4.女子会
女子寮の談話室のソファに腰掛ける。
談話室はいつも暖かく、寒がりな私にとってはとても居心地がいい場所だ。
図書室で借りて来た本を開く。『炎の龍族』というタイトルで、魔法史IIの課題図書だ。
龍族の歴史と炎魔法の価値について書かれている。途中まで読んでいたページを開き、続きを読む。
『かつて魔法は炎から生まれたと言われていることをご存知だろうか。
魔法には属性が5つある。水、地、光、闇、そして炎。現在問題となっているのがこの炎属性の魔法である。
魔法はこの世界の生きとし生けるものにとってとても大切なものである。私は魔法は我々の世界を豊かにし、さらなる繁栄をもたらしてくれるものである。
最初の魔法は炎属性の魔法から生まれ、やがてそれが分裂し、他の属性を生み出した。
炎の属性の魔法は龍族が生み出した非常に希少なものである。』
「ふぅ…」
なぜ、という想いが頭をよぎる。
独占された炎魔法。私は…いえ、私たちは龍族の炎問題を引き起こした人物を知っている。
ため息をついて本を閉じる。
「ラヴィ様?」
顔を上げると、市笠小町がいた。市女笠を深くかぶり、長い紫の髪を三つ編みにし、綺麗な着物を妖艶に着こなしている。小町はオーブ中等部で種族は唐傘お化け。
「こまちゃん!」
「課題図書なんし?わっちはまだ読んでなさんすえ。」
「まだ私も全然だけどね…」
小町の花魁言葉が私はとても好きだ。
「ラヴィーナに小町じゃん!何してんのー?」
「あ、それ、課題図書のやつだ…」
小町と話していると童子朱音とエルヴィナがやってきた。
赤茶色のウェーブがかかった長い髪に、ぱっちりな赤い目、2本の角が生え、和風の制服をオシャレに着こなしている。朱音はマッティーナ中等部で、種族は鬼だ。
朱音の隣にいるエルヴィナは、ショートの黒髪に、前髪をピンで留め、大きな茶色の目、黒いメガネをかけ、白いワイシャツに緑のリボンをつけ、青いスカートを履いてローブを羽織っている。マッティーナ中等部で、種族は人。ただし、エルヴィナは人の中でも精霊と話をすることができるシャーマンだ。エルヴィナは精霊の力を使って探偵のようなことをしている。
「あーちゃん!ヴィナ!2人はもう課題図書読んだ?」
「あー…それ難しくて読む気起きないしー…」
「もう読んだ…難しかったけど、面白かった…」
2人はそういいながら、私と小町の向かい側のソファに腰掛ける。
「最近の先生方は事あるごとに龍族の話ばかりで気がつまりんす。」
小町がため息をつきながらそういうと、エルヴィナも同意するように頷いた。
「ほんとにそう…大事なことだっていうのはわかるけど…ずっとその話ばかり…」
ここにいる全員は、龍族がソル学にいた頃を知っているため、やりきれない思いを抱えている。
「あー…もっと明るい話しようよ!ねっ!」
朱音が空気を変えるように笑いながらそう言った。
「そう…だね…!あっ、こまちゃんのインスダ見たよ!さんさんとお出かけしたんだね!」
さんさんとは同じクラスの唐傘お化けの男の子だ。小町と付き合っている。
「あー!それ、あたしも見たよ!あそこ私も行きたいと思ってたんだよねー!」
「どこ?」
エルヴィナがそう聞くと、
「街に新しくできた和風カフェでありんす。傘様とわっちにぴったりでござりんした。」
「楽しそう…」
「エル様もラヴィ様も朱音様も今度わっちと遊びに行っておくんなし。」
小町が笑顔でそういうとエルヴィナは心なしか嬉しそうに頷いた。
「いいね!みんなで行きたいなぁ」
「あたしも他にも行きたいお店あるし!傘誘ってもいいっしょ!」
「傘…嫌がりそうだけど…」
エルヴィナの言葉を聞いて嫌がる傘が頭に思い浮かんだ。
「嫌がる傘様…」
みんなで顔を見合わせ、同時にクスッと笑った。
「ラヴィーナは好きな人、いる?」
唐突にエルヴィナがそう聞いた。
「えっ?」
頰がカァァッと熱くなるのを感じた。
「ラヴィわかりやすすぎっしょ!」
「ヴィ、ヴィナ!急にどうしたの?」
「ラヴィーナのそういう話、聞いたことないと思って…」
好きな人。
そう聞いてもイマイチピンとこない。誰かを好きだと思う気持ちは間違いなくあるけれど、それは恋なのか、友達としてなのか、わからない。
「みんなのこと好きだからなぁ…」
私が思わずそういうと、小町がクスッと笑った。
「ラヴィ様らしいすえ。」
「よく話すなぁとか話しやすいなぁって人とかいないの??」
朱音にそう言われてパッと思い浮かんだのは…ユリエルとノワールの顔だった。
「うーん…ユリくんは何かと気にかけくれてるし、ノワくんも話しやすいけど…」
「ユリくんって、あの…?メッザノッテの…ユリエル?あんまり話すイメージが、ない…」
エルヴィナが不思議そうにそう言った。
ユリエルはメッザノッテ高等部で、種族はダークエルフ。確かに友好的ではなく、どちらかというと排他的で人と関わろうとしない。
私がユリくんと話すようになったのはある冬の夜のことだ。
寒さのあまり目が覚めてしまい、男女兼用の談話室に行くと、たまたまユリくんがいた。
そこで訳を話すとユリくんは何も言わずに温かいココアを入れてくれた。ユリくんが入れてくたココアはそれまで飲んだ中で一番美味しかった。
ユリくんの優しさに私は安心したのだ。
それ以来ユリくんとはよく話すようになった。
「ユリくんはすごく優しいよ!」
私が笑顔でそういうと、
「ラヴィーナって、すごい…」
と、エルヴィナがしみじみと言った。
「ノワールとはやっぱり同じ手芸部だから??」
「うん…それもあるんだけどね…」
「何かありんした?」
私はポケットから淡い水色の可愛らしい手袋を取り出した。
「これ、寒がりな私のためにノワくんが作ってくれたんだ!」
エルヴィナが手袋に少し触れる。
「これ…魔力がこもってるって、精霊さんが言ってる…」
精霊はいろいろなことを教えてくれるとエルヴィナが以前言っていた。
「そうなの!この手袋をつけるとね、すぐ手がぽかぽかになるんだ。」
私の一番のお気に入りの手袋だ。
「へぇ…ノワールってすごいんだね!羨ましいし〜!」
「恋が始まりそうなんすえ。」
「でももしラヴィが恋したら、ソル学の男子生徒がざわつくっしょ!」
「そうなんすえ。わっちも驚きで笠を取りなんし。」
「こまちゃんの笠を取った顔、久しぶりに見たいなぁ…」
「そこなんだ…」
エルヴィナに突っ込まれ、4人で笑い合う。
不安をかき消すほどの、あたたかさを感じ、思わずこの平穏が永遠に続けばいいのにと思った。
心のどこかで本当は分かっていた。何かが始まろうとしていることを。
微かに忍び寄る不穏な足音から遠ざかるように私たちは部屋に戻った。