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第138話 変化(27)

『は?

 な、何言ってるんですか? こ、こんなときに冗談はやめてくださいよ』


 動揺した佐伯の声が耳に届き、固まって動かなかった身体が思い出したかのように感覚を取り戻した。


『冗談なんかじゃありません』


『じ、じゃあ、あれですか? あの、歩さんって、』

 


「春海さん」

「!」


 勇太の声に顔を上げると「もういいでしょう」と腕を引かれた。無言で一階の広いロビーの隅まで連れていかれると、椅子に座らされる。


「はい」

「あ、うん」

 

 差し出されたコーヒー缶を受けとるも口をつける気になれず、膝の上に置く。そんな春海の隣にどかりと座った勇太が缶のプルタブを開ける音が響いた。



 面会時間の終了を告げる放送が流れ、出口に向かう人が次々と通り過ぎる。控えめな照明に照らされた広いロビーの片隅に座る自分たちに時折視線を向ける人はいるものの、病院という場所柄特に気にする様子もない。ちびちびと口をつけていたコーヒーを飲み干した勇太が、空き缶をサイドテーブルに置くまで二人とも口を開かなかった。



「……勇太は驚かないんだ」

「そうっすね。別に。

 っていうか、どうして春海さんはそんなにショック受けてるんですか」

「だって、」


 歩は普通の女の子だから、花江の姪だから──


 次々に浮かび上がる理由は喉につっかえて、一向に口から出てこない。


「LGBTQの研修受けたでしょう」

「受けた。けど……」


 春海自身メディアでもありふれた存在となりつつある、いわゆるセクシャルマイノリティの人たちの存在は知っていたし、世の中に様々な性の形が認識されていることを特に思うこともなかった。


 ただ、彼らは遠い存在だと思っていた。それこそ都会やメディアの中でしか存在しない人々だと。


 むしろ、その可能性を心のどこかで否定していた。


 歩に限って、と。


「正直……他人事だと思ってた」

「言っときますけど、その考え方ってすげー失礼ですからね」

「……痛感してる。

 今、凄く混乱してるから、ちょっと時間貰って良い?」

「ま、ゆっくり考えて下さい」


 唸りながら両手で頭を抱えた春海の隣で勇太が黙ってスマホを取り出す。ちらりと見えた画面は動画らしく、考えをまとめようとする自分にこのまま付き合ってくれるらしい。



 好きな人は女性、つまり、歩の恋愛対象はどうやら同性らしい。


 ──私、まだあなたに隠してることがあります。

 その事は絶対に話せません。春海さんだけではなくて他の誰にも。


 いつだったろう、歩の告白を思い出す。

 必死で歩が隠していた秘密をこんな形で知ることになった罪悪感はあるものの、その一方でだからどうしたという思いもある。



 年下の友人は同性愛者だった。

 それだけなら何も問題は無い。本人が隠しているのなら指摘するつもりはないし、自分がほんの僅かな気配りを意識することで、このままずっと友人関係を続けるつもりだったのだから。




 ただ、問題はそこではない。



 望まない交際。自分への態度の変化。


 いつからだったろう?

 歩の行動を不自然に思いだしたのは。

 一度噛み合えば、ばらばらだったピースは恐ろしいほど簡単に組合わさってしまう。



 ──あり得ない


 何度かそう思って打ち消した結論は歩の為ではない。

 その事実に直面したときに自分がどうすれば良いか分からなかったからだ。

 


 ──もし、歩の恋愛対象が女性というのなら


 それでも僅かにも満たない可能性にすがりたくて深く呼吸してから頭を上げる。





「……勇太」

「何ですか?」

「もしかして、歩の好きな人ってさ……」

「春海さんでしょ」

 

 簡単な質問だと言わんばかりにあっさり答えた勇太が「自覚なかったの?」と続ける。


「いや、その、…………好かれてる、とは思ってた。

 ただ、それは、友人としてだって……」

「あんなに態度に現れてたじゃん。

 佐伯さんはともかく、初めから見てれば気づくでしょうが」

「……」



 一番否定して欲しかった事実を突きつけられて言葉を失う。その一方でやはり、という思いも心の片隅にあった。



 歩が向けてくる表情にいつしか色が付きだした事には気づいていたものの、思春期特有の年上に対する憧れだと思っていた。以前、同性でのスキンシップに驚いていた歩の姿を見ていたからこそ、ぎこちなく向けてくる好意にあえて気づかない振りをしていたのだ。



 ──せめて、もう少し早く知っていたなら




「…………どうして言ってくれなかったのよ」


「言える訳無いでしょう」


 こぼれ落ちた本音に勇太が歩の気持ちを代弁するかの様に返す。歩の性格を知っているからこそ反論出来ないもどかしさに再び頭を抱えた。

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