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第188話 「好き」と「好き」 (19)

本日は二話更新しています。

第187話からお読み下さい。

 伸ばした腕がぽすりと何かに当たった。


 ───?


 自分の部屋ではない匂いとシーツの手触りに意識がゆっくりと起き上がる。


 ──そうだ、旅行に来てたんだっけ


 寝返りを打った拍子に身体がばきばきと軋んで小さく呻き声を上げる。断片的に浮かび上がる幾つもの歩に濃い一日だった昨日を思い返して、うっすらと瞼を開くと


「ぁ、ゆむ?」

「……はい」


 思い返していた顔が直ぐ目の前にあった。


「……」

「……」


 おやすみと言葉を交わしたものの、中々寝付けなくて、その度に目が合う歩に「そんなに見てたら眠れないじゃない」ってじゃれ合って。その後の記憶は曖昧で───だから


「ずっとそこにいたの?」

「……少しは眠りましたよ」


 質問にバツが悪そうな顔がぼそりと呟いた。

 身体を横たえたままの体勢は昨夜の記憶から変わってない。むしろ、寝返りを打った自分に気遣ったのかベッドの端ぎりぎりの場所へと窮屈そうに押しやられている。寝起きとは思えない雰囲気に今までここにいた理由を何となくを察するものの、流石に恥ずかし過ぎて頭から布団を被った。


「寝顔見られた……」

「あ! ご、ごめんなさい!

 あの、直ぐ出ていくつもりだったんです! でも、気がついたら、部屋が明るくなってて……」


 あせあせと説明する歩の声を布団越しに聞きながらも自然と緩む口元を自覚する。念のためにと最低限のメイクはしてあるものの、素顔を見せた間柄だし、自分のどんな姿でも歩の態度は変わらないだろう。

 何よりも『歩なら』という一言で自分自身が大体のことを許せてしまいそうな気がする。


 ──あたし、こんなにチョロかったかしら


 年甲斐もなく浮かれる自分に呆れながらも、そんな変化が嫌ではない。甘くくすぐったい気分のままわざと険しい表情を作ると布団から顔をのぞかせた。


「歩」

「……はい」


 しゅんと項垂れながら近づいてきた歩を引き寄せると無防備な唇を奪う。


「!?」

「これで許してあげる」


 みるみるうちに赤くなった顔に満足してにっこりと笑うと、一足先にベッドから抜け出した。


「あ」

「?」


 忘れてた、と洗面所に行きかけた足を止めた春海がくるりと振り返る。



「おはよ、歩」


「おはようございます、春海さん」


 ぱちりと瞬きをした歩がへにゃりと破顔し、その蕩けそうな表情に春海の顔もまた緩んだ。



 ◇



「折角海が近いんだし、散歩してみない?」


 そう誘って海側の入り口からホテルを抜けると、まだ青白い空とやや荒めの波しぶきが目の前に現れる。


「うわっ、貸し切りですね!」

「歩の早起きのおかげね」

「ぐ、すいません……」

「ふふ」


 朝の早い時間帯の為か人気の殆どない海辺の光景を楽しむようのんびりと歩き、やがてホテルから少し離れた頃、


「ね、歩。お願いがあるんだけどさ」

「良いですよ?」


 既に了承の返事となっている歩に思わず笑うと波打ち際を指さした。


「少しくらい遊んでみたいの」


『恋人と波打ち際ではしゃぐ』というあまりにもベタな願いは胸の奥にずっと仕舞っていたささやかな憧れ。

 まさか同性の女の子とするとは思ってなかったものの、その一方で歩とでしか叶えられなかったようにも思えるから不思議だ。


「そうですね、やりたいです!」


 予想通りに嬉々として頷いた歩とサンダルを脱ぎ捨ててから、波打ち際までをそろそろと歩く。足の裏から伝わる生温い水気とざらざらした砂の感触がくすぐったくて自然と笑いがこみ上げてくる。


「何だか変な感じ!」

「わっ、足先が沈んでいく!」

「春海さんの足、完全に埋まってますよっ」

「きゃ、あはは!」


 初めは恐々と戯れていたものの、足下の砂が波に流されていく感覚が何とも楽しくて次第に海へと近づいていく。ズボンの裾をもう二回捲ると、三十センチほど前に移動した。


「ねぇ、歩。

 この辺りまでは大丈夫じゃない?」 

「あ!

 後ろっ!」

「ん? 

 っ!?」


 振り向いた後ろから大波が音を立て、油断していた春海が足を取られてバランスを崩した。駆けよった歩が咄嗟に抱きとめようとするものの、結局二人とも尻餅をついて倒れてしまった。


「ごめん! 歩まで濡れちゃった」

「大丈夫ですか?」


 勢い良く引いていく波が直ぐに次の波を連れてくる。慌てて立ち上がろうとするものの、濡れた衣服が纏わり付いて邪魔をする。


「春海さん!」


 先に立ち上がっていた歩にぐっと手を引かれて身体が砂から引き上げられた。それとほぼ同時に膝下を大量の海水が通り抜けていく。


「……ふふ」

「………ふふふ」



 あの波まで受けてしまったら全身ずぶ濡れだったに違いない。身体の半分程は濡れていて今更ながらと思うものの、ずぶ濡れにならずに済んだという安心感が妙に可笑しくて、顔を見合わせるとどちらともなく笑い出した。


「あはは、危機一髪でしたね」

「ホントね」

「結構濡れちゃいましたし、そろそろ帰りませんか?」

「そうしようか。

 あー、お尻まで濡れちゃってる。

 何だか久しぶりにバカやったけど、面白かった!」

「また来年もします?」

「良いわね。

 でも、その時は歩も付き合うのよ?」

「もちろんですよ」

「じゃあ、どうせ濡れるなら水着とかどう?」

「それはちょっと……」

「ごめん。

 自分で言ったけど、あたしも無理だわ」

「ふふふ」


 身体中に付いた砂を払ってからサンダルを片手に持ち、並んで元来た浜を歩いて行く。


「着替えたらご飯に行こっか」

「春海さんはご飯派ですか、パン派ですか?」

「あたし普段は面倒で食べないの」

「ええっ!?

 お腹空きません?」

「だってさぁ」



 波打ち際から繋いだままの手はホテルの入り口に着くまで離れることはなかった。

ここまでお読み下さりありがとうございます。

しばらく更新が止まります。


いいねを付けて下さった方々ありがとうございます。

いつも感謝しています。



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