垢スリもそこそこにサウナ室へ直行。扉を開けたそいつは、熱気の中に久々に見る面々(俺以外)をざっと見渡し会釈をしただけだと後になって強く主張したのである。
思えばこの半年間の毎週木曜、「ゆっとり」の常連に加わらんと敷居をまたいだ新参者が無謀にも己の限界に挑んだあげく担架に乗って運ばれてゆくのを俺は何度見たことだろう。今では見慣れぬ顔が扉をくぐれば、ああこいつはすぐ消えそうだなとか、こいつは一ヶ月位ならもちそうだなとか大体判別が付くようになり、「ゆっとり一見客鑑定士検定」なんてものがあったら多分二級ぐらいはとれるんじゃないかなってぐらいの鑑識眼で今入ってきた奴の姿をとらえた途端、俺は思わず「むむっ」と喉の奥で唸り姿勢を正さざずにはおれなかった。歳の頃は二十代後半から三十位、精悍な顔立ち引き締まった筋肉、そして全身から発する自信と矜持。モテる、こいつは絶対女にモテる。と俺は確信すると同時にむらむらと敵愾心が沸いてくるのを覚えたのであった。
と書くと、まるでモテない奴が浅ましくも妬んでいるように聞こえるかもしれないがそんなワケでは断じて無い。俺だってそれなりに、いや自分で言うのも何だが相当モテる方なのだ。わりと派手にみえる職業だしテレビにもちょくちょく出てるし、講演なんかすれば美しい女性からサインをねだられちゃったりしてるんだぞでも名前が売れてるだけにそれ以上深いオツキアイに発展することもなく愛想を振りまいて去るしかないのが歯痒くも味気ない、じゃなくて俺のことはどうでもいいのだ、問題はこいつが女にモテまくっていて、きっと日替わり定食のごとく取っかえ引っかえ食い散らかしまくっているに違いないという推定的事実である。
瞬時に人の本質を見抜きあだ名を付けるのを信条とする俺は即座にこの目障りタフガイ気取り野郎をマッスル男、略してマス男と以後呼称することにしたが、それにしても何でこんなチャラ筋肉野郎がスポーツジムや日焼けサロンならいざ知らず、こんな薄汚くて臭くて暑いだけのさびれた銭湯に来たのか知らんが、大方「俺ぁいつもは風呂はラブホで済ますんだがよ、明日捨てる予定の女をうっかり今日振っちまって暇になったから適当に目に入った風呂屋に来てやったんだぜ」とかそういう理由だろふざけんな。
ここは貴様のような興味本位の軟派者が来る場所では無いぞ、地獄の熱気と山羊男の腋臭の洗礼に恐れ慄くがよい、じきに鼻血を吹いてのたうちまわる様を見て笑ってやるぜと室内にいた全員が思ったに違いなく、何気ない視線のそらし方や急に引っこめられた下っ腹、さりげなく汗を拭くついでにバーコードを整列する仕草やいつもよりちょっと小刻みなプルプルなどで各々の敵意を表したのであった。
といってもダルシmじゃなくてヨガ行者は俺の背後にいるので見えないし、山羊男はそろそろ「あへぇ」が始まる時分で舌を出して喘ぐのに懸命だったので、正確に言えば三段目と四段目にいる4人の敵意と侮蔑を一身に浴びたそいつは、しかしたじろぐ様子もなく逆に室内の俺達をざっと一瞥するや、「フン」と鼻で笑いやがったのである。