいに真っ直ぐな気持ちは向けられないけど、あたしはあたしなりに、歩を想いたい。

 だから、歩には、あたしをずっと好きでいて欲しいの」


 自分の『好き』につきまとうのは、いつだって不純な動機と自分本位な理由だ。いびつな恋愛観を、花江はどう思っただろう。 


「逃げ出してばかりのあたしを、信じてほしいなんて言わない。ただ、あたしが、つまづきそうになった時、少しだけでも力を貸してほしいの」 


 思いをこめて、花江を見つめる。息を止めるような時間が過ぎた。聞こえてきた小さなため息に、テーブルの上の両手を、祈るように組んだ。


「さっきは、疑うような真似をしてごめんなさい。歩に関係なく、私は、友人として春海を信じるわ」


「それと」と、続ける。花江が、硬く握った春海の手を取った。


「歩を好きになってくれて、ありがとう。春海」 

「……花江さん」


「こちらこそ、ありがとう」と春海がはにかむ。花江が、崩れそうになる笑顔を、エプロンで隠した。


「ごめんなさい。

 最近、涙もろくて。嫌ねぇ」


「あー、春海さんが、泣かせてるー!」

「アンタは子供かっ!」


「ふふふ」


 エプロンの裾から聞こえる笑い声に、賑やかな声が重なった。

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