異世界転移と黒い影
さて、俺は何をしよう。
そうそう、俺は「能力者」というアレが好きなんだ。
能力者っていいよね、個性を出せてて。
◇
毎日毎日残業残業。
俺の人生は、いったいどうなっているんだろう。
徹夜なんかやってしまった日には、いっそのこと死んでしまったほうが楽なのではないかと思う。
今の仕事をやるよりかは、刑務所なんかで暮らしたほうが、よっぽど幸せなんじゃないかとも本気で思うことも珍しくない。
俺はアラサーのリーマンで、独身だ。
趣味は・・・人に言えるような趣味は無いな。釣りとかゴルフとか?そんなの知らない。
家に帰ってやることといえば、時間があれば食べて風呂入って、そして無料のウェブ漫画を読んでから寝る、そんなところだ。
まあ、実家暮らしだから、マシなほうなのかもしれない。
そうやって、嫌な現実から目を背けている。
現実逃避をしたがっている。
だからこそ、フィクションが産業として成り立っているのだ。
そんなあるとき、俺は一人の男に出会った。
場所は、ショッピングモールの近くの交差点。
彼の名はナロウ。一見して黒いトレンチコートを着た普通のイケメンなのだが、身長180センチを超える俺よりもさらに20センチは背が高かった。
「君にこれをあげるよ」
そういって彼は、野球のボールほどの大きさをした透明な玉を、俺にくれた。
「これは何ですか?」
「これはね、世界」
「ワールド?」
「そう、文字通り、『世界』さ。そして、創造主は君自身」
「はぁ・・・」
◇
水晶玉――ナロウにもらった玉はそう呼ぶことにした――は、中を覗いてみると確かに、どこかの世界の映像が見えるようだった。
今見えているのは、呆然と立ち尽くす人々と、黒い影、といった映像。
人々の外見は地球人のそれと変わらない。
「いったいどうなってやがる」
自分の世界が、一見して穏やかな感じではなかったので、俺は少し動揺した。
どうにかして、この世界に光を取り戻したい。
そう思った刹那、俺は意識を失った。
◇
気がつくと、そこは異世界だった。
よく見る異世界転生のように、赤ん坊の状態というわけではなく、普通に現実、元いた世界の俺自身が、こっちに来たわけだ。
しかし、元の世界とは違った状態になっているところがある。
それは、俺の左手だ。左手に、黒い影がまとわりついているのだ。
しかし、不思議と怖くはなかった。
「そうだ、この影の被害者がどこかにいるはず――」
俺は辺りを見渡した。見たところ、静かな村のようだ。
少し走りながら様子を探っていると、一人の少女が道に倒れているのを見つけた。
少女の左手からも、黒い影が広がっていた。
「大丈夫か?」
俺が少女に声をかけると、少女は体をゆっくりと起こした。
「こっ、来ないで!」
少女はそう叫ぶと、走り去って行ってしまった。
どうやら、精神的にショックなことがあったらしい。
しかし、動けるのではれば、命に別状はないのだろう。
「いやぁ、ひどいことをしてくれますねぇ」
突然、どこからともなく声が聞こえた。
ふと見ると、そこには大きな一つの目玉をもつ小鬼が立っていた。
異世界転生は死ぬのが嫌だったので、異世界転移にしました。