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第135話 変化(24)

 うつらうつらとした眠りから再び現実に戻るように意識がはっきりする。薄い掛布団一枚でも寒さが気にならない白一色のベットは仰向けでは寝づらくて、横向きの姿勢のまま枕元にあるはずのスマホを手探りで探した。


「歩」

「!」


 起きたことに気がついたらしい里江の呼び掛けに動かしていた手が思わず跳ねる。息を潜めるように動かなくなった背中に「何か飲む?」と声が届いた。


「…………要らない」

「欲しい時は言うのよ」


 静かになった背後に、振り向きたい衝動に一瞬駆られるもそのまま黙ってスマホを引き寄せた。見るたびに変わる時計の数字が今日という日の流れを教えてくれてはいるものの、寝たり起きたりを繰り返しているせいで頭の中はどこか霞がかかったかのように重い。




「歩」


「……花ちゃん?」


 いつの間にかまた眠っていたらしく、呼び掛けに目を擦ると花江とその奥にコートを着こんだ里江の姿が見えた。


「お母さんをバスターミナルまで送っていくけど、何か欲しいものある?」

「……ううん」

「そう」


 あっさりと引き下がった花江と入れ替わるように里江が近づき身を屈めた。


「歩、一度帰るわね。

 明日はどうしても休めないけど、明後日シフトを変えられたら……」

「いい。一人で大丈夫」


 遮った言葉に顔を上げないまま里江の表情が曇ったのが分かり、小さく言葉を続ける。


「…………どうせ年末に帰らないといけないから」



「分かったわ。

 じゃあ、待ってるわね」


 不自然な間の後、明るく告げた里江が立ち上がるとバックを取った。誰もいなくなった病室の中、随分と時間が過ぎてからようやく後味の悪い会話を後悔するように布団の中に頭から潜り込んだ。


 ◇


 年末とあって交通量は普段よりもずっと多い。大通りをゆっくりとしたスピードで進む車内で病院からずっと黙っていた里江がようやく口を開く。


「お店、忙しいんじゃないの?

 私の事なんて気にしなくて良かったのに」

「仕込みは済ませてきたから良いの。

 ここからバスターミナルまで荷物抱えて移動するのは大変よ」

「その時はタクシーでも使うわよ」

「姉さんがそんなタイプなら初めから心配してないから」


 花江の言葉に里江が苦く笑ったのはどうやら予想通りの行動をするつもりだったらしい。



 信号待ちの間、歩行者用の信号機をぼんやりと眺めていた里江の小さなため息が車内に落ちる。


「相変わらずだったわね、歩」

「仕方ないわ。

 私があの子に何もしてあげれなかったのは事実だし」


 どこか諦めに近い里江の口調に前を向いたまま花江が軽く眉をひそめた。


「そんな事あるはず無いでしょう。

 歩があんな態度になった原因を教えてって何度も言ってるじゃない。どうして姉さんも歩も話してくれないのよ」

「……」

「あれから三年経ったのよ。私は歩と姉さんがいつまでもこのままの関係でいて欲しくないの。

 私からも歩に言っておくから」

「良いのよ。花江」

「良くない!

 あんなに他人を思いやれる子が自分の母親につれない態度で接してて、何も思わない訳ないじゃない。

 歩だってきっと同じ気持ちでいるはずよ」

「それでも良いの。

 私はこんな方法でしか償えないから」


 きっぱりとした口調に花江が押し黙るものの、到底納得出来ないと言ったその態度を見て里江が小さく微笑む。


「そういう花江にこそ聞きたいわ。

 歩はここにいて迷惑じゃない?」

「姉さん、本気で怒るわよ」

「……」

 

 再び訪れた沈黙はやがて何台ものバスが並んだターミナルの一角に車が停まる事で終わりを告げる。


「とりあえず歩が退院したらそっちに連れて来るから。

 その時はまた連絡する」

「花江、ありがとうね」

「……ええ」


 窓越しに微笑んだ里江の言葉が何を指しているか言わないまま、お互い手を振って別れた。

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