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第179話 「好き」と「好き」 (10)

「おやすみなさーい」


 アパートの駐車場から出て行く車が角を曲がるまで見送ってから部屋へと戻る。


「お肉美味しかったね」

「ん。

 また行こうよ、三人でさ」

「うーん、機会があったらね」

「あゆちゃんのケチ。

 ハルミさんは良いよって言ってたじゃん」

「光がごり押ししたからでしょう。

 春海さん困ってたじゃない」

「約束は約束だから良いの!

 ね~階段上るのダルいから、あゆちゃんが引っ張って~」

「やだ」


 並んだ片手にすがりつこうとすると歩が顔をしかめながら一段後ずさる。「冗談だって」と笑って先へ行こうとすると、後ろから伸びてきた両手が背中を支えるように押してきた。


「おおっ、ちょー楽ちん!」


 結局は自分に甘い姉に遠慮無く身体を預けながら、先程まで一緒だった姉の恋人を思い出す。



 姉の恋人は想像していたよりも随分と華やかな印象の女性だった。一度は告白を断られたものの、紆余曲折あって結ばれた相手ということもあり、『ハルミさん』に興味があったのは事実だけれども、それ以上にその存在が不安でもあった。


 対人関係が苦手で、とことん自己肯定感の低い姉が大人の女性と恋愛をするなど想像も出来ない。現に些細な事で落ち込み、悩む姿に心配は募るばかり。

 もちろん、姉の恋愛を応援するつもりだったからこそ親身になって話を聞いていたが、花江の友人という関係上、同情で付き合っている可能性だって否定出来ない。むしろ、本人と会うことでその気持ちは一層強くなった。


 そんなハルミへ半信半疑の思考を隠しつつ臨んだ食事は実際に本人と接してみることで、その認識が少し変わっていく。自分の前では年下の友人と接する態度を崩さなかったものの、端々に覗く気遣いから少なくとも姉への好意はあるらしい。



『あゆちゃんの一方的な片思いかと思ってました』

『まさか。

 付き合ってるんだもの、そんな訳無いじゃない』


 好意の種類を見極めるような発言に両思いであることをさらりと告げた態度にも好感は持てた。それでも、言葉だけなら幾らでも繕える。



『どうして姉と付き合おうと思ったんですか?』


 以前おぼろげながら恋人がいたとは聞いていたからこそ、よりによって恋愛に不慣れな姉を選んだ理由が分からない。子供のような恋愛をどうしてそこまで大切に出来るのか不思議に思い、二人きりになったタイミングで聞いた質問に何故か逃げるよう視線を逸らされて、自然と膝の上の両手に力が入る。


 婚約までした元恋人の存在は衝撃的だったものの、だからこそ信じたくない可能性が再び浮上した。


 人恋しいから?

 独りが嫌だから?


 ──その恋愛、本気なんですか?


 ハルミの言葉に思い余って開こうとした口を止めたのは、顔を上げたハルミが何かに気づいたよう視線を止めた瞬間だった。あの時店内に背を向けるように座っていた自分からは分からなかったものの、丁度席を外した姉が戻ってきたのだろう、目を細めてゆっくりと上がる口角が形を変える。




 ──!



 その瞬間、息が止まりそうになった。



 確かに姉へと向ける視線は常に優しかったし、話す時は柔らかい表情へと変わっていたものの、たった今見せた表情はそれ以上の愛おしさが溢れていた。


 ──この人、あゆちゃんのことめっちゃ好きじゃん!


 何事もなかったかのように直ぐに消えたその笑みをハルミ自身も気づいてないのかもしれない。それでも、あまりにも印象的な表情にまるで心の中を勝手に盗み見てしまったような罪悪感を覚えてしまう。


 むしろ、これほどの顔をさせておきながら未だに不安を見せる姉の自覚の無さが原因だったかと内心呆れながらも、最後まで押し続けてくれた両手にお礼を告げる。


「さんきゅ~」

「光、重い」

「はぁ? 何て失礼な!

 あゆちゃんと大して変わんないでしょうが」

「こら、廊下で騒がないの」

「だってそれってセクハラだよー。

 ちなみにあゆちゃん何キロ?」

「言う訳ないでしょう、バカ」

「あー、酷い!

 可愛い妹をバカ呼ばわりしてる!」

「はいはい、ごめんごめん」

「謝罪軽っ!」


 くすくすと笑いながら部屋へと促してくれる姉に遠慮することなく先に入ると玄関で靴を脱ぐ。


「ねー、あゆちゃんってさぁ」


 ──結構笑うんだね


 明るい姉の姿に続けようとした言葉を咄嗟に押し止める。離れていた時間があったとはいえ、それなりに過ごしていた家族の時間の中でもこれほど笑う顔はここ数年見たことない。


「何?」

「やっぱり何でもない!」

「えぇ? 気になるじゃない」

「ひひひ、気にしてて」


 姉に心を許せる人が出来て、安らげる居場所があるのならそれで十分だと会話を打ち切ってさっさと中に入ると、何か言いたげにしていたものの結局諦めた様子で歩が入ってくる。



 シンプルな音が小さく響き、後ろでそそくさとバックを開く音がした。聞かなくても相手の分かる嬉しそうな顔を眺めながら、主に姉のせいで前途多難となり得るであろう恋の行く末がどうか幸せなものであって欲しいと心から願うのだった。

今回の更新はここまでとなります。

ここまでお読み下さりありがとうございました。

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