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第154話 再会(1)

ご無沙汰してます。

第三部スタートです。

 一月初旬、祝日も加わって三連休となった日曜日、県庁所在地でもある高之山市のほぼ中央に位置する高之山中央駅前では「我が町自慢フェア」が開かれていた。

 県内の市町村が地元の特産品を販売するという企画にどの市町村も工夫を凝らしており、会場は大勢の人で賑わっている。



 その中でも一際目を引いていたのは区画スペースを最大限まで使って建てられているおおかみ町の大根やぐら。


 実際のやぐらよりも規模は小さいものの、やぐらには程よく水分の抜けた干し大根が掛けられており、注文を受けるとその場で切り売りしてくれる。客が申し出れば自分でもやぐらに登る事が出来る為、物珍しさも手伝って足を止める人は多い。



「本日最終日につき、大根一組五百円のところを二組で五百円となります!」


 フェア最終日の朝から掲げられた『増量中!!』のプラカードを持つ販売員が声を張り上げる。


「こちら、北市中央高校とのコラボ企画になっていまーす!」

「良かったら試食してみんね~!」

「こらぁ、うめもんですよー!」


 やぐらの側のテントでは大根を加工した漬け物を販売しており、揃いのポロシャツを来た高校生たちが盛んに試食を呼び掛けている。


 慣れない訛りに声を上げる学生同士の盛り上がりも加わって、おおかみ町のテントの前は賑わっていた。





「ちょっと良いかしら」

「はい、どうされましたか?」


 年配の女性がテントで商品を並べていた女性販売員に声を掛ける。


「ここのおすすめってどれかしら?」

「一番人気はこの砂糖漬けですね。

 甘めの味でご飯にもお茶うけにも人気です。こちらの甘酢漬けもさっぱりして美味しいですよ」

「うちはお父さんと二人だけなのよ。

 こんなには食べ切れないわねぇ」


 滑らかな説明と共に勧められた二つのパッケージを見て、年配の女性が困ったように笑う。


「それでしたら、半量のサイズもありますよ」

「あら、それで良いわ。

 二つずつもらえるかしら?」

「ありがとうございます!

 数が多いので袋にお入れしますね」


 レジ袋に商品を入れる手元を眺めながら、年配の女性が口を開いた。


「私の叔母がおおかみ町に住んでいたの。

随分前に他界したけど、あの町とは少なからず縁があるのよ」

「そうなんですか。

叔母さまはどちらにお住まいだったんですか?」

「役場の裏なんだけど、豆腐屋さんがあったのをご存知かしら?」

「お豆腐屋さん……ですか?

すいません、見覚えなくて」

「良いのよ。

随分前に辞めてたから、あなたみたいな若い子は知らないかもしれないわね」

「はは」


『若い子』という言葉に反応したのか女性が困ったように笑う。そんな様子を微笑ましそうに見た後、年配の女性が目を細めてやぐらを見上げた。


「あのやぐらも久しぶりに見たわ。

もうてっきり廃れていたと思ったのに」

「……ありがとうございます」


何気なく相づちをうちながらも、まるでその話題を避けるかのように言葉少なくなった販売員がビニール袋を差し出す。


「鳥居さぁん!

 あ、すいませーん」


 近づいてきた男性が接客中だった春海に気がついたように上げていた手を止め、慌てて奥に下がった。


「あら、忙しいところを長々と話しちゃってごめんなさい」

「いえ。

こちらこそお買い上げありがとうございました」


 会計を済ませた女性を笑顔で送り出してから、テントの奥で待っていた男性の元に行く。



「山内くん、どうしたの?」

「やぐらの竹の事なんですけど、今年で全部入れ替えなんですよねぇ。竹の調達ってどうすれば良いですかぁ?」

「あぁ、それは自分で探すのよ。

 切り出す竹の大きさは資料に書いてあるでしょう? 切るときは、竹山の所有者にちゃんと許可を取ることを忘れないでね」


「伝手がないなら、おじさんに聞けば良いじゃない」と続ける春海に「桑畑さんにですかぁ?」山内が気乗りしない表情を浮かべる。


「僕、あの人苦手なんですよぉ

 何だか怒ってるみたいに話すし」

「普段からああいう話し方なだけよ。

 別に怒ってる訳じゃない事くらい分かるでしょう」

「でもぉ、」


 誰にでも直ぐに打ち解けられるその人懐っこさが長所の山内だが、打たれ弱い故か次第に聞こえてくるのは愚痴ばかりで、きちんと仕事が出来ているのか不安が募る。


「山内くん、ちゃんと仕事出来てる?」

「やってますって!

 ちょっと、鳥居さん! そんな露骨に不安そうな顔しないで下さいよぉ」

「いや、だって。

 山内くんの話を聞いてたら不安しかないわ」

「去年も今年も鳥居さんがいなくてもちゃんと頑張ってましたし!

 もしかして、僕の成果見てくれてないんですかぁ?」

「……そこはメンバー皆の成果って言うところでしょう」


 ぷんぷん、という言葉通り頬を膨らませる姿にげんなりしつつ明確な返事を誤魔化す。


「この企画を提案したのも僕だし、すごいって誉めてくれても良いじゃないですかぁ。

僕は誉められて伸びるタイプなんですよぉ」


勇太と入れ替わりで地域起こしプロジェクトに入った山内とはほんの一年の付き合いでしかなかったが、その強すぎる個性は今だに掴みきれない。


「はいはい、よくがんばってる」

「棒読みじゃ嬉しくなーい!」


 抱きつかんばかりに腕を伸ばしてきた山内を「調子に乗るな」とあっさり払いのけた。


「私はとっくの昔に辞めた人間なのよ。

 今の地域プロジェクトの広報は君でしょう。いつまでも甘えないの」

「昔って、ほんの二年前じゃないですかぁ。

 それに何だかんだいってこうして手伝いに来てくれたんだし、また一緒に働きましょうよぉ」

「ここの手伝いは勇三さんに言われたからよ。

 私はあの人の伝手で仕事もらったから、断り切れなかっただけ」

「そんなのどうでも良いですからぁ」

「……君ねぇ」


 ため息をついた春海が、どこからか視線を感じて顔を上げる。



「!!」


 テントから少し離れた場所で見覚えある顔がこちらを見ている事に気づき、視線が釘付けになった。



 ──まさか


 もう二度と会うことはなかっただろうと思っていた人物との遭遇に驚く春海とは対照的に、相手は自分がここにいることを知っていたかのように落ち着いた視線を向けている。

動揺を隠せないまま、その姿に目を離す事が出来ない。




 

「ねぇ鳥居さん、聞いてますかぁ?」

「え?」


 真っ白な思考が、目の前に現れた山内の顔により現実に引き戻された。


「ちょっと、どいて!」


 急いで山内を押し退けたものの、いつの間にかその姿は消えていてどこにも見当たらない。


「もう! 何ですかぁ、鳥居さん」

「知り合いがいたの!

 その辺見てくる!」


 一言断ってテントの外に出るもその名前を呼ぶのは酷く躊躇われた。人混みの中、どうすることも出来ず立ち尽くす春海のスマホが不意に震えてメッセージの受信を知らせる。



 あの日以来、一度も開かれることのなかったアドレスに少しだけ震える指を自覚しつつ、メッセージを開くと、送られてきたのはここから少し離れた広場の地図だけ。



 言葉の添えられていないそのメッセージをしばらく眺めた後、落ち合う時間だけを送ってスマホを閉じた。

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