第1話 擬人化した愛犬
擬人化ってご存じですか?勿論知っている人もいるでしょう……
擬人化とは、人間でないものを人間の様に見立てる比喩表現。人間でない物や動物を人化させ、人の寄せる事だと俺は理解している。
そして今、俺の愛犬だったはずのリコが擬人化している。なぜこうなったのかは俺にも分からない。
でも、一つ言える事がある……それは、ものすごく可愛いという事だ。
もうこの可愛さは、犯罪級だろうと言っていいほどの可愛さだ。
これは擬人化した彼女達と俺、繰時直人の波瀾万丈な恋の話し……
「ご主人、さっきから一体何を独り言、言っているんですか?」
「あっ、いや、何でもないよリコ……さぁ、朝ご飯を食べに下に降りようか?」
「はい、ご主人っ」
今日は何故だか気分良い、この調子なら朝ご飯もさぞ美味しいだろうなぁと思いながら階段を降りてリビングに行くと、俺の家にはあの人がいるのを忘れていた……
とても40代とは思えないような、抜群なプロポーション。
美魔女とはこのことかとも思わせるような、白く透き通った肌。
少し茶毛が混ざったような長めの黒髪、薄いがその中にも明るさを感じさせるような白茶の瞳をしている女の人がそこには立っていた。
その人は、家の中で最も問題児、いや問題人である人……そう俺の母、繰時日和だ。
「おそーい!、いつまで、私の可愛いリコちゃんとイチャついてんの」
「イチャついてないし、しかも、いつリコがあんたのになったんだよ! ていうか何で、あんたはリコが擬人化していることに何か違和感ないのかよ!」
誰もが思うようなことを、この問題人に突きつけてみたがこの人はそのようなことは、問題にすらなっておらずそれどころか結論までいたっていた。
「擬人化……? あぁそのことね、可愛いから問題ないでしょ? そんなことより、遅刻するわよ……」
まぁ、可愛ければ問題ないのは確かにその通り。
朝から体力を使ってまでツッコミを華麗にスルーされ、遅刻という学生にとっては悲劇のような事実まで言われしまう始末。
「えっ、何その受け入れ体勢は怖いんだけど。……って本当じゃん! 遅刻してしまう!」
「いってらっしゃい、ご主人っ」
「おう、行ってきます!」
美少女からの行ってらっしゃい。朝は誰かさんに爽やかな気分を壊されたが、そんなことを忘れてまた気分は御機嫌へと転換される。
「いそがねぇっと間に合わないなぁこれは……」
独り言を言っていると奴はやってきた、俺の幼馴染みでもあり一番の理解者であるかもしれない奴……和田高貴である。
「おいおい、直人ぉ……朝っぱらから遅刻かよ……」
「お前に言われたかねぇーよ! てか、お前も同じだろうが!」
それに対し、高貴はドヤ顔しながらこちらに向ける。
「ふっ……俺は遅刻しているんじゃない、遅刻してあげているんだ!」
「威張って言うことじゃねーよ! 何様だよ!」
「俺様かな…キリッ」
あぁ、殴りたいこの笑顔……、いやこんなやつに俺の手を汚す必要はないと心の中で思いとどまった――
――学校にたどりついたのであったが案の定遅刻を理由に廊下に立たされていた。
「――なぁ、直人」
「何だよ……」
「なんで俺ら立たされてんの?」
何、俺が立たされなければならないみたいな顔してんだよ!と言いたい所だが、いまはそんなことより言うことがある。
「いや、お前のせいだろが! あんなどうでもいい話してるから遅刻したんだよ!」
そう、当然のごとく遅刻してしまった俺たちは廊下に立たされていた……そして、先生がなんで遅刻したと聞いてくるのも当然。
さすがに愛犬が人になってていろいろと混乱していて遅刻しましたと言っても、誰も信じてもらえないだろう考えどう言い訳しようと悩んでた。
すると高貴という名のバカが突然、「布団が俺のことを愛しすぎて離さなかったんですよ……ふっ、可愛いやつめ」っという一言。
それ対して先生から「そうか布団が愛しすぎて離さなかったのか……そのまま起きなければよかったのに……」という冷静かつ辛辣な言葉に俺は、いや俺たちは一瞬にして凍り付き反論の余地もなく廊下に立って居るわけだ。
――ともあれ高貴のバカ丸出しの発言がなければもっと早く解放されたものの、あの発言をしてしまったが為に長い時間立たされていた状況からやっと終わり、ひと息をつく事が出来た。
するとふと思い出したかのように高貴が口を動かす。
「今日、転校生が来るって知ってた?」
「おぉ、マジか!? どんな子なんだ?」
「ん~、どんな子までかは、わからないけど女の子らしいよ? それとねコスプレか知らないけど犬耳としっぽが生えているらしいんだ……」
「えっ? 犬耳? しっぽ? ……まさか、いやそんなわけがない……」
不安な表情を浮かべている俺に、高貴がそんな俺を見て心配をしたのか話しかけてくる。
「どうしたの直人? 浮かない顔して……?」
「い、いや、何でもない。こっちの話……」
高貴が転校生の話にうきうきしている中、俺は鼓動が早まってした。
……なぜなら、この世の中に犬耳と尻尾を生やした女の子なんて、一人しか居ない。ましてやコスプレ好きの女の子のはずもない、俺の愛犬だった犬のリコしかないのである。
緊張が走る中、担任の先生が教室に入って来てその時はやってきた。
「はーい、皆さん注目ぅー、転校生を紹介しま~す」
テンションの高いのか低いのか分からないこの教師。
この年齢という概念を感じさせないうちの問題人に負けず劣らずの容姿、寝癖のような癖のついた金髪を靡かせ登場した、この学校のもはや名物教諭。板橋音袮 通称 音ちゃん、俺たちの担任の先生である。怒ると先ほどの遅刻の時のように怖い人。そんな音ちゃんの声の後に教室のドアから転校生が入って来るとすぐに、その姿にクラスの皆が目を奪われた。
――頭頂から双方に三角系を成すピョコッ、ピョコッと出てきている可愛らしい犬耳。端正な毛並みでモフみを帯びた尻尾。
純白のような白い肌を装飾するかのように、肩より少し下まである綺麗な橙色の髪。
まるで晴天の澄んだ空のような天色の瞳はすべてを虜にしてしまい、その美貌は異性、いや同性をも惚れてしまうと思うほどの少女が現れた。
「えぇ~っと、この子の名前は繰時リコちゃんでぇ~す、みんな仲良くしてねぇ」
「繰時リコです! 皆さん仲良くしてくださいっ」
俺の予感は的中していた。まさかこんなことになるなんて思いもよらなかったが、おそらく、母の企みだろうなぁっとなんとなく心当たりはあった。
「音ちゃーん、しつもーん」
「直人と名字が一緒見たいですけど、いとこか何かですか?」
「その質問には、ご本人がお答えしまあぁ~す」
当然その質問は、来るだろうとは分かっていた。
しかし問題はここから、その質問に対してリコがどう答えるかによって俺の高校生活が嫉妬まみれの者になってしまうのも容易である。
そんな俺の願いも届かず、リコの無邪気なかわいさが俺を襲うのであった。
「はいっ、私はご主人の家族であり、ご主人のことが大好きな愛犬ですっ」
無邪気なかわいい顔をして、言った一言が問答無用に俺を襲うが、そんな俺にリコは弁解の余地を与えぬかのように、笑顔で言ってきた。
「ですよね、ご主人っ」
「えぇ……あぁ……お、おうそうだな……」
苦笑をしながら返事をせざるを得ない状況になった俺の背中に何かものすごい嫉妬の眼差しが当たってくるのがこれでもかと伝わってくる。
「あっ、終わった俺の高校生活……」
伝わってくる視線の圧力におびえていると、俺の肩をポンッと手を置かれ俺は脅え声にならない声を上げる。
そんな、おびえている俺の耳元にやつの声が聞こえてきた。
「なぉおぉとぉぉぉくぅぅぅぅん……どうゆうこと説明してもらおうか……」
その声の主は、やはり高貴であった。俺はおびえながら言い返した。
「わ、わかった、説明! 説明するから! だからその禍々しいオーラを抑えてくれ!」
「本当だな? 本当にちゃんと説明するんだな?……」
今にも殺ってしまいそうな目を見てくる高貴に、本能が危険だと察知し咄嗟に口が動く。
「もちろん! ちゃんと説明するから! だから手を離して! お願いだからぁ!」
すると俺の必死の言葉に、嫉妬と憎悪に満ちた目が元に戻ると一緒に手を離した。
「良いだろう、俺とおまえの中だ、許してやろう」
おい、さっきまで殺しの目で見てたのにすごい変わり様だなぁとか思いを胸になんとか高貴の交渉に成功しホッとする。
気が緩んだ拍子に、ふとリコの方を見るとリコがこちら見ているのに気付いたのか、満面の笑みでこちらに笑顔を向け小さく手を振る。
あぁ……可愛い、守りたいこの笑顔という気持ちを胸に転校してきたリコと一緒に高校生活を送ることになった。