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第127話 変化(16)

お待たせしました。

更新再開します。

「歩のスマホはあったけど、充電器はやっぱり部屋の中かしら」


 家のポストに入れてあるという予備の鍵を使って室内に入ると、花江に頼まれた物を揃えていく。いくら自分が申し出た事とはいえ、無人の他人の家に上がり込む居心地の悪さは想像以上で、ぎこちない足取りで歩の部屋をノックしてからドアを開く。


 カーテンを閉じたままで薄暗い歩の部屋は以前見かけた時とまるで変わらない。普段の自分の部屋との差を苦々しく思いながらベット近くのコンセントに挿してあった充電器に手を伸ばし──脇に置かれたごみ箱に移した視線が凍りつく。


「!」


 常用しているというにはあまりにも多すぎる市販薬の数に、歩は随分前から症状を自覚していたらしい。


「っ! 歩のやつ……!」


 ──元気になったら絶対説教してやるんだから!


 こみ上げてくる怒りに両手を震わせながら、足早に部屋を後にした。


 ◇


 日当たりの良い明るい廊下に消毒液の匂いが広がる病棟の一番奥の扉の前で足を止めると、部屋番号をもう一度確認する。


『はい』


 ノック音に応えた小さな声が花江の声であることに安心すると、静かにドアを開いた。


「……」


 二つ並んだベットの奥、その存在を半分隠す様に垂れ下がったカーテンの向こう側から、ゆらりと花江が振り返る。疲労の色を隠せないままそれでも笑顔を浮かべた花江に近づくと、椅子から立ち上がり脇へ退いてくれた。


 カーテンを捲った先の真っ白なベットの奥では目を閉じた歩がいる。


「……あゆ、む」

 

 上手く回らない舌で呼び掛けるものの、歩が目を開ける気配はない。左腕を点滴のチューブに繋がれたまま僅かに上下する胸元だけが確かに生きていることを証明しているものの、静かに横たわるその姿にこのまま目を覚まさないのではという恐怖心が沸き上がり、今すぐ叩き起こしたい衝動に駆られる。


「春海」


 歩を気遣うよう呼び掛けられた声にはっとして頷くと、花江と静かに病室の外に出る。 『非常用出口』と掲げられている廊下の突き当たりまで歩いて、ようやく息苦しさから解放された気がした。


「電話でも話したけど、歩に必要なのは安静で入院はその為だから、心配しなくても大丈夫よ」

「……そう」


 歩の部屋にあったごみ箱の中身を花江に告げると、壁に背中を預けた花江が力なく笑った。


「こんなに近くにいたのに気づけなかったなんて……保護者失格ね」

「そんな訳ないでしょう。

 それを言うなら私だって友人失格だもの」


 あの時きちんと歩と話をしていれば、と沸き上がる自責の念に駆られながらそれでも花江を擁護する。


「春海」

「何?」

「……私、最初あの子が妊娠したんじゃないかと思ったの」

「!?」


 俯いたまま花江が溢した言葉に絶句すると、ちらりと顔を上げた花江が弱々しく笑った。


「最近、顔色が悪かったし、元気もなくて。夜中に帰ってきた途端、トイレで苦しげに吐く声が聞こえて……歩に問いつめたら凄い勢いで否定されたけど、それすらも信じられなくて……そうしたら……」

「……」

「もっとちゃんと歩と向き合うべきだったのよ。あの子が佐伯くんと無理して付き合ってるって分かってたのに。忙しさにかまけて本音を隠した言葉を鵜呑みにしてばかりで……だからこそ歩はますます言えなかったのかもしれない。ずっと苦しんでたのに、肝心な時に限って信じてあげれないなんて……」

「花江さん!」


 花江の後悔を遮るように春海がぎゅっと両腕を掴む。


「よく聞いて!

 今回は放っておいた花江さんも何も出来なかった私もずっと黙っていた歩もみーんな悪かったの!

 だから痛み分けにしましょう。歩が目覚めて元気になったら二人で謝って、その後どれだけ私たちが心配したか歩にきちんと分からせようじゃない」



「……春海らしいわね」


 弱々しくも笑いの混じった花江の声が聞こえてきて、安心するとそっと手を離す。


「……そうね、散々心配掛けたんですもの。

 きっちり叱っておかなくちゃ」

「そうよ!

 黙っていた事、後悔させてやりましょう」


 思わず二人で笑い合うと曇っていた花江の表情がようやく明るくなる。


「ありがとね、春海。

 あなたがいてくれて良かった」

「どういたしまして」


 笑いながら目尻を押さえる花江に気づかないふりをして、背中を支えるように手を添えた。

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