10.おるすばん
エリーゼの場合
静かな図書室に本をめくる音が響く。
いつもより手が進まないのは何故なのか、考えないようにしていた。
ため息をつき、本を閉じた。
図書室を出て中庭を歩く。
やはりいつもより活気がない。
「エリーゼ。浮かない顔ね。」
振り返るとそこには紫がかったピンク色の長い髪をした美しい女が立っていた。
「メイリー・オモン…何かようかしら?」
彼女はメッザノッテ高等部。種族はバクだ。
濃い青色の瞳はなにもかも見透されているような…そんな感じがする。
「いつも一緒にいる片割れはどうしたのかしら?」
「レイのこと?お子様のお守りをしてるわ。」
レイナルドは私の双子の弟だ。私たちは世界に2人しかいないと言われている不死身の吸血鬼。
「だから寂しそうなのね?」
メイリーが少し興味深そうに言った。
「寂しい?そんなくだらないことを言いに来たのかしら?」
動揺したのを隠すようにそう言い返すと、メイリーはくすくすと笑った。
「いいところがあるの。」
いつもの私ならついて行ったりしないだろう。人と関わるのは苦手だ。
私は少し距離を保ちながらメイリーの後ろをついて行った。
どうやら今日の私はいつもと違うらしい。
連れてこられたのはガーデニング部の部室だった。
ガーデニング部の部室には様々な園芸用品があり、部屋の中にも花がたくさん咲いていた。
「メイリー・オモン…あなたガーデニング部だったかしら?」
「違うわ。用があるのはこの奥よ。」
そう言って彼女は部屋の奥にある棚を少し押した。
すると棚が動き、さらに奥にもう一つ部屋があった。
「第二の保健室、温室へようこそ」
「第二の保健室?」
そこはとても居心地のいい場所だった。
暖かい室内、さまざまな草花が丁寧に手入れされていて、日差しが差し込んでいた。
部屋の真ん中には美しい噴水があり、中から湧き出ている水から魔力を感じ取った。
私は日差しから身を守るようにフードを被ろうとすると、その手をそっと抑えられた。
さっと振り向くと、そこには長い茶色の髪をポニーテールでまとめ、顔にかかるほどの長い前髪、不思議な色の大きな目、緑のダボっとしたカーディガンを着た女の子がいた。
彼女はメッザノッテ中等部のドルミーレ・ヘルバ。種族はマンドラゴラ。
「身を守る必要はない。この日差しは偽物さ。この部屋の魔力は君を守ってくれる。」
「ドルミーレ・ヘルバ…」
「やぁエリー、メイリー。第二の保健室に何か用か?」
「怪我をしているとかじゃないのよ。エリーが浮かない顔をしているから、ドルミーレなら元気付けられると思ったの。」
ドルミーレが興味深そうに私の方を見た。
「ねぇ、第二の保健室ってどういうこと?」
話の流れを変えるように私がそう聞くと、ドルミーレは少し笑ってから答えた。
「あぁ、ここにはたくさんの薬草やハーブがある。怪我を治すのは容易いってことだ。保健室がわりに来る生徒もいるぞ。」
この部屋は魔力が満ちているため、自己治癒力も上がるということだろう。なんだか居心地が良かった。
「美味しいハーブティーがあるんだ。2人とも飲んでいくか?」
「頂くわ。」
「…まぁ別に付き合ってあげてもいいけど。」
私がそういうと、2人とも少し可笑しそうに笑った。
「お茶会かしら?私も混ぜてくれる?」
後ろから声がして振り返ると、青い髪の可愛い少女がいた。彼女はオーブ中等部のロゼリベ・フォンテーヌ。
「ロゼ、歓迎しよう」
そう言うとドルミーレがハーブティーを淹れ始めた。
…とてもいい香りが部屋中に広がった。
「そういえば初めてみるわ、エリーさんがここにいるの。」
ふとロゼリベが私の方を見て面白そうに言った。
「えぇ、まぁ…」
「まぁ、メイリーに無理やり連れてこられたんでしょうけど」
「あら、よくわかったわね、ロゼ」
「エリーの元気がないからと言っていたぞ、メイリーは。」
ドルミーレの言葉を聞いて、ロゼリベが私を見た。
「ふぅん…ドルミーレのハーブティーはとても美味しいの。エリーさんも気にいると思うわ。」
「特別なことは何もしていないんだけどな。どうぞ。」
そう言って差し出されたティーカップを受け取り、いい香りに満たされながら口に含んだ。
「…!美味しい……」
思わずそう呟くとドルミーレが照れたように笑った。
「あのね、街にできた新しいケーキ屋さんのケーキを買ってきたの。」
そう言ってロゼリベがケーキを見せた。
「どれがいい?」
こうしてお茶会が始まった。
いつぶりだろう、人とこんなに話したのは。
「それでねクラゲさんたら私が食べるものと同じものをいつも頼むのよ。僕もこれが好きだからとか言って」
「ほぉ…ツァールトとロゼの食べ物の好みは同じなんだな。」
「そうだったかしら?合わせてるだけじゃないの?」
「私もそう思って言ったんだけど違うよ〜って」
私は思わずクスッと笑ってしまった。
「あっエリーさん笑ったわね!」
「…あのクラゲと仲良しなんだと思って」
「そうじゃないわ!クラゲさんがいつも私のところにくるのよ」
少し拗ねたようにそういうロゼリベが面白くて微笑ましいと思った。
「ふふ…エリーゼもそんな顔をするのね。初めて見たわ。」
「そうだな。エリーは美人だと思っていたが可愛い笑顔だな。」
「えっ…そんなわけないじゃない。」
思わず顔を背けた。
「素直じゃないな。」
「そうね。エリーさんってツンデレなのね。」
ロゼリベには言われたくないと言い返そうとしたが、ニコニコ笑うロゼリベを見て言葉を飲み込んだ。
「どう?元気、出たかしら?」
不意にメイリーがそう言った。
「…別に、最初から元気よ。」
「ハハッ…おっと、もうこんな時間か。そろそろじゃないか?」
「そうね。エリーゼ、今日は楽しかったわ。来てくれてありがとうね。」
「私もエリーさんと話せて楽しかったわ。またお茶会しようね。」
「え、えぇ…」
私は立ち上がり、入り口まで歩いて振り返った。
3人が不思議そうにこちらを見ていた。
「……ありがとう。楽しかったわ。…また来るわね。」
私はそれだけ言って急いで温室を出た。
いつもならこんなことは言わないが、どうやら今日の私はいつもと違うらしい。
私はガーデニング部の部室を出て、正門へと向かった。
ちょうど遠足から帰ってきた初等部の生徒たちがいた。
「あっ!エリちゃん!」
そう言って一目散に駆けてきたのはマッティーナ初等部のルメロスだ。
「ただいま!!エリちゃん!あのね!あのね!えんそくねたのしかったんだよ!おかいものもして、おべんとうもたべて、ゆうえんちにもいって…」
そう言ってルメロスは遠足の話をし始めた。キラキラした目で遠足の話を楽しそうにするルメロスはいつもより輝いて見えた。
「…楽しかった?遠足」
「うん!」
ルメロスは満面の笑みでうなずいた。
ぎこちなくルメロスの頭を撫でると、ルメロスは嬉しそうに笑った。
「エリー」
聞き慣れた声がした。
「ただいま。」
「おかえり、レイ」
エリーゼ編 完
ルナンのいない料理研究部
「めしっ!!!!めしっ!!!!!!」
獣か?思わずそうツッコミそうになったのをこらえた。獣族なのだから獣みたいなものだった。
「そうだねぇ〜お腹すいたねぇ〜でも今日はルナぴょんいないからねぇ〜」
ハイネは聞いているのか聞いていないのか、めしっ!と言いながら箸をかじっている。
今は部活の時間。今日はルナぴょんが初等部遠足に付き添っているため、部活には最後に顔を出すと言っていた。
俺もハイネもいつも食べる要員だから、作る気なんてさらさらなかった。
あと作れるとしたら…
「ルカっ!!!めし!!!めしは?!」
ハイネが俺にかじり付こうとするのを必死に抑える。「はいはい〜俺は飯じゃないからね〜」
「やぁ!ってあれ!?!?なんの騒ぎ!?お食事タイム!?」
そう言って部屋に入ってきたのはプリムリフト。青い髪を赤い髪飾りで縛り、澄んだ青い目に片眼鏡をかけ、青いネクタイを締めている。オーブ高等部のエルフだ。
彼も料理研究部の一員で料理上手だ。
「ちょうどいいところに来たね〜プリムくん〜」
そう言って笑うとプリムは引きつった笑みを浮かべた。
「えっと……ぼ、僕やっぱ帰ろうかな…」
後ずさるプリムの手を捕まえた。
「プリムくんさ〜料理上手だよね〜今日ルナぴょんいなくてハイネちゃんのご飯作ってあげてくれない〜?このままじゃ俺が食われそう〜」
「ふ、ふふん!僕は高貴なエルフだからね!ハイネちゃんのご飯くらい簡単さ!」
プリムは少し得意げにそういうと、早速料理を始めた。これでハイネに食べられなくて済むと安堵していると、ハイネがプリムに詰め寄った。
「プリム!めし!めしは?!めし!?」
噛みつかんばかりの勢いだ。
「う、うわぁぁ!?僕はご飯じゃない!!食べられる!!!」
笑いながらその様子を見ていると、
「ちょっとルカくん!?笑ってないで止めてよ!!」
とプリムが必死に訴えかけてくる。
「あ、ごめんごめん〜人がやられてるのを見るのは面白いからつい〜」
笑いながらハイネを止めると、プリムはボソボソ文句を言いながら料理を始めた。
料理研究部の冷蔵庫には豊富な食材が揃っている。全てルナぴょんが選んで仕入れているみたいだ。
人間製の普通の野菜や肉だけでなく、魔族の薬味や珍味である魔獣の肉までなんでも揃っている。
「それで?何作るの?」
「うーん…僕の好きなシチューかなぁ」
そう言いながらプリムはシチューに使う野菜を冷蔵庫から取り出した。
手際よく野菜を切り、大きな鍋に入れていく。
シチューの材料に手を伸ばすハイネを押さえ、仕方なく手持ちのスナック菓子を与える。
少しすると鍋からいいにおいがしてきた。
ハイネの目が鋭く光る。
「めし!!!!めし!!!!!!」
さっきからそればっかりだ……いや、いつもか。
「いいにおいだねぇ〜。シチューってもっと時間かかると思ってたけど。」
「ふふん!まぁ僕みたいな高貴な」
「あ〜この前ルナぴょんに料理魔法教えてもらってたからか〜」
「…」
なんとも言えない顔でこちらを見ながらシチューを混ぜるプリム。
俺がクスクスと笑うとプリムはぶつぶつと文句を言いながらお皿を取り出した。
3つのお皿のうち1つは特大サイズだ。
綺麗にシチューを盛り付けると、ドヤ顔をした。
「さぁ!できたよ!召し上が」
「めしっ!!!!!!」
ハイネはそう叫ぶと勢いよくシチューを食べ始めた。
「うま!うまい!」
キラキラとした目でシチューを頬張るハイネを見てプリムはとても嬉しそうだった。
「さっ!僕も食べよーっと」
「おかわり!!」
「えっ早くない!?!?僕まだ食べてないんだけど!?」
「おかわりっ!!」
急かすハイネの皿にプリムが再びシチューをたっぷりいれる。
「……い、嫌な予感がするんだけど…?」
少し引きつった笑顔で俺の方を見るプリムがあまりにもおかしかった。
「ポテチの次にシチュー美味しいねぇ」
「おかわりっ!!」
どうやらプリムの嫌な予感は当たったようだ。
「えっ!?もうシチューないんだけど!?」
「にく!にく!!!」
「に、にく?お肉食べたいの?待って待って僕の肉は美味しくないから!!作るからちょっと待って!!!」
ハイネに食べられそうになるのをなんとかかわし、プリムは再び料理を始めた。
「頑張ってね〜プリムくん〜」
「ルカくん見てないで手伝ってよ!!きみも料理研究部の一員じゃないか!」
「俺もハイネも食べる要員〜」
「薄情者!!」
ヒーヒー言いながらハイネの言われるがまま料理を作るプリムと、めし!と叫ぶハイネと、優雅にシチューとポテチを食べる俺。
なんともまぁ面白い光景だった。
悲惨な状態の部室を見て、帰ってきたルナぴょんに怒られたのは言うまでもない。
料理研究部編 完