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第146話 嵐の襲来(1)

 びゅうびゅうと吹き付ける風の中、やぐらに何本もの支柱を差し込んで紐で固定する。風が吹く度やぐらに掛かっている大根が一斉に小さく揺れ、ギイギイと竹が擦れる音があちこちから聞こえてきた。


「これが本当に倒れるんですかね」


 やぐらから降りてきた勇太がさわさわと揺れる大根を信じられないとばかりの表情で眺める。


「っていうか、俺、明日から雨が降るのも知らなかったです」

「外仕事してるもんは天気を大概気にかけるもんだからな。未だに癖が抜けんのよ」

「でも、風が強くなるっておじさんが教えてくれなかったら、全然分からなかったわ」

「滅多にあることでもねえが、こればかりは分からんでなぁ」


 遠い過去を見つめるようにやぐらに視線を向けた桑畑が「ま、やるだけの事はやったで」と笑ったのを合図に解散となった。やれやれと車に戻る一同から佐伯の姿を見つけると急いで駆け寄る。


「佐伯くん、休み中だったのに来てくれてありがとう」

「いえ、暇でしたから……」


 笑顔で返すものの、明らかに元気の無い様子の佐伯をそっと窺う。どこか晴れ晴れとしていた歩とは対照的なその姿が二人の気持ちを表している様で、お節介でしかない言葉をぐっと飲み込んだ。




「お疲れ様でした」と車に乗り込んだ佐伯を見送った後で、未だやぐらの手前にいる勇太と桑畑の元へ戻った。


「二人ともどうしたの?」

「俺たちよく頑張ったなぁって話してたんすよ」

「姉ちゃん、見てみい。

 風がよう吹いたで大根が綺麗に乾いとるわ」


 やぐらに掛かってある大根に手を伸ばした桑畑がその表面を指で押す。かちこちと硬かった大根は軽く押しただけでぐにゃりと形を変えた。


「これってもう干し大根になってるの?」

「ああ、あとはこれを切るなりそのまま漬けるなりしておけば一週間程で食べれる。昔はどの家庭でもやっとったわ」

「あぁ、色々な味があるって話してましたね」

「今じゃスーパーに行けば漬物なんて簡単に買えるで。

 ……まさかこのやぐらをもう一度見る機会があるとは思わんかったわ」


 しみじみと呟いた桑畑が目を細める。

 春海や勇太にしてみれば目新しい物でも桑畑にとっては当たり前の光景だったのだろう。収穫体験の時も桑畑と同じような表情を浮かべている人たちを何人も見てきた。老いも若きも全ての人たちの記憶に残るような体験が出来たのなら、企画者としてこれ程嬉しい事はない。


「姉ちゃん、楽しみにしとるでなぁ」

「ええ」


 完成した干し大根を無料配付するイベントは数日後に開催される。期待に笑顔を見せる桑畑に春海も笑顔で頷いた。


 ◇


 昨日とは一転して朝から降りだした雨で出来た水溜まりを避けながらの初出勤に、黒々とした空を眺めながら傘に付いた水滴を振り払う。


「おはようございます」


 朝の挨拶と共に年始の言葉を続けて自分のデスクに向かうと、勇太がタオルを片手に現れた。


「本当に雨が降りましたね」

「そうね。

 あとは風が強くならないことを祈るばかりよ」


 勇太と二人、窓に打ち付ける雨を眺めた後に仕事の準備に取りかかった。



 コンビニで買ったお握りをデスクの上に並べていると、湯気の上がるカップを片手に通りかかった勇太が足を止める。


「そういえば『HANA』って営業が明日からでしたね」

「そう。

 ようやく仕事が落ち着いたから今日までの我慢。明日からはコンビニご飯と離れられる~」

「自分で作れば良いのに」

「私の中で作るっていう選択肢は無いわね」

「そこまで堂々としてると呆れるというより尊敬しますね」


 呆れ顔の勇太が「ところで、それどうしたの?」と左手を見ながら尋ねてくる。


「これ? 彼氏からのプレゼント。

 特に意味は無いから」

「ふーん」


 今日何度目かの質問に同じ返答をするも、どこか物言いたげな勇太に小さく笑みを浮かべて続ける。


「歩にはきちんと話してあるの。

 気を使ってくれてありがとね」

「ま、要らんお節介でしたね。

 春海さんが決めたのなら良いです」


 ふい、と自分のデスクに戻った勇太を見送りながら、お握りを手に取った。


 ◇


 電線に当たる風が切り裂くような音をたて、思わず窓の外に視線を向ける。がたがたと揺れる窓に顔を近づけるも真っ暗な外は何も見えない。


「凄い風だね」

「本当。

 まるで台風みたい」


 ごうっと鳴った外の風に洗濯物をたたんでいた花江が手を止める。


「外に飛ばされそうな物ってあったかしら」

「多分無かったと思うけど、明日の朝見てみる」

「そうね。

 新年早々大変な一日になりそうね」


 ほう、とため息をついた花江が再び洗濯物をたたみ始め、歩はテレビに視線を戻す。



『──現在、暴風、波浪、高波警報が出ています。明日も荒れた天気が続きますので火の取り扱いには十分注意を……』


 傘マークが広がる天気予報を眺めていた歩がテレビを消すと、もう一度窓の外を見上げた。

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