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希求のリキト  作者: 硯 蝋 (Suzuri rou)
4/30

Scene 1-3

辺りは、すっかり暗くなってしまった。あれからビビッドは明るく振舞ってこそいたが、言葉数は少なく重たい空気が流れていた。

リキト達5人は、孤児院へ帰ってきた。


「ただいま。」


「あぁ、皆お帰り。今日は少し遅かったんだね。」


中に入ると、副理事長のキイムンが立っていた。歳は50手前といったところか。感情を余り外に出さないタイプの人だが、普段は優しい。


「お。」


「キイムンさん、ただいま。久しぶり。」


キイムンは、ビビッドの顔を見て少し驚いていた。彼からしても、ビビッドが就職して孤児院を去った以来の再会だった。


「懐かしいね、ビビッド。皆も喜ぶよ。さぁ、皆上がって。」


ビビッドの帰宅はゲリラ的なものだった。しかしキイムンは何時もの様に、ビビッドを孤児院の中へと招き入れた。


「ビビッド、少し顔色が悪いな。ご飯はちゃんと食べて、睡眠時間は取っているのかい?少し、痩せた気もするんだがね。」


心配そうに、キイムンはビビッドの顔を見た。久しぶりの再会と言えど、ビビッドの見た目の変化はキイムンにはお見通しだった。


「全然平気だよ。最近、やっと仕事には慣れてきたんだ。周りの先輩も僕と同じ移民の人が多くて、凄く話も合うんだ。」


「そうか、なら良いんだけど。仕送りの額も何時も多いから、アモレインもちゃんとビビッドは生活出来ているのか心配そうだったよ。」


「ハハハ、本当に僕は大丈夫だよ。」

 

リキトは、ビビッドが孤児院に毎月仕送りを送ってくれているのは知っていた。自分よりも年下のビビッドが、既にこうやって一人立ちしているのは改めて考えると感慨深いものがあった。ビビッドからは、見習うべき部分は沢山有る。


「無理はしないでよ。アモレインは何時でもビビッドに仕送りを返せる様にって、お金を使わず取っておいているからね。」


「良いんだよ。此処の為に、使ってくれよ。」


有難う、とキイムンは言うと、皆でアモレインに会いに行くように促してくれた。夕飯を作っている最中で、食事が出来るまでもう少し時間が掛かるらしい。


「ビビッド、今日此処に戻ってくる事はアモレインにも言ってないのか?」


ピスタチオがビビッドに問い掛けた。


「うん…。本当は今日、家を出る直前まで皆に会いに行こうかも迷っていたから…。」


「そうか…。」


ビビッドは、リキトが想像出来ない位の辛い想いをしているに違いない。久しぶりの再会で、グライゴア族の生贄に選ばれたと報告しなければならないビビッドの気持ちを考えただけでも、リキトの胸は軋む様に痛くなった。


「後、僕がグライゴア族の生贄に選ばれた事はアモレインだけに伝えようと思ってさ。皆を混乱させたくないし。」


ピスタチオも、ルウもビビッドの言葉を聞いて俯いた。確かに孤児院の皆にグライゴア族への生贄にビビッドが選ばれた事を言ってしまうと、全員悲嘆に明け暮れてしまう事になるだろう。

この避けられない運命を、孤児院の皆に言う勇気もビビッドには無いだろう。リキトはビビッドの性格からそう思った。


「ビビッド、俺達だけには打ち明けてくれて有難う。」


「うん、有難う。」


ピスタチオとルウが言った。元気な顔をアモレインに見せようと話をしていたのに、二人はもう既に泣いてしまいそうだった。

ブルッシュはあれからずっと黙りこくったままで、言葉をほとんど発していない。リキトは、ブルッシュには最早触れない方が良いと思っていた。


リキトは、アモレインの部屋のドアをノックした。はーい、という返事の後にドアが勢い良く開いた。

声の本人はアモレインでは無く、アモレインの孫娘のシャオル・エターナルだった。


「あれ?貴方達、揃いも揃ってお祖母ちゃんに何か用?」


シャオルは、孤児院にはたまに顔を出す程度だ。彼女は孤児院の横に建つ自宅に住んでおり、日中は医療魔法の専門学校に通っている。

近くに住んでいるという事も有り、孤児院に来なくともリキトとシャオルは顔をよく合わせていた。

しかし、この日にシャオルが来ているとなると、何ともタイミング悪い。


「シャオル、来てたんだな。ビビッドが久しぶりに孤児院に戻ってきたから、挨拶しに来たんだよ。」


「あ、本当だ。ビビッド、久しぶりじゃない。」


シャオルは目を丸くして言った。


「やぁ、シャオル。懐かしいな。」


ビビッドの顔を見たシャオルは、リキト達を部屋の中へと案内してくれた。理事長のアモレイン・エターナルは部屋の奥で椅子に深々と腰を掛け、座っていた。

ビビッドが懐古に浸ったのも束の間で、アモレインにグライゴア族の生贄に選ばれた事を話さないといけないという複雑な感情に襲われているのだろう。それがリキトには痛い程伝わってくる。


「お帰りビビッド、懐かしいのぉ。実に半年ぶりか。」


アモレインは重たそうな瞼をゆっくりと上げ、ビビッドを見詰めた。


「アモレイン…。久しぶりに会えて嬉しいよ…。」


ビビッドは、もう既に泣きそうな顔をしている。そんな彼の姿を見たエターナルは、ゆっくりと微笑んだ。


「私も、ずっとビビッドに会いたかった。皆がまたこうやって一堂に会する、こんな幸せな事は無いよ。」


アモレインは、そっとビビッドを抱き締めた。アモレインは多くを語らなかったが、ビビッドが何か悩みを抱えているという事は悟っていたのだろう。アモレインは人の心を見透かす能力でも有るかの様に、相手の気持ちを理解出来る。そんな人だ。それ故、アモレインは孤児院の中で絶大な信頼を誇っているのだ。


「ビビッド、よっぽど辛い事が有ったの?薄汚れた作業着のまま来ちゃって。」


ぼそりとシャオルはアモレインとビビッドに聞こえない様に、リキトに言った。


「ああ…。」


リキトは一言だけ、そうシャオルに返事をした。シャオルはへぇ、と言いながらアモレインとビビッドへと視線を戻した。

シャオルは、ピスタチオとルウの気も漫ろといった空気に気付いている様子だった。それもビビッドの様子もおかしいと気付いているのだろう。女性は情緒の機微にも気付きやすいとはこの事なのだろう。


「アモレイン…。」


「どうしたんだい?ビビッド。」


アモレインに、俯き気味でビビッドが口を開いた。少し沈黙が有ったが、ビビッドは意を決して再度口を開けた。


「…僕ね、昨日グライゴア族への生贄に選ばれたんだ。」


「え!?」


一番に驚いたのは、シャオルだった。この場でそれを知らないのは、シャオルとアモレインのみ。無理も無かった。


「なんで、ビビッドが…。」


シャオルは口を手で抑え込み、後退った。たまにしか孤児院には来ないとはいえ、二人は面識は有る。

リキト達はただ見ているだけしか出来なかった。ブルッシュを除いては。

ブルッシュは一人で何も言わずに、部屋をさっと出ていった。


「おい、ブルッシュ…。」


ブルッシュが部屋を飛び出して、扉の閉まる音と共に、鉛の様に重い空気が流れる。アモレインは、口を噤んで涙を堪えるビビッドを真っ直ぐな眼で見詰めている。


「リキト達には先に学校で教えていたんだ。僕は、もう決心が付いたよ。僕は、ディコニア王国の為に生贄になる。」


震えた声で、ビビッドは言った。リキトは、下唇を噛んだ。


「そうか、そうか…。グライゴア族の…。」


アモレインは、何処か遠くを見ている様だった。


「僕みたいな劣等種の、剣術も魔法もろくに使えない奴が国の平和の為に死ねるんだ。」


「お前が死ぬ未来が、平和なのかよ…。」


リキトは本心からそう思った。ビビッドは、この発言を本心で言っているのでは無いとリキトには分かる。そう自己暗示しているだけだ。


「そうだよ!それに、確かに俺達へプル族は弱い一族でグライゴア族に国は滅ぼされちまった。けど、なんで生贄になんかならなきゃいけないんだよ!」


ピスタチオは叫んだ。ピスタチオとビビッドのへプル一族は、グライゴア族の攻撃によって滅んだ。この二人はその生き残りだった。


「俺達、たった二人の一族の生き残りじゃないか!もっと俺達は、生きて…。」


「ピスタチオの言う通りだ。」


そう言って、ドアを開けて戻ってきたのはブルッシュだった。

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