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莉珠ちゃんは、お願いがしたい

 わたしは隣を歩いていたお友達の手を引っ張る。


「おっとぉ?」


 引っ張られた拍子で後ろによろめくお友達。ぽすん。私に寄りかかった。


「なになに、どしたー?」

「だめだめ、だめよ。鳥居をくぐる前はちゃんと一礼しないと」


 そう言ってわたしはお友達の後頭部に手をあて、わたしと一緒にお辞儀させる。


「あ、そっかぁ、忘れてた」

「かみさまへの礼儀だよ。きちんと作法を守らないと、叶うものも叶わなくなっちゃう」


 わたしは今、お友達と一緒に近所にある由緒正しき――まぁ、若干寂れているというか、古色蒼然というか、そんな趣ある神社に赴いている。

 曇天の寒空の下、ここにはいま、わたしとお友達しかいない。ひゅー、時折吹く風が、わたしとお友達にダイレクトに纏わりつく。人いきれなんかまったくないから、体感的にとっても寒く感じる。ぶるりと身体を震わせ、わたしはお友達の手をとった。


「ん、さむいん?」

「さむい」


 手袋をしてはいるけど、わたしの手は冷え切っていたんだろう。お友達がわたしの手を両手で包み、ぎゅぎゅってしてくれた。そしてわたしを抱きしめてくれた。


「……あったかい」

「うん。あったかいねぇ」


 わたしたちはしばらくそのまま抱き合っていた。やがて身体を離して、無言のまま参道へと歩みを進める。手は繋いだまま。

 勿論、参道は端っこを歩く。真ん中はかみさまが通る道だからね。


「手水舎は……どうかな」


 やっぱり相変わらずひどく寂れている。四方吹き放しになってるけど、四方転びの柱はいまにも折れそう。その中の水盤にいたっては大きな罅が入っていた。


「水、入ってる?」


 手水になるような水は――あ、あった。


「雨水、かなぁ。ちょっと濁ってるけど、少し溜まってる」


 わたしとお友達は顔を見合わせた。うん、柄杓はない。おお互い頷きあい手袋を外すと、その水盤の中に素手を突っ込んだ。


「うっはぁ、ちめたい。なんか、ぬるってしてる。きもちわるー」

「す、漱ぎ清めないとっ。ひ、柄杓ないから、手で掬って」


 そしてわたしたちは水盤の底に溜まっていた泥水を左手で掬い取り――口に含んだ。口を、漱ぐ。口を、清める。


「う、うぇぇぇ」

「お、音立てちゃ、だめ、だよ」


 揃って吐き出した。嘔吐いているお友達は涙目で、顔面は蒼白になってる。わたしだって同じような表情をしているんだろう。

 でも、我慢だ。かみさまにお願いするんだから。宣言するんだから。作法は守らないと、見捨てられちゃう。


 わたしとお友達はよろよろと、ようやく社の前まで辿り着いた。いよいよ、かみさまとのご対面。

 三つある本坪鈴のうち、既に二つはなくなっていた。残りの一つは鈴緒が落っこちている。もう鳴らすのは諦めよう。

 お賽銭箱は――大丈夫だ。いつものように鎮座ましましてる。


「鈴はもうあきらめよう。お賽銭、入れようか?」


 わたしがそう言うと、お友達はごそごそと背負っていたリュックの中から札束を取り出した。一つ、二つ、三つ。

 わたしも同じように背負っていたリュックからお金を取り出す。わたしの場合は札束が十束。計一千万円。ちょっと重かったけど、やっぱりそれなりの志を見せないとね。

 友達は両手に札束を抱えたわたしを見て、呆れたように溜め息をついた。


「そんなにいらないとおもうんだけどなー」

「こういうのは気持ちだよ気持ち。ホントはもっと持ってきたかったんだから」

「あー、うー、でももうお金なんてさー」

「だめだめ、だめよ。お賽銭は、かみさまへのお供え物なんだから。たくさんのほうが、かみさまだって嬉しいでしょ」

「そうかなぁ」


 投げ入れたりせず、わたしたちはそっとそれをお賽銭箱に入れる。札束だったから少し入れづらかったけど、最後は帯封をとってお賽銭箱全体に行き渡るように詰めていった。そして手元のお金がすべてなくなると、わたしたちは並んで顔を上げる。


 二礼二拍手一礼。


 拝殿で二回打ち鳴らした柏手の音が、静謐な本殿の間へ響き渡る。フラッターエコーみたいな音だ。

 しばらくその澄んだ音色に身を委ねる。自然と身体が震えた。それは寒さからくるものではなく、神聖なもの前にした心の奮い立ちからきているものだとはっきりと分かる。


「じゃあ、お願いしよう」

「ん、今日こそお願いが叶うといいねー」


 まずは、会ってくれたことへの感謝。そして自己紹介。まぁ、もう何度も自己紹介してるから、かみさまだってきっと覚えていてくれるはず。

 次は今までの感謝。かみさま、以前にお願いした『お友達』が出来ました。有難うございます。いまではこうして一緒に、かみさまにお参りすることが出来ます。わたしたち、とっても仲良しなんです。

 それでですね、かみさま。今日のお願いなのですが――


 わたしは隣のお友達に顔を向けた。薄目を開けチラリと窺う。


「……かえり、たい」


 お友達が消え入るように、そう発声したのがわかった。口唇がぶるぶると震えている。目は閉じていなかった。涙が頬を伝っていた。


「ぐすっ、もとの世界に……かえりたいよぅ」


 嗚咽を漏らして泣いていた。

 あぁ、お友達はまた同じお願い事をしている。昨日も一昨日も、その前も、そうだっけ。


 たしかに、この世界にはわたしとお友達以外、他の人は誰もいない。

 わたしがかみさまにお願いして、一人残らず消しちゃったから。わたしをいじめる世界なんていらなかったから。

 だけど、一人きりはやっぱり寂しかったから、わたしはみんながいなくなる前の世界から『お友達』を一人呼んだの。戻してもらったの。

 やっぱりお友達はまだ、前の、人で溢れる、家族のいる世界が恋しいのかな。ホームシックってやつなのかな。


 でもね。

 だめだめ、だめよ。あなたはかみさまがわたしにくれた『お友達』なんだから。


 あ、そうだ、お願い事しなきゃ。ここのかみさまはわたしのお願い事を何でも聞いてくれるんだ。


 ――隣にいるお友達と、この世界でずっと一緒にいられますように。

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