夕子ちゃんは、輝いている
私は小高い丘にある一本の樹を見上げる。
中学生になっても身長の低い私の目には、その樹はとても大きな存在だった。
新緑が斜陽を浴びてキラキラと瞬く。眩しい。大樹全部が輝いている。
私は腰を下ろしてその樹に寄りかかり、ほっと一つ息をつく。そして夕焼けに染まる街をこの丘から見下ろす。
街全体も輝いていた。綺羅綺羅、綺羅綺羅と煌めいていた。橙色に染まる街並みがとても幻想的に私の目に映っていた。
私だけの秘密の場所。
嬉しい時、悲しい時、一人で物思いに耽りたい時、私は自分だけのこの場所へと足を向ける。
それは私が幼少だった頃から変わらない。小学生の頃、偶然迷い込んだこの場所が、今では私の心の安寧になっている。
薄暮の時間帯、この場所から眺める風景が好きだった。綺羅綺羅と煌めく世界が大好きだった。
「あんたって、成長しないよね」
「なによ、突然」
「だってさ、普通の女の子が好きそうなもの、全然興味ないし」
「そんなこと、ないけど」
「山登り好きだし、野原駆け回るし、汗と泥に塗れて子供みたいに遊んでるし」
「だって、楽しいんだもん。普通だよ」
「私達もう中学生だよ? いつまでもそんな子供っぽい遊びばかりして、つまんなくない?」
「そんなこと、ないけど」
私は今日学校で友だちに言われたことを思い出して、心が少しざわついた。
私は口をへの字にして大樹に話しかける。
だって、世界はこんなに綺麗なんだよ。この陽光も、風に揺れる青碧も、私を包む爽風も、何もかもが輝いている。
自然と遊ぶことが今はどんなことより楽しいんだ。幸せだって、そう思うんだよ。
つまんなくなんかない。草木の一つ一つ、足踏む土の一歩一歩が私の心を高揚させる。
私は自然と戯れるのが好きだった。目に映る輝く世界を掴むことが大好きだった。
「あんたって、付き合い悪いよね」
「なによ、突然」
「だってさ、カラオケ誘っても、コンパに呼んでも、全然付き合わないし」
「そんなこと、ないけど」
「まだ山登ったりしてるの? 山ガールなんて今時流行んないよ」
「だって、楽しいじゃない。普通でしょ」
「私達もう高校生だよ? いつまでもそんな子供っぽい遊びばかりして、つまんなくない?」
「そんなこと、ないけど」
私は今日学校で友だちに言われたことを思い出して、心が少しざわついた。
私は口をへの字にして大樹に話しかける。
だって、世界はこんなに素敵なんだよ。この陽射も、風に揺れる若緑も、私を包む新風も、何もかもが輝いている。
服装や化粧に気を使い始めた皆より、流行りの遊戯に夢中になっている皆より、自然と遊ぶことが今でもどんなことより楽しいんだ。幸せだって、そう思うんだよ。
つまんなくなんかない。本草の一つ一つ、足置く土の一歩一歩が私の心を発揚させる。
私は自然と戯れるのが好きだった。目に映る輝く世界を掴むことが大好きだった。
獣道に近い、まだ踏み荒らされていない道とも言えない道を、掻き分けて進む。
私は久しぶりにあの場所へとやってきた。高校を卒業してからもう何年もここには赴いていなかった。
ようやく視界が開けたそこは、相変わらず大樹がそびえていた。夕日を浴びて寂しそうに佇んでいた。一陣の風が私の顔を撫でる。
「せっかくセットした髪が乱れちゃう」
ただでさえ、鬱陶しい草薮を掻き分けて、昨日おろしたばかりのワンピが汚れてしまったのに。私の気分はさらに鬱になる。
私は髪を撫でながら幼少からずっと見てきたその大樹を見上げる。なんだかその樹は、所々樹皮が剥がれて色褪せていた。私はその樹に手を伸ばし「きゃっ」慌てて引っ込める。
「気持ち悪い。何よ、この虫」
剥がれた樹皮の裏で、何だか良くわからない郡虫が蠢いていた。とても気持ち悪かった。
私は舌打ちを一つし、その丘から夕日に照らされた街を見下ろす。
「汚ない街。小さくて何の魅力もない。過疎化が進みすぎて老人介護施設みたい。早く、東京に戻りたいな」
高校を卒業して、彼の後を追うように東京の大学に進学した私は、久しぶりに故郷に帰ってきていた。
郷愁からか、ふとこの場所を思い出し、こうして苦労して来てみたはいいが――何のことはない。雑草で荒れ果てた丘陵に枯れつつある大木。小山から俯瞰する景色は鈍色に濁った古臭い街並みだけ。橙黄色が覆うそれは、燃え落ちた住居と群像の成れの果てだった。
私は思う。
なんで、子供の頃、この景色が好きだったのかな。
思い返しても、良くわからない。
童心だったから、友達とうまくいってなかったから、自意識が強すぎたから。理由は沢山あると思う。けれど、
なんでか世界の色々なものが光って見えてたんだよね。
キラキラ、キラキラって。あれは、子供特有の症状なのかな。中二病ってやつだったのかもしれない。
私は踵を返す。もう、この場所には用はない。あ、でも、せっかくだし、
「インスタにあげとこ」
私は黄昏に映える大樹をバックに自撮りをする。
そこに写る私の表情は、とてもキラキラしていた。きっと沢山の『いいね』がつけられるに違いない。