第二章 世界への抗い
学校からの帰り道、リキトはブルッシュに授業中の考察を述べた。どうやらブルッシュも同じ結論に至っていた様だった。
「恐らく、グライゴア族が対エンブラ族に作成したウィルスは呪術の一種で、禁術だ。低ランク魔法程度なら、エンブラ族は簡単に治す事が出来る。」
ブルッシュは言った。確かに、ブルッシュの言っている事には合点がいく。ただの呪術であれば、エンブラ族の手に掛かれば治せない事など有り得ない。
「禁術の中には、神の魔法と呼ばれているものが存在する。神の魔法は生命への冒涜になりえる、正しく禁じられた術だ。」
「エンブラ族を襲ったウィルスは、神の魔法の可能性が有るというのか…。」
禁術は、禁術の書に習得方法が書いてあるが故に一般には出回らない。寧ろ、伝説的な扱いをされているものがほとんどだ。
それに、禁術は使用者を選ぶ。ライフ・レベルが幾ら高ランクだろうが、使えない者も居る。術との相性も大切なのだ。
「そうだ。それに厄介なのが、グライゴア族が得意とする闇の魔法だ。」
闇の魔法は、グライゴア族以外は使用が不可能と言われている属性魔法だ。
「闇の魔法に勝てる魔法は、この世界には存在しないと言われている。闇の魔法は、全ての他属性の魔法を呑み込んでしまう。弱点など無いのだ。」
「な、なんだって!?」
水で火が消える様に、雷が木やプラスチックに通らない様に、属性には強みと弱点が存在する。
しかし、グライゴア族が使う闇の魔法には弱点は無いと言うのだ。圧倒的に、状況は不利なのだ。
「弱点の無い魔法、対種族用のウィルス、不死身の身体、禁術…。グライゴア族は強すぎるじゃないか…。」
リキトは、絶望に近い感情を抱いた。グライゴア族は無敵では無いか。勝算は、有るのか。5日後だというのに、グライゴア族と戦う事を想像しただけで胃液が込み上げてきそうだった。
「ああ、だから奇襲を掛けてやる。20年前、グライゴア族がエンブラ族にやった様にな。」
ブルッシュは、グライゴア族に不意打ちをするつもりだ。卑怯な気もするが、かつてグライゴア族がエンブラ族に行った行為だ。一族としての報復の手段を、ブルッシュにとっては選んでいる場合では無さそうだ。
(それで、勝てるのか…?俺達で、グライゴア族に挑んで…。見たら分かるが、ブルッシュは後戻りをする気は無い。あいつは、復習の炎に燃えている!)
ブルッシュの気持ちはもう覆る事は無いだろう。リキトは今日授業で話した内容、ブルッシュから聞いた話の内容をピスタチオ達に伝えるのが怖くなった。しかし、伝えなければならない。喉の奥から弱音が吐き出されそうだ。
この日はリキトとブルッシュが孤児院に帰た時、既にビビッドは居なかった。昼過ぎに起きて、すぐに仕事場の寮へ帰っていったらしい。
それがかえって好都合だと思ったリキトは、孤児院の隣の家からシャオルも呼び出し、皆を集めて今日知った事を包み隠さず話した。
ピスタチオとルウは怯えていた。ピスタチオは強気の言葉が発せられるが、肩はブルブルと震えていた。
シャオルは意を決したかの様に深く深呼吸をして、何かを自身に言い聞かせているようだった。
翌日からはリキト、ブルッシュ、ピスタチオ、ルウは一緒に修行をする様になった。
実戦経験を身に着ける為だ。泣いても笑っても、例え後悔したとしてもグライゴア族はビビッドを奪いにディコニア王国を訪れて来る。
グライゴア・ホールを使ってヴァニタスからやって来るのだ。
グライゴア族との決戦に向けて、ディコニア王国に居られる最終日となるかも知れない日へ向けて、リキト達は修行に励んだ。
そして、グライゴア族との決戦前日。
「リキト、今日もボロボロで帰って来たのね。」
孤児院の横に有るアモレインの自宅前で、リキトは修行直後で疲弊した身体をシャオルの回復魔法によって治して貰っていた。こんな見た目で孤児院に帰ってしまうとキイムン達に異常事態を察せられてしまう。なので、リキト以外のメンバーも孤児院に帰る前はシャオルにこっそり身体を癒して貰っている。
学校が終わってからも修行に明け暮れていた為、辺りはすっかり暗くなってしまっていた。
「ああ、死にたくないからな。強くなるしかない。」
「そうね…。」
(シャオルも、ここ最近はずっと皆の身体を治している。髪も乱れているし、先程まで仮眠を取っていたのだろう。)
皆、弛みなく準備を進めている。日に日に、周りの仲間も強くなっていっているとリキトには感じていた。シャオルの回復魔法も、数日前と比べると傷口を塞ぐのが早くなっている。シャオルも、成長しているのだ。
「他の皆は、もう孤児院に帰っているわよ。リキトが最後。リキトの剣術は、軍にそのまま入隊しても通用するレベルだってピスタチオも言ってたよ。」
「そ、そんな事をピスタチオは言っていたのかよ。」
リキトの照れた顔を見て、シャオルは声を出して笑った。それに釣られて、リキトの口角も徐々に上がってくる。
シャオルの言葉に、リキトの気持ちも少し楽になった。リキトは剣士だ。グライゴア族へ奇襲を掛けるとしても、リキトは敵陣へ飛び込まなくてはならない。前衛で皆を守りながら戦わなければならないのだ。
それなりにプレッシャーは有り、気が張り詰めていた部分も有った。そんなリキトの胸が、ほっと一息ついたのだ。
「ついに、明日か…。」
「そうね…。」
(ディコニア王国を明日出る事になるかも知れないけど、旅立つ為用の荷物なんて用意したらキイムンに怪しまれるだろうな…。必要最低限の荷物しか用意出来ないし、俺が皆を守るしか無い。)
シャオルの笑顔を見て、皆の笑顔を守りたい。そうリキトは強く思った。