1.力に気づかない者
この世界において魔法とは不平等を表すものである。
この世界において魔力とは何かの価値を位置づけるモノである。
しかしそれが全てではないことはほとんどのものが理解している。
魔法は、魔力は、ある1つの尺度に過ぎないのだ。
"あなたには世界を変える力がありますか?"
そう聞かれて"はい"と答えられる人がどれだけいるだろうか。
俺はそう聞かれても間違いなく"いいえ"と答える。
世界を変えるなどと大それたこと、俺なんかにできるはずがない。
みんなそう思っていた。
だけど俺は…俺たちは、それぞれその力のカケラを持っていた。
たくさんの想いがぶつかり合い、たくさんの事象が絡み合い、1つの物語を紡いで行く。
この物語は、この世界で足掻いた俺たちの物語だ。
さぁ、ページをめくろうか。
あたたかな日差しが教室に差し込む。半分閉じかけた目を慌てて擦り、意識を黒板に向けた。
今は初等部の魔法史Iの授業中だ。
「かつてこの世界では魔法は平等を表す象徴であった。この意味がわかるかね?」
教室全体を見回す先生。初等部の子達はきょとんとした表情をしていた。
「ふむ……質問を変えようか。魔法の属性は何種類あるかね?」
ライトグリーンの綺麗な髪に、花冠を頭に乗せた可愛らしい少年が手を挙げた。
「ルメロスくん、わかるのかね?」
「はい!5しゅるいです!みずと、ちと、やみと、ひかりと、ほのおです!」
先生はにこやかに頷いた。
「そうです。皆さんの属性は殆どが種族によって決まっています。」
さっき質問に答えたルメロスの種族は精霊で属性は地だ。
俺は影の種族で闇属性。
「もう皆さんわかっていることではありますが、このソル・レヴェンテ魔法学校のクラスは属性によって決められていますね。地属性ならマッティーナ、水属性ならオーブ、闇属性ならメッザノッテ、光属性ならジョルナータ、そして炎属性はセーラ。」
先生の表情が曇る。
「セーラは現在空席です。この意味がわかっていない人もいると思います。
最初の質問に戻りましょう。誰か、答えられる者は?」
誰も手を挙げない。
俺は今、学習補助のアルバイトの最中だ。校内アルバイトをすれば校内通貨のシェルをもらえる。
俺は賢い方ではないが、中等部の俺にとっては初等部の授業は簡単だ。
授業関連のアルバイトはたくさんシェルをもらえる。
今日のお昼はグレードアップできそうだ。そんなことを考えながら教室を見回していると先生と目があった。
「ノワール・オンブレラくん。」
「は、はい!」
完全に油断していた。
「君は、わかるかね?」
「えっと…」
確か以前ルナン先輩が教えてくれた。記憶の糸をたどる。
「…この世界において魔法は平等の象徴である…それは、どんな人にも平等に魔法が与えられていたからです。魔法が使えない人にも、魔法を使うのが苦手な人にも。人々は魔法を分かち合っていました。……炎の魔法が独占されるまでは…」
この前ルナン先輩と復習しておいてよかったと思いながら先生の反応を見る。
「よろしい。そうです。現在では、魔法は平等の象徴ではなくなりました。炎の魔法が独占されてから人々の争いは絶えなくなり、種族間でも格差が広がりました。2年前からです。」
そう、たった2年前のことだ。それ以前はセーラは空席ではなく生徒で賑わっていた。
「炎魔法を使うことができるのは龍族のみです。龍族は炎魔法を独占し、自国に閉じこもった。
世界が争いを始め、種族間での争いが激しくなると、神族の長が動き始めました。世界の希望を我がソル・レヴェンテ魔法学校に託したのです。」
この話は何度も何度も聞かされてきた。
様々な種族の生徒が通う全寮制の魔法学校、ソル・レヴェンテ魔法学校。名前には魔法界の日の出という意味が込められているらしい。
先生方は口々に言う。君たち生徒が、世界を正しい方向へ導くのだ、と。
先生方がソル学に期待するのもわからなくもない。
実際、種族間で争いが起きた頃、ソル学内でも争いは起きていた。しかし理事長が神族の長になり、一部の生徒が種族間の融和を図り、ソル学内の争いはおさまった。世界がまだ争いを続けている最中の話だ。
その一部の生徒はそれぞれのクラスの首席だった。優秀な彼らは生徒会を結成しエスポワールと呼ばれるようになった。世界を変える力。そんなものを持ってるとしたら彼らくらいだろう。
ソル学に入学した生徒たるもの、という話を先生が続け、それをキラキラと目を輝かせながら初等部の子達が聞いていた。俺にはそれがとても眩しく感じた。
俺もソル学への転校を決めた時はそんな期待を持っていた。自分にも何かを変える力がある、と。そんな希望を持っていた。
少し開いた窓から涼しい風が吹き込んできた。
その風に紛れ、桜の花びらが俺の目の前を舞っていく。
「世界を正しい方向に導く…か。そんな力俺にはない。俺には関係のない話だ。」
思わず溢れた本心は誰にも聞かれることなく俺の日常に溶けていく。
初等部の授業が終わり、12時を知らせるチャイムが鳴った。目指すは食堂だ。さっきのアルバイトで得たシェルを学生証にチャージし、券売機の前へ。
ずっと食べたいと思ってきたソル学スペシャルランチを押し、学生証をかざした。
出てきた券を取り、その場を離れようとすると誰かに肩を叩かれた。
「のっくん〜バイトおつかれ〜奢ってくれるの〜?」
振り返るとそこには同じクラスのルカ・パッカニー二がいた。真っ黒な髪に、頰には鱗があり、くっきりとしたくまのある目元、黒いマスクをつけ、適度に着崩した制服、そして蛇を肩に乗せている。彼はメデューサだ。
「ルカ……奢るわけないだろ、自分で買えよ!」
「え〜〜ケチだなぁ……ねぇ、ハイネちゃん?」
ルカの後ろにはハイエナ族のハイネがいた。灰色の髪を1つにまとめ、右頬に黒い斑点があり、まん丸の黄色い目、手には大きなサンドイッチを握りしめている。
「めし!お腹すいた!」
「お腹すいたって今もうサンドイッチ食べてるだろ…俺は今日ついに念願の……!」
「あれ〜?のっくんソル学スペシャルランチ食べるの〜?グレードアップしたねぇ」
俺は2人を置いてソル学スペシャルランチを取りに行った。
お昼時の食堂はかなり人が多いが、その分広いため席に困ることはない。
ルカとハイネを見つけ、となりに座る。
俺は念願のソル学スペシャルランチを見る。
デミグラスソースのかかったふわふわのオムライス、コンソメスープ、めちゃくちゃ美味しいと言う噂のミルクプリン。
これがソル学スペシャルランチのオムライスだ。俺はいつも普通のオムライスを食べているが、このソル学スペシャルランチのオムライスはデミグラスソースがかかっていて、卵のふわふわ度が違うらしい。
「のっくんって本当にオムライス好きだよねぇ?」
そう言いながらルカはスナック菓子を頬張っている。そのとなりのハイネはさっき持っていたサンドイッチの3倍近くある大きなサンドイッチを一心不乱に食べている。
「ルカは不健康すぎだろ!」
「野菜嫌いなのっくんに言われたくないけどなぁ?」
「ルカだってにんじん嫌いだろ!!」
「にんじんはこの世の敵だろぉ〜」
否定はしないでおこう。
午後の授業は暗黒増幅魔術学だ。これは闇属性のメッザノッテの中等部の生徒が受ける授業だ。
教室に行くとそこには憧れの先輩がいた。
綺麗な金髪に緑の目、とがった耳にはピアスをつけ、紫色の蝶ネクタイにローブには校章と黒いピンを2つつけている。
ルナン・エルファレム。エルフ族、族長の息子で、メッザノッテの首席。彼がエスポワールの1人だ。
「ルナン先輩!何してんですか!」
俺が思わず声をかけると、ルナン先輩は笑いかけてくれた。
「ノワ!俺、この授業の学習補助をするんだ。わからないことがあったら聞いてくれ。」
「ありがとうございます!ルナン先輩!」
「ルナぴょ〜ん、俺にも教えてくれよ〜?」
「ルナン!めし!」
「あぁ、ルカにハイネ!もちろん2人にも教えるよ。」
ハイネを華麗に無視したルナン先輩は座学も実技もメッザノッテのトップだ。それに優しくて面倒見がいい。ルナン先輩が学習補助でついてくれるなんてラッキーだ。
そう思いながら、俺は席に着いた。




