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W4悪霊は眠らない 作者:こうえつ
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私の部屋にはアレ

懐かしいのは、ひだまりの記憶。私も微かに温かさを覚えている。
「はぁーはぁー結構キツイなあ~この階段……ふぅ」
 ネイビーレッドのチェック柄のプリーツスカートから伸びる、ほどよい太さの太腿を手で押さえながら、ユウが懸命に階段を登っていく。
茉莉花優紀まつりか・ゆう……親しい人はユウと呼ぶ、その顔は汗ばんでいた。
マンションは五階建でエレベーターが無い。
その為に一番上の五階の部屋代は、秋葉原でもかなり安いほうだ。
ラストの階段を登り切り、最上階の五階の廊下にたどり着いた。
冷房が効いてない五階の廊下は、立っているだけでも汗が噴き出る。
階まで一気に登ったユウの、淡い茶色の前髪が垂れる額にも汗が吹き出る。
持っていた鞄を左手で抱え、右手でロックを外しハンドタオルを取り出した。
右手で前髪を書き上げて、額の汗を拭き始める。
きれいな卵形の輪郭を拭き終えたユウは、右手で部屋の鍵を取り出す。

チャリン、チャリン、取り出した部屋の鍵には、不自然な数のお守りがついていた。
 ギユウッ、お守りを強く握り絞め、丸襟のブラウスの赤いリボンの辺り、大きくはないが形のよい胸に押しつける。そしてお祈りの言葉を呟いてから、部屋の扉の鍵を解除する。
ガチャリ、静かな五階に鍵を開けた音が響いた。
スッと扉が開く。

 カーテンを閉め切った部屋の中は薄暗く、湿った空気が漂い微かに埃の臭いがする。ユウの掃除嫌いのせい、閉めきった部屋のせい、そんな事では説明できない。
 もう七月、初夏だというのに、異様な程の冷たい空気が、ねっとりと部屋を流れている。
「やっぱりまだ居たか……」
 ユウはため息をつき、アレがいる事に十分失望してから、玄関から大きな声を出した。
「あんた、またわたしの邪魔をしたでしょう? またも彼氏が逃げ出したわよ!」
 アレは部屋の中央にあるソファに座って、テレビの画面を見ていた。
 人の姿をしているのは漠然と分るのだが、それ以上はハッキリしない。
 何故はっきり見えないのか?
 カーテンを閉めきった部屋が暗い、そんな物理的な理由ではなかった。

「なんとか言いなさいよ! この悪霊め! なんで私に取り憑いて邪魔をするのよ!」
 ぼんやりと映っていたアレが、姿の輪郭を現し始めた。
 当世具足、戦国の世の鎧。張子を付けた当世兜を被り胴丸を着た、部屋の中央に座るソレは、生きた者ではなく、鎧武者の姿をした霊体だった。
「ユウ、まず帰ったら、普通は“只今、帰りました”であろう?」
 逆に注意され、ムカツキ度が大幅にアップしたユウは、武者姿の悪霊へと駆け寄り、その顔の辺りを人差し指で強く指さす。指された悪霊は座ったままでユウの立ち方向を向いた。
 悪霊の顔は黒い霧のような感じで、その表情は分らない。
 どちらを向いているかは、赤く光る丸い目と立物、兜の正面の飾りが手掛かりになった。

「これ! 部屋に入る時は靴は脱ぐものぞ!」
 悪霊がユウの足下を見て再び注意を則する。
「うっさい! ここは私の部屋であんたは居候なの! そんな事より私の彼を脅かしたのか、と聞いてるの!」

「おまえの男を脅かすじゃと?……さて、何の事だか、我にはまったく覚えが無いの」
 ユウの問いを軽くスルーし、再びテレビの方を向いた悪霊に、わなわなと怒りに震える。
「ところでユウ、これは、中々面白いものじゃな」
 悪霊が持っているのはゲームパット。
 ユウが悪霊の足下を見ると、ゲームの真新しいケースが落ちている。
「あんたまた買ったの!? よく配達の人がビックリしないわね」
 ユウの腕組みをした姿を、テレビを見ていた悪霊が一瞥した。
「これか? これは、いつものあの子が持ってきてくれたのじゃ」
「ええ? もしかして……あ~わたしが、ついうっかりあんたがゲーム好きだと、ハチに言っちゃったからだわ」
 ゲームのパッケージを拾い上げたユウが、タイトルを読み上げる。

「戦国SARABA……戦国時代へ思いを馳せる爽快アクションゲームって……あんたね!」
 均整でピンクの薄い唇が大きくため息をついた。
「我の知り合いも沢山出てくる。知った名前があるのは親密感が出てよいの。実物はこんな美男では無いがな。特にこいつなど、絶対にあってはならん事になっている……実際に本人に見せたいくらいじゃ……ハハハ」
「ハハハ、そうでしょう、そうでしょう。戦国ゲームは最近女子にも人気だから、武将の容姿はかなり美化されているの……って、そうじゃなくて! この~やろ~あたまにきた!」
 悪霊からゲームパットを奪い、ユウは中央のボタンを押した。
「な、何をいたす! 時代が時代なら、ここで手打ちにするところ……」
 ゲームを強制終了した事に、悪霊が不服を申し立てる。
「今は現代よ! 何か文句ある? 悪霊のくせにゲームなんかすな!」

 中央の電源ボタンを長押したままユウが言い返す。
 プツリ、ゲーム機の電源が切れた。

「はい、ゲームはもう終わり。強制終了!」
「我の遊技の静的情報が破壊された時は如何いたす!」
「たかが、ゲームのセーブデータが消えただけでしょう?」
 ゲームパットを悪霊に放り投げる。
「はい、これ返すわ。ふぅ、少しだけスッキリした」
「なんとも乱暴な娘じゃ……これだから我は気を抜けないのじゃ」
 悪霊は兜の下の、丸く赤く光る目をユウに向ける。
 目以外は黒い霧で覆われていて、顔の表情は分らない。
 前に銀河鉄道の車掌さんに似ているとユウが悪霊に例えたが、当然、何の事か、悪霊には通じなかった。
「なによ! 凄んでも全然怖くないわよ。子供の頃からあんたが側にいたからね。おかげで、私の周りでは超常現象が起こりっぱなしよ! 転校先では恐れられ、結局、私の生まれたこの区の中学に逆戻り。父さんの仕事の都合での都外への転校だったから、私だけ戻る事になってさ。イタイケナ中学女子が一人暮らしになっている。誰のせいだと思っているのよ!?」

「我がユウの此所に居るのには、ことわりが存在するのじゃ。そして我は悪霊では無いし、別にユウの恋路を邪魔しているわけではない」
 腕組みしたユウが不満そうに聞いた。
「悪霊でないなら、ここにいる理由、生まれたときから私に憑いている、その、ことわりってのを教えてよ!」
「……それは答えないといけないかの」
 考え込む悪霊をツリ目の大きな瞳が睨んだ。
 追い払う策を練る為に、悪霊がユウに憑いている理由をどうしても聞き出したい。今まで憑いている理由、悪霊がいうところの、ことわり、については聞き出せなかった。
 腕組みをして向かい合う悪霊とユウ……しばしの静寂の後に悪霊が話し始めた。
「そこまでおまえが言うなら……仕方あるまい」
「え? マジで教えてくれるの? 結構意外な展開……やった! しつこく言ってみるものね」
「かわいいおまえの頼みじゃ、しょうがあるまいて……我がおまえの側にいる、それはじゃな……ことわりは」
 悪霊の口は重かった。
 だがなんとか理由を聞き出したい、ユウは懸命に続きを聞く。

「それは? ねえ、早く言って!」
「それは……だな」
「うんうん」
「そのことわりは、ひ……つ……じゃ」
「はぁあ? はっきり言ってよ」

「それは……ひ・み・つ・じゃ!」

 ユウは大笑いしている悪霊から、ゲームパットを奪い取り床に叩きつけ、まだ大笑いしている……と思われる悪霊武者に、完全にヒートアップ。
「このぉ~~おじさんの“ひ・み・つ”なんて気持ち悪いだけ!」
「いつも言っておるが、我は以外と若いぞ」
「悪霊が若いとか、そんなのはどうでもいい。とりあえず人の恋の邪魔はするな! それから私の所から出て行け! いい?」
「少し脅かしただけで、おまえを見捨てる軟弱な若者は駄目だの」
「やっぱりあんたのせいか……あのね! “駄目だ”じゃない。いい? 今どきはね、度胸とか器量とかを男には求めないの。親がお金持ち……それが一番なの。ちなみに今日の彼は親が医者、デカイ病院の院長のバカ息子」

「ユウは馬鹿な男が好きなのか」
「はあ? バカは嫌いだけど、お金持ちは好き」
「お金じゃと? この世で使われている紙屑の事か」
 鎧武者は腕組みをしたまま、大きく首を振る。
「あんなもの……沢山あろうが何になる?」
「凄く私の為になるわよ。じゃあ、言ってみてよ、何ならいいの? 黄金とか? 金の延べ棒に換算したなら、分かってもらえる? あなたが言う紙屑で、今どきはなんでも買えるわ」
「今どきも昔も、紙屑に価値などあるわけなかろう」
「戦国武将のあんたには、黄金なら分かり易い例えだと思ったんだけど……他に何かに例えられる?」
 表情は分らないが、まじめに考えている……らしい悪霊。
「そうじゃな。おまえの婿なら、三万石くらいは欲しいところだ」
「三万石? それって時代劇で出てくる……たしか米の量の単位の事よね?」
 頷く悪霊はそれが当然だと言い出す。
「そうじゃ。本来日本は力を米の量、石高により示してきた」
「石高ときたか。そっちは、わたしが分からないなあ」
「日本人にとって米は文化なのじゃ。単なる食糧とは違うものだと理解せい」
「日本人の文化を理解せい! と言われてもね。わたしパン好きだし石高なんて、なじみがないの」
「なんとばちあたりなおなごじゃ」
「うーん、そう言われてもねえ……」
 一応は考えてみたが全然価値が分からない。

「石高ねえ……さすが戦国武将の悪霊ね。でも三万石ってのは、現代でいったいどれくらいの価値なのかな。私に分かるように換算してよ」
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