第12話 繰り返される時を直す者
――数分くらい経っただろうか。両手にリコと雪姫に抱きつかれた状態で探し始めてからそのくらいの時間が経っていたが一向に離れてくれない気がした。
「あの~、リコさん、雪姫さん、そろそろ離れていただけます?」
なるべく穏便に済ませようと敬語で話を始めるが、その言葉も空しく2人に一言で押し返される。
「嫌です!」「それは出来ないね」
「あっ、はい分かりました」
とりあえずこの状況から解放される選択肢が無くなった俺はおとなしく受け入れそのまま探すことにした。
しばらく進むと、エントランスのような場所にたどり着き円形の椅子がある休憩所にたどり着くと同時にリコが自慢の鼻をスンッスンッとしながら周囲の匂いを嗅ぎ始める。
その次の瞬間、正面の方に向かって指を指した。
「ご主人! あそこにクロさんがいます!」
リコが指を指した方向を見ると椅子の上にちょこんと大人しく座っているクロの姿が見えた。
「あっ! 本当だ、おーいクロっ!」
「……なおとっ」
俺の声が届いたのか、俺の名前を呼ぶとすぐに立ち上がりこちらを向くと遠くの方から駆け足でこちらに歩いて……来ようとした瞬間だった。俺の頭の中にあの時のクロとの記憶がふと過ぎってきた。
見えたのは、クロが車に轢かれそうになった瞬間の記憶。
俺には何故この時の記憶が思い出されたのか分からなかったが、唯一分かることがあった……嫌な予感がする。
――ベキベキッ――
「危ないぞ! ここから離れろ!」
危険を呼びかける男性の声が聞こえると同時にクロのちょうど真上の天井から軋むような音がともに崩れてくる。
「クロ! 危ない!」
「クロさん! 危ないです! 逃げてください!」
「クロくん! 逃げて!」
皆でクロに呼びかけるもクロは天井の異変に気づいておらずこっちに歩いてくる。
クロに降りかかってくる危機にどうすれば良いか、俺は頭ではそう考えているも身体はもうとっくに動いていた。
身体は覚えている。今の俺に何が出来るか。クロを守るにはどうすれば良いのか。
そう……あの時のようにクロを覆い被さるように身を挺して救うしかないと……。
いつの間にか動いていた身体は、先ほどまで身動きすら取れなかったリコと雪姫の腕を振りほどいていた。
「ご主人っ!? 一体何をするんですか!」「なおとくん、まさか! ダメ! 危険過ぎる!」
突然動き出した俺に呼び止めようとするリコと勘づいて手を差し伸べ止めようと雪姫。
しかし、2人の呼び止めなど応じる暇など無かった。――いや応じることが出来なかった。
なぜなら今、目の前に失われようとする命が……大事な家族である人の命が失われようとしているのだから……
「クロぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
間に合え!間に合ってくれ!ただそれだけの思いを込めてクロの名を叫ぶ。
――ドシャ……酷く鈍い音が響き渡る。
それと同時に俺とクロはと降りかかる悲劇の音の中に消えていった。
「ご主人!!!」「なおとくん!!!」
2人の声が絶望の表情とともに鳴り響いた。
――暗い。そこは真っ暗な世界、私の名前のように黒くて一筋の光すら通らぬ空間。
でも、何故だろう何だか暖かく懐かしい感じが身体を包んでくれる感覚がした。
どこかで感じたことのある優しくて、暖かくて、懐かしい感覚。
……あぁ、そうだ、あの時の少年が、なおとが車に轢かれそうになった私を助けてくれた時と同じだ。
懐かしい感覚を貰うとともにゆっくりと目を開けるクロ……。
そこには、ボロボロになりながらも覆い被さるように身を挺してして瓦礫から守り。笑っている、なおとの姿があった。
「……なおとっ、どうしてこんなことに」
自分の大好きな少年。その少年が今ボロボロになって目の前にいる。
何故こうなったのかクロは理解が追いつかなかった。
「起きたかクロ……無事で良かったっ」
苦痛を堪え笑顔で私に話しかける彼に、自然と頬に涙が零れていくと同時に自らの愚かさが自らの心を煩悶していく。
また私のせいで彼が、直人が命の危険にさらされている事の罪悪感に襲われる。
「……ごめんなさいっ、ごめんなさいっ」
罪悪感に押しつぶされそうになり涙声で謝る私に、直人は心配そうに声をかける。
「どうしたクロっ? どこか怪我でもしたのか?」
「……違う、違うの私のせいなの、私が直人の所に来なければ」
「何言ってんだクロのせいなわけないだろ」
優しく話しかけてくれる直人への罪悪感は増していく。正直に言わなきゃいけないあの時の私の事を。黒猫だった私の事を……
「……私のせいなの――」
――あれはまだ少年と出会う少し前……ただ生きているだけで、ただ歩いているだけで黒猫は不吉・呪われる、醜いだの言われてしまう。私もその内の一匹だった。
石を投げられ、あっちに行け汚らわしいなどと罵声を浴びせられる毎日。そんな毎日にいつしか私は自分自身に失望し、人に不幸を与え苦しませる呪いの醜くい存在として思い始めた。
そんな時だった。ある一人の少年がゆっくりと近づいてきて優しく語りかけてくる。初めて触れた優しさ。今までに感じたことの無い暖かさにどうしたらよいのか分からなくなった。
――しかしその瞬間に思ってしまった、生涯で言われ続けてきた言葉を……黒猫は不吉だ。呪われる。このままじゃこの子も不幸になってしまう。
そう思った私は、少年から逃げ出し、その結果あの少年を殺してしまった。少年が死んだ後も私はあの時の優しさが忘れられなかった。いけない事とは分かっていた、また会ってしまえばあの子が不幸になる。けどそれでも会いたくなった。
そして人間になった私は、直人を見つけた。あの時の少年を今度こそあの時のようなことは起こさせない。いけないと分かっていたけど会いたかった。
「――だから私のせいなのっ」
「そうか、だからあの時逃げ出したんだな……」
「……うんっ」
沈痛な表情でコクリと首を縦に振り返事をするクロ。すると再び口を開き話し始めた。
「……本当は、出会ったらすぐに去るつもりだったの、でも直人に触れれば触れるほどもっと一緒にいたい気持ちが強くなって、早く離れないとまた直人を不幸にしてしまうのは分かってたのに! それなのにっ! 直人の優しさに付け込んでもっとここに居たいなんて望んだからっ! 私が望まなければ…・っ!」
押さえ込んでいた気持ちが罪悪感とともにあふれてくる。
一つひとつが一筋の涙に変え頬から地面へと零れていくクロの小さくか細い両手では覆い隠せないほどに……。
そんなクロの気持ちを今の今まで分かってやれなかった自分に腹が立った、こんなにも近くに今にも崩れ落ちそうになって苦しんでいる女の子がいたのに気づいてやれなかった自分自身に嫌悪感を抱くほどに……
不甲斐ない俺の手は自然とクロの頭に手を伸ばしなで始める。
「気づいてやれなくてごめんなクロ、こんなになるまで気づいてやれなくて……」
「……ごめんなさいっ、ごめんなさい」
泣きじゃくるクロに俺はなんて言葉かければ良いのか分からない、でもこれだけは伝えなきゃいけない気がする。そう思うと俺の口は咄嗟に動いていた。
「クロ、これだけは覚えていてほしい……望んだっていい、望んだって良いんだよ。幸せを望んじゃいけない存在なんて、この世にはいないんだ」
「……でも、私は不幸な存在だから。……私が望んだら直人みたいにみんなが不幸になる」
クロの一言に、俺はクスッと笑い始めそれを見たクロは何故俺が笑っているのか分からずこちらを見ていた。
「あははっ、不幸か……そうかもしれないな」
「……えっ」
突然笑い始め、不幸のことを認め始めた俺に驚きを隠せずにこちらを見てくるクロに笑顔でクロを抱きしめながら答える。
「こんなにカワイイ子を泣かせるなんて確かに俺は不幸な奴かもしれないな、こんなになるまで俺が気づいてやれなかったから天罰が下ったかもしれないな」
「……やっぱり私が不幸だかr」
「でもなクロ、俺はそれを不幸だとは思わないよ。天井が落ちてきたところに偶然そこにクロがいてそれを守ろうとして俺が入って来てその結果、クロを守れた……だから不幸じゃない、これは幸運だと俺は思う」
「……っ」
再び涙を流し始めるクロに俺は強く抱きしめ思いを伝える。
「クロが自分を不幸だって思うならクロが幸せだと思うまで俺が一緒に居てやる。わがまま言ったって良いんだ、幸せを望んだって良いんだ、一緒に居たって良いんだ! クロが望むならそのわがままだって幸せだって一緒に居ることだって俺が叶えてやる。だから少しくらい幸せを望んでくれよ……なっ? クロ」
さっきまで泣いていたクロが笑みを浮かべながら小さく答える。
「……良いの?」
弱々しく今にも消えてしまいそうな声で聞こえてくる声に、俺は首を縦に振り答える。
「ああ」
「……私、わがまま言っても、幸せを望んでも、直人とずっと一緒に居ても良いの?」
「さっきも言っただろ俺が叶えてやるって……」
ずっと言ってほしかった、誰かに一緒に居ても良いって、幸せを望んでも良いって、わがままも言っても良いって言ってほしかった。
その言葉が私にとってどれだけ望んでいた言葉だっただろうか。目の前を通っただけで不幸になるや呪われるだのありもしないレッテルを貼られた私に幸せになっても良いという言葉をくれたのが何よりもうれしかった。
先ほどまでの哀しみに満ちたクロの表情は、満面の笑みに満ちた表情で感涙の涙で頬を濡らしていた。
「……私、幸せになりたい!」
「俺に任せろ」
「わがままも言う!」
「どんなわがままも聞いてやる」
「直人とずっと一緒に居る!」
「クロが望むならずっと一緒に居てやる」
直人に出会えて良かった。もしあの時に私がもう一度直人に会おうと思わなければ私は一生自分のことを不幸で呪われた存在として生きていただろう。
そんな堪えていたすべての感情が吹っ切れ涙とともにあふれ出し大声を上げる。
その泣き声を聞きつけたのか救助の手が差し伸べられる。
「いたぞ! ここだ!」「よし! もう大丈夫ですよ」
差し伸べられた手に救われた俺とクロは、瓦礫の下から救助された。
数十分の間も瓦礫の下に閉じ込められていた俺は体力がだいぶ底を突こうとしてクロに支えられながらフラフラとした足取りで歩いていると走って駆け寄ってくる2人の姿が見えた。
「ご主人! クロさん! 大丈夫ですか!」「なおとくん! クロくん! 大丈夫かい!」
「リコ、雪姫、あぁ大丈夫だyっ……」
心配そうな顔で駆け寄って来る2人に、一応大丈夫である事を伝えようと途中まで返事をした瞬間。先ほどまで支えきれていた足から力が抜け始め、何があったのか俺自身も分からなかった。
何が起こったのか混乱している俺に、支えてくれていたクロが驚いた顔で俺の方を見ていた。
「なおとっ……あ、頭から血が……」
「……血?」
クロに言われ、自らの額を触れてみるとベトッとした感覚とともに真っ赤に染まっている手のひらを確認し、徐々に意識が遠のいていく感覚がした。
「……うそ……だろっ」
「……なおとっ」「ご主人!」「なおとくん!」
崩れ落ちていく身体を3人に抱えられ、心配と動揺が入り交じった3人の声が聞こえてくるが徐々に耳が遠くなっていく。
聞こえてくる3人の声に答えたいけど口が、身体が動かない。
今度は目の前が徐々に暗くなっていく光が徐々に弱くなりぼやけていき俺はそのまま意識を失った。
――気がつくと光も通さぬ暗く冷たい空間にいた俺は、自身のことを死んだのか?と錯誤する。錯誤し混乱している所に少女のように小さくも優しく、そして暖かい手で俺の頭を撫でる感覚がした。
意識が朦朧とするなか、瞼を少しずつ開けていく。まだ視界がはっきりしないためか誰が撫でているのか分からない俺は辛うじて動いた口を動かし問い掛ける。
「君は誰?」
俺が問い掛けると俺に意識が戻った事に気がついたのか、何か焦ったかのように立ち上がり早々と立ち去ろうとする。まだ何者か昏迷し分からない俺は突さに声を出す。
「……ま、まって!」
掴もうとして伸ばした俺の手は届かず毛布の上へと落ちていく、するとその人は振り返えるとニコッと笑顔で微笑んだ。
まだ視界がはっきりしない俺には微笑む口元だけが見えうれしそうにしていることが分かったが、俺はまだその人にありがとうを言えていない。
寝ていた俺を優しく撫で見守って居てくれたその人に感謝の気持ちを伝えていない。
その気持ちを伝える前にその人は俺の前から消えようとしている。
「ちょ、ちょっと待って! 名前だけでも!」
今の身体で動く最大まで動かし手を伸ばす、それでもその人には届かずその人は去って行くのが見え仕切りに手を伸ばし何かを掴む。
「待って!」
その瞬間、さっきまで朦朧としていた意識がはっきりし掴んだ所を見ると、そこにはその人の手ではなく今の身体で出せる精一杯の力で握られた毛布があった。
そしてその場にまだ居るはずの、その人の姿はなかった。
「……あれ? 誰もいない」
あたりを見渡しても誰も居ない、さっきまで確かに居たはずなのにそこには誰も居なかった。でも微かに残った頭を撫でられた時に感じた暖かみが残っていた。
その暖かみある場所に触れ、あれは誰だったんだろうか?そして、何だったんだろうか?と懐疑を抱いていると足下の方からスースーと可愛らしい寝息が聞こえてきた。
寝息のする方へ視線を向けると、そこには綺麗で艶のある漆黒の黒髪、黒髪に相反するかのような白くきめ細かい肌、そして何より特徴的な猫耳とシッポをパタッと倒して寝ている美しい少女がそこにはいた。
「……クロ?」
俺が名前を呼ぶと同時にクロの耳がピクッと動き声に反応すると身体が起き上がる。
「……なおとっ、なおと!」
意識を取り戻した俺を見て喜びに満ちた声をあげ、真っ先に飛びついて抱きついてく。
「痛っ、痛いし苦しいよクロ」
まだ完治していない身体に抱きつかれるのは痛いが嬉しいのも事実。
でも今はそのうれしさよりもまだ身体の痛みの方が勝っていた。
俺がまだ完治していない事に気付いたクロは、すぐさま離れ申し訳なさそうな顔をしていた。
「……ごめんなさい、私、なおとの目が覚めて嬉しくてつい、……ごめんなさい」
謝るクロに悪気がないことは分かっている俺はすぐさま落ち込んでいるクロへ言葉をかける。
「大丈夫だよクロ、俺の事を心配してつい嬉しくてやってしまったんだよな? だから謝らなくて良いよクロ」
落ち込むクロに微笑みながら語りかけるとクロは次第に暗かった表情も明るくなり顔を上げ、今度は優しく包み込むように抱きついてくる。
「……うんっ嬉しかった。もしなおとがこのまま目を覚まさなかったら、どうしようってとても心配だった……だから、目を覚ましてくれて本当に嬉しかった!」
「俺もクロが無事で良かったよ、もしこのまま目を覚ませなかったらクロやリコ、そしてみんなに悲しい思いをさせてしまうと思ってたから本当に良かった」
互いの思いを告げ、お互いの身体を支え合うように抱きしめ合った。
――数分がたっただろうか、互いの気持ちが落ち着き始めた頃、クロが身体から離れ何かを思い出したかのように口を動かす。
「……みんなに、なおとが目を覚ましたこと言ってくるね」
「みんな来てたのか」
「……行ってくる」
病院の控え室で待っているみんなを呼びに行くといって、スタスタと歩いていくクロを見て俺は一人になった病室でみんなが来るのを待ちながら考えていた。
本当にクロが無事で良かったと、自身を不幸で醜い呪いの存在と思って過ごしていたクロを俺の手によって救うことができ良かったあの夢の時のようにまた繰り返され俺が死んでいたらクロは一生自分のことを恨んでいただろう。
そして自らを恨みその恨みによって自ら命を絶つ事になりかねない。
でもあのまま俺が何もしなければクロが死んでいた、自分が幸せに、不幸でも醜くも呪いの存在でもない事に気づかせる事なく死んでしまう。自分の幸せを望まず死なすわけにはいかない。
今だからこそ考えることができる、でもあの時の俺はただクロを助けようとする一心でその思いだけで身体が動いていた。
そんな事を考えている内に俺の口は勝手に動き、独り言を呟いていた。
「この先、どんなことがあってもリコとクロ、そしてみんなを守って見せる……」
端から見たらきざな台詞を呟いてる、ただの痛い奴にしか見えないが幸い小部屋だったため誰も聞いていないなっと思っていた瞬間。
病室のカーテンがシャ!と勢いよく開いたと思うと同時に二つ影が飛びついてきたのが見えた。
「リコ!? 雪姫!?」
勢いよく飛びつき抱きついてきた二人がリコと雪姫である事を確認すると、リコは泣きながらで、雪姫は涙目でこちらを見ていた。
二人から心配したと言葉をもらい、迷惑もかけてしまった事に下げた頭が上がらない。
そして完治していない身体に痛みが走るのを余所にこれでもかというように抱きついてくる二人に言うにも言えない。
言うにも言えない状況に戸惑っているといつからそこにいたのか、そこには俺の母親であり俺の学校に理事長でありほとんどの問題の中心の問題人こと繰時日和さんがそこにはたっていた。
しかしいつもの俺を弄って楽しんでいる表情と違って、優しい表情をしていた。
「……母さん」
特に母は何も発することなく俺の近くに寄ってきて、優しく頭を撫で一言だけ呟いた。
「あんまり無茶するんじゃないよ、あんたは私の大切な家族なんだから」
「……ごめん」
言われた言葉は何よりも重くして深かった、それは普段そんな事を言わない母だからこそ一番心にきたのかもしれない。
そんな母親らしいすべてを優しく包み込んでくれるような言葉を今は深く受け止めた。
「さぁ、みんな直人は病み上がりなんだ長居は身体に悪いだろうから帰るよ」
「はい、お母様! ではご主人早く元気になってくださいね!」
「日和さんの言うことも確かだし僕も帰るよ。じゃあなおとくん、また学校でね」
「……またね、なおと」
母の一言により今まで騒がしかった病室からみんなが帰宅し静かになろうとしていたところで、俺は不意に最後にカーテンを閉めようとしているクロを呼び止めた。
「あっ、クロちょっと良い?」
俺に呼び止められ帰ろうとした足取りを止めこちらに振り向くクロ。
「……何、なおと」
「い、いや、えっとあの時言い忘れたことがあって……」
「……言い忘れたこと?」
言い忘れたことが何なのか分からないクロは可愛くも首を傾げながらこちらを見て一体それが何なのか知りたそうにこちらを見ていた。
「瓦礫に巻き込まれた時、クロは自分を醜い存在だって言っただろ」
「……うん」
「そのことなんだけど、俺はそうは思わないな。だって今のクロも子猫だった時のクロも可愛くて、こんな綺麗な毛や耳やシッポを持ってて、そして何よりも人のことを不幸にしたくないって思えるほどの優しい心をもっている。だから俺はクロを醜い存在なんて思わないよ」
どうしても今のクロに伝えたかった俺の正直な言葉。
その言葉を言うときは何か気分が乗って言えたけど次第に時間が経つにつれ恥ずかしさが心の底から沸き上がって来たかと思えば俺の顔は真っ赤になっていた。
恥ずかしくも俺の正直な思いを伝えられたクロの方を恐る恐る除いてみると、クロが今まで見たことのないような真っ赤な顔で言葉を失って立っていた。
「……っ!」
誰が見ても分かる赤面に、顔を赤くした俺もますます小っ恥ずかしくなる。
「い、いや、えっと、い、一応言っておいた方が良いかなぁと思って! ごめん、恥ずかしいから忘れてくれ手も良いからなクr……っ!?」
焦り忘れてほしいとクロに言おうとクロの方に向こうとしたら、ふと頬に小さく柔らかい感触した。焦っていた俺もそれだけは一体何なのか分かった。
唐突にクロから頬に大胆にキスをされその前に言った俺の台詞の恥ずかしさなど消えていった。
「ク、クロ!? 何を!?」
驚きながらもクロの方へ振り向くと、クロは満面の笑みでこちらに笑っていた。するとその笑顔で人差し指を唇に当てる。
「……なおとっ、私。なおとが大好き! なおとに会えて良かった! こっちの方はまた今度ねっ!」
笑顔で呟くと恥ずかしそうにその場から逃げ出すように病室を出ていったクロの唐突の告白に気をとられ、最後の言葉の意味が分かった時にはすでに遅かった。
「こっちの方? ……こっちの方ってまさか!」
咄嗟に閉められたカーテンを開けても底にはもうクロの姿がなく、静かな病室でただ一人、頬に微かに残るクロの唇の感覚と最後に言われた言葉だけが耳に残っていた。
俺は再び顔を赤くして布団に潜り込み両手で顔を押さえ悶え、唯々込み上げてくる恥ずかしさ耐えていた。そしてふと思うことがあった。
「……あんな表情は初めて見たな」
初めて見るクロの幸せに満ちた表情、思えば笑っていてもどこか悲しげな表情をして、普段は口数が少なく自分の気持ちを表現するのが苦手なクロがあんなに自分の気持ちを叫び、心から幸せそうにしているクロは初めて見た。
やっと見せてくれた本当の笑顔を心のからの笑顔を絶やさぬよう俺が沢山クロが幸せだと思えるように俺がクロやリコ、そしてみんなを守って行こう。
残酷な時をもう二度と繰り返さぬように――。
――直人の病室から去った後、先に病室から出ていた皆の元へ合流したクロにリコが話しかける。
「クロさん、とても嬉しそうですね。何かあったんですか?」
一瞬の微笑みにクロの変化を読み取ったリコは、その理由を知るべく問い掛ける。するとクロはリコの方を向いて人差し指を口に当て、笑顔でその口を開く。
「……秘密」
「秘密って何ですか! 教えてくださいよクロさん!」
「……おしえなーい」
抜けていた一瞬の間に何があったのか教えてくれないクロに駄々をこねるリコ。
そんなリコにも分かった、クロから微かにするご主人の匂いと嬉しそうなクロの表情。
その匂いをリコが間違うはずがない。
普段なら落ち着くはずの匂い、だが何故だろう。
クロの笑顔を見た途端、その匂いはリコの心で感じたことのない胸を締め付ける様な気持ちへと変わっていく……
「……(何でしょう? この気持ち)」
新しく芽生えた胸の奥を苦しくさせる初めて感じたこの気持ち。その正体がリコには何なのか分からないでいた、説明しがたい気持ちに対し頭を働かせるも今のリコには検討が付かなかった。
その気持ちの答えが一体何であるか考えていると問題人がリコへと呼びかける。
「どうしたのリコちゃん? そろそろいくよー?」
「あっ、はい分かりましたお母様! 今行きます!」
問題人の一言によって気持ちに対して思考止め、現実へと意識を戻し始める。
「何か悩み事リコちゃん? 私だったらいつでも相談に乗るよ?」
「ありがとうございますお母様! でも大丈夫です!」
「そう? ならいいけど……おや、これはもしかして――」
リコの大丈夫の一言に疑問を抱くもすぐにその答えに感づく問題人。
するとリコは問題人が言いかけた言葉に振り返る。
「お母様、何か言いました?」
「いや、何でも無いよリコちゃん。それよりリコちゃんはやっぱりカワイイねぇ……おぉ、ヨシヨシ!」
言いかけた言葉を誤魔化すように、リコをなで回す姿はもはや変態としか言い様がないが、リコはその言葉を素直に受け止める。
「ふふっ、くすぐったいですよお母様。お母様が言うのなら大丈夫ですね!」
「あぁ! リコちゃんほんと良い子! 愛してる!」
素直すぎるリコに溺愛の言葉と行動を見せる、変態問題人にリコは嬉しそうに対応する。
「私もお母様、大好きですよ!」
「キャー! 私もリコちゃん大大大好き! さぁ、家に帰ろうか今日はリコちゃんの好きなもの作ってあげるよ!」
「本当ですかお母様! ありがとうございます!」
問題人の一言により病院を後にするリコ達。
そしてリコに芽生えた新たな感情に気づいた問題人は、リコ達の後ろ姿を見て小さく呟く。
「リコちゃんも、今はちゃんとした人間の女の子……その気持ちにはこれから直人と過ごす日常の中でいつか気づく事になる。リコちゃん、頑張ってねライバルはたくさんいるわよぉ。何たって私の息子なんだから……っ」
――病院の一室で、皆が帰り外をぼんやりと眺めていると俺に突如、寒気とクシャミが襲いかかる。
「……クシュッン! うぅ寒、何だろうこの嫌な予感と噂された感じ。まぁ良いか、今はとにかく寝て身体を休めよ」
問題人からの噂を敏感に感じ取っていた俺だがすぐさま寝に入り英気を養う事へと徹していた。
リコに芽生えた新たな感情。その感情の答えに直人との日常を送る度に少しずつ近づいていく最中。直人の元に、夢と共に現れる擬人化少女達。その少女達に起ってきた残酷な出来事……それを知るのは共にその時代を生きていた数々の記憶を持つ直人、ただ一人。
そして、リコと同じように擬人化少女達が各々の想いと共に集まり直人との関係を築いていく。
それは時に大胆に。
繊細に。
乱暴に。
――そして恣に、彼女達は恋をする。




