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第10話 鳥居春海 (1)

 カーテン越しの太陽は午前7時というのに、既に熱を放っている。スマホの目覚ましを止めた後、二度寝しそうな自分に活を入れ、何とか起き上がる。


「ねむ………」


 連休明けの朝は何かと憂鬱だ。

 彼氏の家で過ごした連休は、遠距離の移動と乱れた生活サイクルのおかげでたった三日間とはいえすっかり狂ってしまい、ここでの日常を戻すのは容易いことではない。

 それに加え、連休最後の日の彼氏との喧嘩がより一層憂鬱さに拍車をかける。言い争いこそしなかったものの、気まずくなった出来事は思い出すのも癪で、それでも一言連絡が来ていないかスマホをチェックした。


「…………ムカつくわ~」


 シーツの上に放ったスマホにため息を一つついて、仕事に行く支度をする。ベッドの脇にあるかごに積まれた服の山から見繕い、食事をするよりメイクをする為の場所となったテーブルで鏡の向こうの自分と向き合った。


「はぁ」


 疲れが顔に出ているのが分かり、再びため息がこぼれる。どんよりとした表情に、それでも気持ちを切り替えるようお腹にぐっと力を入れた。


 こんな時は少し濃い目のメイクにして、お昼は『HANA』で美味しいご飯を食べよう、そう決めるとようやく気分が上向きになってきた。


 ◇


 少子化の影響で廃校となった中学校の校舎が春海の職場だ。廃校と言えば聞こえは悪いものの、地域起こしプロジェクトが事務所として使用する以前から定期的な管理と清掃は行っていたらしく、校舎も校庭も十分に綺麗で事務所として使うには申し分ない。学校として機能していたときの雰囲気が未だ残る正面玄関をくぐると、いつも楽しかった学生時代を思い出す。


 立場上は公務員と同列な地域起こしプロジェクトだが田舎の風土か所長の方針なのか、制服や仕事のスタイルにおいて特に指定はない。以前の職場と比べて給与は減ったものの時間的なゆとりは増え、試行錯誤ながらも新しい事に挑戦していく──そんな職場の雰囲気が好きで、つくづく良い仕事に就いたと思う。



「おはようございます」


 元職員室だった場所をリフォームし、ネット環境と冷暖房完備の快適性を整えた事務所に入ると、中にいた二人のメンバーに挨拶をする。


「おはようございます」

「おはよーざいます」


 長い黒髪と小柄な身体つきの女性、小川美奈と茶髪で目付きの鋭い東堂勇太が同時に顔を上げた。特に示し合わせた訳では無いのに、気がつけばこの二人は大概先に来ており、春海を含めて三人で過ごす事が多い。室内の一角に設置された座り心地の良いソファーに腰を下ろした美奈と隣でタブレットを弄っていた勇太の横で、パソコンが立ち上がるのを待っていると勇太から声を掛けられた。


「あれ? 春海さん、朝から何かお疲れモード?」

「まあね~

 連休明けってやけに疲れるわよねぇ」


 短く刈り込んだ茶髪と軽い口調、細身ながらも長身な風貌から、一見敬遠されそうな雰囲気を持つ勇太だが、その内面は気さくな性格をしている。春海と一緒に採用された事もあって言葉を交わすうち、いつの間にかお互い遠慮のいらない関係になった。


「ははぁ~ん。

 さては連休中、彼氏が全然寝かせてくれなかったんでしょう?

 夜の激しい運動のし過ぎで、筋肉痛とか?」


「! うっさい、勇太!」

「っー! 今のマジ痛かった! 鬼!

 暴力反対!!」


 触れて欲しくない話題に彼氏を思い出し、八つ当たり気味に背中に平手打ちをすると、大袈裟なくらい痛がった。そんな二人のやり取りをいつもの事と美奈が苦笑している。


『地域起こしプロジェクト』は、近い将来過疎化少子高齢化が避けられないおおかみ町を危惧した役場が立ち上げた機関だ。『これからを生きる若い人の為のおおかみ町を』というスローガンの下、所長以外二十代と三十代のメンバーで地元出身は一人だけという風変わりな集団だ。

 現段階では大まかに町内担当、町外担当の二つに別れてそれぞれが活動をしているが、独立したばかり始まったばかりの機関ということもあり、目下役場との共同で企画活動を行っている。


 各自担当している仕事は違えど、『おおかみ町を自分達の力で盛り上げたい』という想いは一致していて、困った時は皆で話し合うのが恒例となっていた。


 春海が担当しているのは町報における『地域起こしプロジェクト』の記事作成で主に活動報告をあげている。ただ、高齢者の多いこの町ではネットよりもはるかに紙媒体の方が利用されており、『PR』という点において活動報告以外にも何か利用出来ないかずっと模索していた。


 役場での打ち合わせの為の支度をしながらふと、向かいに座る美奈を見る。気分転換の為に『HANA』に行くのなら、たまには誰かと一緒に行くのも良いかもしれない。


「ねぇ、美奈ちゃん。

 今日お弁当持ってきた?」

「いいえ、今日は時間がなくて……」


 大抵弁当を持参する美奈が苦笑するのを見て、休日明けが辛いのは自分だけではないことに安心する。


「それなら、お昼『HANA』に行かない?」

「ええ、良いですよ」


 朝の憂鬱さがようやく消えた気がして、大きく伸びをすると時間を確認して仕事に取りかかった。

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