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茜ちゃんは、ひとくちたべたい

 お友達が物欲しげに私の目の前の皿を見つめている。じーっと見つめている。

 そして人差し指をちょこんと唇にあてた。


「そっちのパスタも美味しそう。ね、茜、一口ちょうだい?」

「ん、どうぞ」


 にっこりとお友達の表情が花開く。フォークを手に取りくるくると私のスパゲティを巻き上げ、口に運んだ。ふわりと花が綻ぶ。「うん、やっぱり美味しい」

 『一口ちょうだい』は嫌われる、なんて巷ではよく言われている。自分のものは全部自分で食べたいのに、とか、食べてる途中なのに汚い、無神経だ、とか。でも友達同士で『一口ちょうだい』って私はアリだと思う。だって色んな味のものを食べてみたいって思うし、いろんな味のものをシェアすればより食事が楽しめるから。

 だから私も人差し指をちょこんと唇にあて、


「私にもそっちの一口ちょうだい?」

「どうぞどうぞ」


 手を伸ばして私のとは別の味を一巻き貰う。もぐもぐ。うん、これも美味しい。自分の方の味と甲乙つけがたいな。でも、こうやって比較できるのはとてもいいことね。私の食欲を充分に満たす事ができるもの。

 私達は食事をシェアしあいながら、仲良くランチを食べ終えた。



 校内には部活動を行っている生徒達の他は、もう殆ど残っていない。私は長引いた委員会の雑用に一段落つけ、放課後の教室に戻ってきた。

 同じ委員の子、先に帰っちゃって……やんなっちゃう。

 溜息をつきながら教室のドアに手をかける。そこで、私はまだ教室に誰か残っていることに気がついた。こそっと中を窺う。


「あっ」


 思わず声を漏らしてしまい、慌てて両手で口を抑える。大丈夫、バレてないみたい。

 教室の中には私の見知った二人がいた。一人は、今日、私と一緒にお昼を食べたお友達。そして、もう一人は――私の隣の席の男の子。私が仄かな恋心を寄せていた彼だった。


 その二人が――キスしてる。


 心臓が早鐘を打つ。顔が熱い。きっと私の頬は完熟りんごのように紅潮している。

 私は自分の大好きな二人のキスシーンを見て明らかに興奮していた。自分の口から漏れる吐息が熱い塊になっているのが、はっきりとわかった。

 ふらふらと、とうとう私はその自分の欲情に耐えきれず――ドアを開け、教室の中へと踏み込んだ。

 ドアが開いた音に気づき、二人がこちらに顔を向ける。私の姿を認め、


「あっ!」

「えっ?」


 驚きに目を丸くした。

 私はゆっくりと彼らに近づいていった。そして彼らの元へと辿り着くその一歩手前で、私のお友達が口を開いた。


「あ、あはは、見つかっちゃった」


 頬を染めながら困ったように笑う彼女は、とても可憐だった。恋と羞恥が混ざり合う彼女の表情は、とても淫靡だった。


「驚いちゃった。二人は――いつから付き合っていたの?」

「じ、実はね、今さっき、わたしが彼に告白してね? それで、その、」


 彼女がチラリと彼を窺う。


「ああ、付き合うことになったんだ。僕も、その、前から彼女のことが好きだったから」

「ふぅん、そうなのね」


 私がにっこりと「ふたりとも、おめでとう」笑って祝福すると、二人共照れくさそうに「ありがとう」と応えてくれた。

 私は、目の前の二人を見つめる。じーっと見つめる。「どうしたの?」お友達の言葉に、私は、人差し指をちょこんと自分の唇にあてた。



「一口、ちょうだい?」



 私は男の子――恋していた彼へ一歩詰め寄った。

 素早く彼の首に腕を回し、少し背伸びをする。私の唇が彼のそれへと近づき、そして――


 ドンッ。


 私はお友達に突き飛ばされた。彼女が私と彼の間へ割って入ってる。

 彼女は尻もちをついた私を見下ろしている。柳眉を釣り上げ、わなわなと怒りに震えている。


「何考えてんのよ、茜っ! 一体何のつもり!?」


 え? だって。


「私も前から彼のこといいなって思ってたんだよ? だから、一口貰おうかなって」

「は、はぁ!?」


 私は立ち上がり、スカートのお尻を軽く叩く。彼に目を向け、唇を一舐めする。


「だって彼をシェアすれば、二人とも楽しめるでしょ? 私達、友達同士じゃない。一口くらい、いいでしょ?」


 お友達の顔面が一瞬にして蒼白になった。先程までの怒りによる震えが、まったく別のものに変化したように見えた。


「な、なに、言ってんの、あんた。あ、頭、おかしいんじゃないの――も、もう、行こっ!」


 そう言って彼女は彼の手を強引に引っ張り、慌てたように連れ立って教室を出ていった。


 私は一人、ぽつんと教室に取り残される。

 唇を尖らし「ちぇっ」と軽く舌打ちする。お友達はけちんぼだ。独り占めはずるいよ。


 私は窓の外に目を向けた。無音の教室とは対象的に、校庭ではまだ部活をしている生徒たちの元気な喚声が響いている。

 ふと、窓ガラスに映った自分の表情が目に入った。私の目はなんだか血走っていて、とてもギラギラとしていた。

 はぁ、私は嘆息する。

 私は残念だった。私の欲を満たすことが出来なかったことが、とても残念だった。


 彼、とっても美味しそうだったのにな。

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