困ったことに普段自分が座っている席が見知らぬ男に占領されている。だがあえてそれを更なる高みへ挑戦する機会ととらえた奴はフッ、と誰にともなく不敵に笑ってみせた、らしい。全裸でかっこつけてんじゃねぇ。
いいや断じて気のせいではない。我々の年齢職業容姿体力精神力ケンカの強さ、ようするに男としての力量の総てをそいつは一瞬で見積り格下だと決めつけた挙句、全員ひっくるめてハナ息ひとつで批評しやがったのである。その瞬間室内にサッと緊張が走り、気温が2~3度下がると同時に数人の男は腰のホルスターに早くも手をかけピアニストは演奏を中断しバーテンはグラスを磨く手を止めその場にいる全員が固唾を呑んでみつめる中そいつは悠然とスウィングドアを押し開けて酒場を横切りカウンターに肘をつくと落ち着きはらった口調でスコッチを注文したのだった。と思わず西部劇風に描写してしまったぐらいこの目障りタフガイ気取り野郎の入室ぶりは堂に入ったものだったが、本人も自分のカッコよさを十二分に意識しているのが見え見えで鼻に付くことこの上ない。
こんぬやろうと俺は思い、だがしかしサウナ内では無駄に喋るべからずという鉄壁のマナーを破るわけにもいかず、黙って歯噛みしながらそいつが入ってくるのをジト目で見守るだけであったが、山羊男から立ち昇る瘴気にも動じず、ボイラーが吹き出す錆混じりの熱風にも眉ひとつ動かさぬ悠然とした足取りで、一段一段が地獄の一階層にも等しいサウナ段を、アリ塚をまたぎ越える象のように無駄に大砲をぶらつかせながら山羊男を通過しゲロ男を押しのけ俺のタオルを踏みつけヨガ行者の骨ばった膝を乗り越えて当然のように最上段におさまったときには流石に開いた口がふさがらなかった。
おい馬鹿やめろそこはぼくたちのとくべつなばしょなんだぞおまえの汚い尻なんかで汚すんじゃねえよ、だいたい銃はでかけりゃいいってもんじゃないぞ大事なのは狙いの精確さと抜き打ちの速さで、いやほんとは早くちゃダメだけども何言ってんだ俺。
よりによってトルネコの呼んだ商人軍団にとどめを刺されてあっけなく沈んでゆくラスボスを茫然と見つめるテレビの前のドラクエプレイヤーのごとく、神聖不可侵の最上段がこんな自惚れかえったキザ野郎にあえなく攻略され、無抵抗に長い睫毛を伏せて唇を奪われる様を見せつけられては、さすがの俺も正気ではいられないのだった。
いくら最上段が生身の人間では5分ともたない無酸素山頂で、こいつの見栄っ張りは無様な転落を早めるだけとはいえ、一秒たりともこんな小僧にてっぺんから見下ろされるのは我慢がならん。こんな奴を帝位にのさばらせてみろ、あっというまに我々の尊厳は踏みにじられ妻は奪われ長年慈しんだ領地を追われて自由惑星同盟に亡命する羽目になるのだ、とにかくこいつの君臨が既成事実になる前に倒しておかねば、誰か先陣を切って兵を挙げるものはおらぬのか?と俺は周囲を見回したがダルsmいやヨガ行者は相変わらず何を考えているやら無表情。もしや階層の上下も男のプライドも超越した境地に達しているのか、不動の構えを崩さない。