異世界と今の貴方
ただの会話やねん。
「なあ、リアラ。イラストソフト買ったからチュートリアルで描いたみたよ」
「そうですか」
「けっこう手間だったね。小学生のお絵描きみたいなレベルでも数時間かかったよ」
「まあ、ご主人様はいわば"素人"ですから」
「イラストってすごいよな。漫画のようにシーンがたくさん描かれているわけじゃないけど、その分一枚に込められた思いってのはすごい」
「だからこそ、それを仕事にされているプロの方がいらっしゃるのですよ」
「その点小説はいいよね。文章だけ書けばいいのだから」
「いや、ご主人様のは小説と呼ぶにはあまりにも稚拙かと」
「まあ、そうだけれども」
そして俺は本題に入る。
「アイデンティティについて」
「はい。何かございましたか?」
「人生って何なんだろうな」
「すごい漠然としていますね」
「俺、今日一日何してたと思う?」
「なんかゲームしてましたね」
「そうなんだよ、ゲームしてた。でもね、理想では資格の勉強をするべきだったんだ」
「"あと少し、あと少し"って感じで、何度も先延ばしにされてましたね」
「そうなんだよ。ゲームしたり、動画見たり・・・」
「でもまあ、休みの日ですから、仕事だの勉強だのというしがらみから、解放されていていいんじゃないですか」
「まあ、そうだな。しかし、今日は日曜日。明日から月曜日。ほんとに憂鬱」
「至極平凡な悩みのようですが」
「そうなんだよ、平凡な悩みさ。しかし俺は、これを変えたいね。もしアイデンティティというか、自分というか、そういうのがしっかりしていたら、こういう思いはしなくて済むと思う」
「何を言っているのかわかりませんが・・・」
「ああ、俺は何を言っているのかわからない。感覚で言っているからな。」
「ところでご主人様、今流されているBGMは、巨大モンスターとの戦闘曲ですよね、ゲームの」
「そうだ」
「ご主人様は、そういう緊張感というものを糧に生きていらっしゃるんじゃないんですか」
「そうかもね。テストがあるから勉強するし、期限があるから対応するし、世の中そういうものじゃないか」
「要するにご主人様は、休みの日には何もできないのです。ただひたすらに、無駄なことに時間を費やすことしかできないのです」
「どういうこと?」
「休みの日だから、ご主人様は働く義務がありません。理由が無いのです」
「もし勉強とか持ち帰り残業とかしたら、平日の俺が幸せになるのに?」
「ご主人様はあくまでも打算的なのです。どこまでも怠惰なのです。そして小心者なのです」
「酷く言うね」
「そのようにプログラムされていますから。ところで、ご主人様の好きなことは何ですか?」
「無い。」
「ほら、ご主人様はネガティブなのです。天邪鬼なのです。」
「世の中そういう人種もいるのさ」
ここでリアラは、少し微笑んで、俺を見つめる。
「ご主人様は、場違いなのです。ご主人様は、もっとダメ人間でいいのです。土日に勉強なんて、そんな理想的なことを強いることはできないのです。
平日に遅くまで仕事を頑張っているじゃないですか。土日くらいいいんですよ、休んで」
「いや、でもね、リアラ。土日に何かしら対策しておかないと、平日にやばい案件があるんだよ」
「問題はそこなのですね、ご主人様。『アイデンティティ』だとか『理想』だとか、そういうことじゃないんです。問題はそこなのです。」
「ああ、そうだなリアラ。漠然とし過ぎていた。設計というか仕様というか、そういうのはちゃんと決めないとな」
「はい、具体的であれば、わたくしもご助力できるかもしれません」
「それじゃリアラ、例の問い合わせ対応の調査、対応方法の検討をしたいのだが」
「はい、それでは詳細について見ていきましょう・・・と、その前に」
「ん?」
リアラは杖を取り出した。
「スティール・フレイ・アロウ!」
杖の先が光った。しかし、特に何かが変わったような気配はなかった。
「何をした?」
「ご主人様が囚われていた幻影を払いました」
「"あとでやる"っていう幻想ね」
「"今の貴方"が、"今の貴方"らしく輝きますように」
ここは異世界。お助け精霊・リアラのいる世界。
切なく美しいピアノ曲が流れていた。
思い出したかのように「異世界」という語句を入れた。