5話 「ギルド」
「ん……あれっ、ここ……どこだ?」
周りが妙に薄暗い。
森の中だろうか。
いや、違う。地面が石のように硬い。
ここは……路地裏だ。
曇り空だから薄暗かったのだ。
と、いうことはあの塀の門の中なのか?
「何でこんな所に……」
誰かが門の前で傭兵を一瞬で気絶させていた記憶があるが、どうにもその顔を思い出せない。
確か……杖を持っていた。
杖は魔術師の魔力を効率良く体外に送り出す装置。
あの人間は魔術師なのだろう。
俺も一応魔術師だし……杖持ってみようかな。
「……」
それにしても妙に静かだ。
路地裏と言えば悪い奴がギャーギャー騒いでるイメージなんだが……
そういったゴロツキどころか人すらいない。
見上げても高く赤いレンガの壁に、窓が並んでいるだけ。
シンと静まり返り生活感がない。
「……ギルドに行ってみるか」
ギルドは町の役所的存在を担っており、様々な情報を保管している。
勿論町の情報もだ。
聞けば何故こんなに人がいないのか分かるかもしれない。
「……寒っ」
俺が路地から大通りらしき道に出ると、冷たい風が脇を吹き抜けた。
山の上で寒いからか、まばらにいる人々は泥で汚れた石畳の道を、毛皮の帽子と手袋をはめ、黙々と歩いている。
この町については何も分からないが、道ゆく人は皆全て暗く、目は落ち窪み、不機嫌そうに見える。
「気味悪いな……」
俺はそう呟き、歩みを進める。
目指すのは前方に見える城の方向だ。
ギルドはそういった町の中心にある傾向がある。
いや……この町の人達に聞いてみるか?
俺は歩いている内の一人に近づく。
「あの、すみません」
「……」
「あの」
「…………」
ガン無視だ。
こちらを見ようともしていない。
もしや人形じゃあるまいな。
一回触ってみるか……?
いや、辞めておこう。
もしこれで人間だったらただの頭のおかしい奴になってしまう。
自力で探すしかないな……
◯
それは簡単に見つかった。
周りの建物より圧倒的に古ぼけ、酒臭く、少しコワそうな剣を持った男達が周辺にたむろしているのが目印だ。
それに、特有の模様の付いた旗も立っておりよく目立つ。
ギルドというのは大体一階に酒場があり、ギルドらしいことをするのは二階や三階。
俺も幼少期に何回かギルドに行った事があるが、どこに行ってもこんな感じだった。
俺は常に空いていると思しき木製の扉を抜ける。
「……こ、これは」
第一印象はずばり、混沌。
複数並べられた丸いテーブルに、ぎっしりと屈強な男達が座っている。
背中に巨大な剣を背負う者、小汚い杖を持った者、肌の色が違う者。様々な職業や人種の冒険者達が俺のことなど気にもせず騒いでいる。
全員違う格好をしており、外で歩いている人達とは大違いだ。
しかし、その全てに共通しているものがある。
酒だ。
皆が左手に酒の入ったグラスを鷲掴みにし、それを真上に傾けガブ飲みしている。
……酒、か。
俺は飲んだ事が無いが、それほど美味しいものなのだろうか――
「――いけ!! やっちまえッ!!」
な、何だ?
俺は唐突に聞こえてきた大きな声の方へ、咄嗟に顔を向ける。
「ま、負けるなッ!!」
奥の方。
酒場の端のほうで、ホームレスの様なボロボロの布を羽織った男と、体中傷だらけの筋骨隆々な男が、互いにテーブルを挟んで睨み合っている。
そのテーブルの上には……カブトムシと大きなクモ。
どうやらカブトムシとクモの戦う勝負をしていたらしい。
「……いい大人があんなことしてて楽しいのだろうか」
何事かと思って見たのが間違いだった。
ここにはそんな奴しかいないのか?
さっさと酒場の従業員にでもこの町の事を聞いて、その後にはゆっくり……ゆっくり……
何をしようか。
やる事無いし、冒険者でもやってみようかな。
俺はそう思いながら、狂乱する男達の間を抜けカウンターへ近づく。
カウンターには一人、屈強なドス黒い肌をした男。
新聞らしき紙に目を向けながら、スプーンのような物を持ち、マグカップに入った湯気の立つコーヒーをくるくるとかき混ぜている。
「あの、すみません」
「おう、何だ」
良かった。
こっちはちゃんと反応してくれている。
単刀直入に……聞いてみるか。
「なぜこの酒場の外で歩いてる人に話しかけても何も反応しないんだ?」
「……何故かは知らねぇ。ただ、ここに昔から住んでた奴だけがああなった、っつう噂がある」
カウンターの男はそう言うと、マグカップを持ち上げ、口をつけた。
男は机に再び置き、スプーンを回し始める。
「……」
……これだけ?
何か、話終わった感出てるんですけど……
まぁいいか。
別に知ってどうかなる訳でも無いし。
……ギルドの参加について話してみるか?
ギルドに併設されているのだし、関係がないということは無いだろう。
冒険者は一度ギルドに参加すると、全国のギルドで依頼等を受ける事ができる。
参加しておいて損する事は無い。
「ギルドの参加ってここで出来るのか?」
「ああ。できる」
やはり、か。
「なら参加したい」
「職業は?」
「魔術師」
「年齢は?」
「……数えてない」
「名前は?」
「アレス」
「一番得意な魔法は?」
矢継ぎ早に質問される内容に答えていく中、そこで言葉に詰まった。
「……一番得意な魔法は」
男は語尾を強めてもう一度言う。
……嘘をつこうか。
俺は『火球』以外全ての魔法を使うことが出来ない。
ここで本当の事を言ってもギルド参加を拒否されるのがオチだ。
しかし、嘘をついてそれがバレた時もマズい。
ここは……本当の事を言っておいた方がいいのか?
「か、『火球』です」
俺がそう消え入りそうな声で呟いた瞬間、周りから音が消えた。
あれだけ騒いでいたのに、誰一人として音を出さない。
まるで、誰もいないかのように。
……俺はこの静寂を知っている。
はっきりとは覚えていない。
だが、確かに同じ様な状況に陥った事がある。
これは、人をバカにする時の静寂だ。
「今、何と?」
カウンターの男はコーヒーをかき混ぜる手を静止させ、俺の目を見つめる。
「…………『火球』です」
チリン、と誰かが鈴の音を出す。
それがきっかけとなったのか、後ろで一人の男がボソッと呟いた。
「おめぇ……ここがどこだか知ってんのか?」
俺は答えない。
何と言おうと、結果は分かっている。
「おいおいおいおい……雑魚が来ていい場所じゃねぇんだぞ」
周りから含み笑いが起き始める。
『ハハハッ、火球なんて剣士の俺でも使えるぞ』
『だからあんなに魔力量が低いのか……フッ」
ああ。
何だろう、この感覚。
すごく、懐かしい。
俺は睨む訳でもなく、ゆっくりと声のした方へ向いた。
睨まずに、平静を保って。
そこには、俺より頭三つほど背が高く、肩幅の広い男が立っていた。
「……っ!! 何だよ……その顔はよぉ!!」
気がつくと、俺の目線は宙に浮いていた。
殴られたのだ。
「うっ……」
頬が痛い。
ずっとトレーニングをしていたが、魔術だけだ。
単純な体術ならコイツには敵わない。
だが――
「立てよ」
男は床に倒れた俺の頭を踏みつける。
………泥の匂いが鼻につく。
「ホラ、立てよ」
「……足を、どけてください」
瞬間、俺の腹は男に蹴り上げられていた。
「ガッ……」
胃から何かが上がってきそうになるのを必死で抑える。
「俺が、いつ!! 喋っていいと言った……?」
「……」
「てめぇはただの雑魚のくせにぃ!?」
もう一度腹を蹴られる。
「勝手に!!」
二回目。
「口を動かしやがってッ!!」
三回目。
「ふざけるなッ!!」
四回目。
「俺は今すぐ起きろっつってんだろうが!!」
五回目。
「お前みたいな雑魚など、俺の命令に従う以外何も価値もないのにぃ!!」
……六回目。
雑魚、か。
『私、弱い人嫌いなの』
何故だろう。
今になって……凄く、イライラしてきた。




