Scene 1-6
朝の剣術の稽古も終わり、リキトは教室で授業を受けていた。今日はまだ、ブルッシュとは口を利いていない。
リキトには、ブルッシュがエンブラ族の生き残りという事は信じている。しかし、どうしても一つだけ疑問が有った。
稽古の途中で段々目が覚めてきて、頭も冴えてきた。そんな中、昨日のブルッシュの発言を思い起こしていると気になる点を見付けたのだ。
(何故ブルッシュはグライゴア族の襲撃の中、生き残れたのだろう。)
チラリと、リキトはブルッシュの席の方を見る。ブルッシュとは一瞬目が有ったが、すぐに視線をお互い戻した。
「今日の歴史の授業ではね、20年前にグライゴア族にどうやってエンブラ族とマーレシオン族が滅ぼされたのかをお話していくよ。」
教師の発言に、リキトのぼうっとしていた頭が一気に叩き起こされた。
(なんだって!?)
「まずは、グライゴア族についての説明からしよう。」
何が何でもタイミングが良すぎる。リキトは思わず、机に付いていた肘から頭を落としそうになった。
ブルッシュも、教師の不意打ちの様な授業の内容に驚いた表情を浮かべていた。
(丁度良い。何かグライゴア族を倒すチャンスを掴めるかもしれない。)
「グライゴア族は闇の異世界【ヴァニタス】に暮らす悪魔の種族で、グライゴア・ホールというヴァニタスと現世を繋ぐ異空間を発生させてやって来る。」
此処までは予習だ。グライゴア族はヴァニタスという異世界に生息し、現世へグライゴア・ホールを経由してリキト達の暮らす世界である現世へやってくる。それは、授業をサボらない限りは誰もが認識している事だ。
「グライゴア・ホールは闇属性の魔法によって発生させる事が出来るのだが、闇の魔法はとても強力だが、現世の生物では習得が不可能だと言われている。だから、現世で我々がヴァニタスへ行くのは非常に難しいと言われている。まぁ、別に行かなくて良いんだけどね。」
「先生、わざわざヴァニタスまで行く様な命知らずは居ないですよ!」
周りがざわつき、笑いに包まれる。確かにヴァニタスへ行くというのは命取りな行為だ。わざわざグライゴア族がゴロゴロ生息している場所へは行こうとは思わないだろう。ディコニア人の正常な頭の持ち主ならば。
「まぁ、それもそうだね。グライゴア・ホールが現世の何処と繋がっているのか、その原理は不明だ。科学者の間では、現世へ飛べる場所はマーキングされていると推測はされているがね。ただ、確証付ける様な裏取りは出来ていない。」
グライゴア・ホールは異空間魔法の一種だという説が有るのはリキトは聞いた事が有った。通常の異空間魔法と似ている部分が多いからだ。理論的に考えるとそう推測するのが無難だ。
「そんなグライゴア族だが、マーレシオン族とエンブラ族を襲う前までは現世に対する大きな攻撃は見られなかった。恐らく、現世の方がグライゴア族よりも勢力が強かったからだろう。グライゴア族には闇の魔法が有るとはいえ、当時は人口の母数では現世の方が圧倒的に多かったそうな。」
(グライゴア族の武力は、現世の武力よりも劣っていたのか?であればグライゴア族は、少ない兵力でエンブラ族とマーレシオン族に立ち向かったというのか!?)
「すると、どうやってグライゴア族はがあのエリート一族であるエンブラ族を滅ぼしたのかが疑問として残る。グライゴア族が狙ったのは、食べると不死身になれるマーレシオン族の心臓だ。マーレシオン族の心臓を手に入れる為には、常にマーレシオン族を護衛するエンブラ族と剣を交えなければならない。」
エンブラ族はライフ・レベルXとして99%生まれてくるという、産まれながらのエリート魔法使いの集団だ。真っ当に戦えば、グライゴア族に勝利は無い筈だった。
「熟考の末グライゴア族は対エンブラ族用に、感染すると不治の病になるウィルスを作った。エンブラ族にしか感染しない、特殊なウイルスだ。」
(特殊なウイルスだと!?現世側に科学者が居る様に、ヴァニタス側にも科学者が居るのか!?それも、かなり優秀な…!?)
グライゴア族は、、エンブラ族に対して奇襲を掛けたというのは知っていた。それが、対エンブラ族用にウィルスを作っていたとは。何ともあの魔族は用意周到なのだろうか。リキトはグライゴア族に対して関心さえ覚えた。
「マーレシオン族はかなり閉鎖的な一族だった。自分達の心臓が、悪意の有る生物へ渡ってしまう事を警戒していたからだ。エンブラ族は、マーレシオン族を護る為に尽力し続けた。その甲斐が有り、マーレシオン族の心臓は他の一族の手へ長年渡る事は無かった。」
(マーレシオン族は自分達の存在が脅威になる事を恐れ、子孫も必要以上に残さなかった一族だと聞いている。なんて厳しい運命を課せられた一族なのだろう。)
「しかしグライゴア族はが発明したウィルスにより、エンブラ族は病に苦しんだ。その隙を狙い、グライゴア族は奇襲を掛けてエンブラ族を皆殺しにした。」
「そして、マーレシオン族の心臓は根こそぎグライゴア族への手に渡ったという訳か…。」
リキトは、自分へ言い聞かせる様に呟いた。この話を聞く限り、マーレシオン族の心臓は全てグライゴア族へと渡ってしまっている。そうすると、これから戦おうとしているグライゴア族は全て不死身だ。
そう考えるとリキトの額からは冷や汗が流れてきた。背筋も不意に冷えてきた。
(おい、待てよ。)
リキトは、とんでも無い事に気付いてしまった。グライゴア族は、確実な方法で着々と世界を乗っ取ろうとしている事に。
(グライゴア族が各国へ生贄を要求しているのは、生贄の一族を研究し、その種族を病で侵す為のウイルスを作る為では無いのか…!!)
何が何でも恐ろしすぎる。こんな事、安易に想像が付くはずなのに。ディコニア王国は、その事に気付いて居ないのだろうか。
ビビッドがグライゴア族の生贄になってしまうと、同じへプル一族のピスタチオも危ない。そもそも、へプル一族が滅ぼされた時にデータを取ってウイルスを作っているかもしれない。もしかするとリキトの一族で有るユーチェ族のデータも持っているかも知れない。
遅かれ早かれ、世界はグライゴア族と戦う運命に有る。そうリキトは確信した。