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第187話 「好き」と「好き」 (18)

 あれ程日中一緒に過ごしたのにとりとめのない話は尽きなくて、ようやくそろそろ寝ようかと言い合ってから照明のスイッチを探す。


「あーゆむ」

「はい?

 あ! ちょっと待って下さい」


 ようやく見つけたスイッチを捻る前に顔を上げて隣を見た。


「一緒に寝ない?」


 既に布団へと入っていた春海が自分のベッドを少し捲ったまま、ぽんぽんとシーツを叩いた。


「え? ええっ!?」

「言葉の通り、一緒に眠るだけなんだけど」


 瞬きを一つしてから盛大に狼狽える歩を春海が可笑しそうに眺めながら「難しそう?」と確認してくる。


「あ、いえ、えっと……す、少し待ってもらって良いですか?」

「良いわよ。

 無理強いじゃないからゆっくり考えて」


 笑いを残したままの春海がそれだけ付け加えるとスマホを取り出した。そのさり気ない優しさに感謝しながら、あせあせと思いがけない誘いの答えを模索する。


 セックスはしないと明言した春海なら、一緒のベッドで眠るのは添い寝と同じ意味だろう。昨日までの自分ならともかく、好きという気持ちを改めて共有出来た今なら春海の隣で夜を過ごすというハードルはぐっと下がる。むしろ好きな人が自分の何もかもを分かってくれた上で誘ってくれる事がたまらなく嬉しい。


「……電気、消して良いですか?」

「うん。

 あたしの枕元だけ点けて良い?」


 照明を消すと、自分の部屋とは違う暗闇の中で春海のベッドサイドだけに淡い光が落ちる。その光に誘われるよう、ごくりと唾を飲み込んでからそろりと足を動かした。





「……本当に良いんですか?」

「それはあたしのセリフよ」


 自分のベッドから下りた歩に気づいた春海が笑いながら身体の位置をずらしてくれる。緊張し過ぎて感覚が麻痺しているのか、自分の身体なのに思うように動かせない。誘われるまま入ったひんやりとしたシーツの触感が途中で僅かな温もりへと変わる。その温かさの元が春海の体温だと気づくと、身体がかっと熱くなった。


「歩、こっちこっち」

「!?」


「そんな端じゃ落ちるでしょう」と腰を引き寄せられ、気がつけば春海と向かい合うように肩を並べていた。



 近い

 ただ、近い


 普段とは明らかに違う顔の位置に最早声すらも出せない。



「怖い?」


 間近に映る心配そうな目に否定を返したものの、上手く伝わらなかったらしい。不安げな表情に変わる前に必死で首を振ってアピールする。


「大丈夫……では無さそうね」


 浅い呼吸の中でこれは夢かもと半ば現実逃避しながら春海を見つめる。どくんどくんと鳴る心臓の音が喉元まで響いていて、春海にも聞こえているかもしれない。そんなガチガチに固まる歩を前に、当の本人は困りながらも嬉しそうに笑っている。


「何もしないからそんなに警戒しないで」

「……」


「そんな事思ってません」と動かしたつもりの口は全く音を発してなかった。それでも表情から読み取ったらしく、春海がくすぐったそうな表情を浮かべる。


「折角一緒にいるんだもの、あと五分だけこのままで良い?」


「全然……大丈夫です」

「ありがと」


 ようやく出せたかすれ声に春海の目尻が下がる。言葉通りに受け止めているはずはないのに、笑いを含んだ声は酷く優しくて少しだけ緊張が緩んだ。


「歩、今日どうだった?」

「凄く、楽し、かったです」

「そっか、あたしも楽しかった。

 明日も天気良いみたいだし、夏祭り楽しみね」

「かき氷、食べるんでしたね」

「そう。

 かき氷と花火の組み合わせっていかにもお祭りって感じだから」

「何だか、春海さんらしい考え方ですね。

 何味にします?」

「そうねぇ」


 ふわふわの睫毛、右目尻にある小さなほくろ、すらりと細い眉、普段より落ち着いた色の唇


 淡い光の下、間近にいることで知る新しい春海を一つ一つ見つめながら交わす会話が少しずつ動き出す。二人しかいない室内で向かい合う距離が近すぎる為か、春海のささやくような声がじわじわと身体を浸食していくようだ。少しでも身じろぎすれば消えてしまいそうな甘く淡い空気を壊したくなくて、今は指一本でも動かせない。




「もう五分過ぎたんじゃない?」


 体感で五分以上時が過ぎたと思われた頃、気を使って言い出せないと思ったのか春海が切り出した。


 夜は既に更けている。このまま過ごしては明日の寝不足確定だし、シングルベッドにこの体勢はゆっくり眠れないだろう。


 それでも、今ここから離れがたい、離れたくない。


「春海さんが眠るまでここにいて良いですか?」

「え?」


 余程意外だったのか春海が目を丸くする。


「あ、運転で疲れているでしょうから、眠ったら直ぐに向こうに行きます。 

 あの、……だから…………もう少しだけ」


「良いの?」


 普段の凜とした顔とは違う、どこか甘えるような表情に心臓を鷲掴みされた。半ば放心したまま頷くと、挙動不審な態度が可笑しかったのかいつもの笑顔に変わった。


「じゃあ、お言葉に甘えようかな。

 ね、もう少し身体を寄せて良い?

 歩もキツいでしょう、こっちに来て」

「は、はい」


 形ばかりの移動を笑われてもう一度身体を動かすと、ぐっと二人の距離が詰まる。横向きの身体のシャツ越しに自分のものではない人肌を感じた。それが春海の胸だと気がつくと何故か泣きそうになった。


「歩?」

「あ、違います。

 嬉しいんです。すごく。

 それなのに……どうしたんだろう」


 潤んだ目に気づいた春海に笑みを添えて説明すると、布団の中から春海の手がそっと伸びてきた。


「そっか」


 優しい声が静かに涙を拭う。


 ──春海さん


 名前を呼びたい

 誰よりも好きな人の名前を


 それなのに何故かぽたぽたと涙がこぼれ落ちる。心配ないと返事をしたくても自分の中の大きな感情がそれを阻むように声を嗚咽に変えていく。



「大丈夫、何も言わなくても良いわよ」


 優しく微笑んだ春海の手がひっくひっくと震える背中を宥めるようリズムを刻んでくれる。


 もしかするとこの嬉しさと苦しさがぐちゃぐちゃと絡み合った感情の名前を春海は知っているのかもしれない。

 だから、このまま甘えてしまっても良いのかもしれないけれど──


「春海さん……」

「ん?」


 ぱちぱちと瞬きを繰り返し、涙を落とす。途中でずず、と鼻が鳴りタイミングの悪さに恥ずかしくなったものの、これだけは伝えたい。



「大好き」



 困ったように微笑んだ春海がこつんと額を突き合わせた。


「あたしもよ。歩」

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