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ああ最近ちょっと忙しくてな女将さんも元気そうで何より、と奴は軽く受け流した。ここで馬鹿正直に実は夏風邪ひいちゃってさあ、などと答えるといつまでたっても中に入れないのだ。

 いやこれじゃ本来のサウナの目的から逸脱してるだろと思われる向きもあるだろうが、我々は己を高める為にここに通っているのであって汗をかくためでは断じて無い。そもそも単なる健康増進やリフレッシュを求めるならもっと快適で安い風呂屋など幾らでもあるのだ。アントニオ猪木がいみじくも言ったように勝負はリングの外でつく。本気で勝利を望むならば普段の生活態度から変えるのは当然である。実際テロ男以外の常連はほとんど発汗する様子を見せないわけで、きっと各人それぞれ工夫をこらして身体調整をしている筈だ。つまり俺の前にいるこの汗まみれの毛玉野郎は基本的な心構えがなっちゃいないのであり、だからタオル二本使いなどという非常識も平気でやらかすのである。濡れタオルで呼吸器を覆わなければ耐えられない位なら身の程をわきまえて最下段にいればいいものを、無理をしてまで四段目に居続けるのは見栄もあるだろうが、山羊男からできるだけ距離を置きたいというこれまたヘタレな動機だろう。


 まあ山羊男の腋を直嗅ぎする位なら業火ゆらめく最上段の方がまだ耐えられるような気が俺もするのであまり強くは言えないし、室内の殺人的熱さは段を上がるごとに乗算的に上昇するから三段と四段の間には神と虫ケラほどの差があるとはいえ、臭さの度合いをみればこれまた段を下るごとに対数的に増大していくわけで、総体的な不快度でいえば全段等価といえなくもない。俺自身もこの半年死ぬような努力で一段一段を這いあがってきたという自負はあるが、こいつだって四段止まりとはいえ俺よりも長期間この煉獄に踏み止まっている訳で、そこにはたしかにある程度の闘志が見受けられるのである。それを認めるにやぶさかではない俺だが、それでもやはりこの毛玉野郎を許せないと感じる理由が二つある。


 その一つは、どうもこいつの中にはある一定の限界を示すラインがあるらしく、それを少しでも超えて無理をすると途端に胃が体制への反逆を始めるらしいのである。別にこいつの消化機構がどうなろうと一向に構わんのだが、その度に口を押さえて扉へ突進し外のタイルに盛大に中身をぶちまけられると、俺だって耐久時間を過ぎてるのに出るに出られなくなって本当に困るのである。それにどうやら扉に達する前にやらかしちゃった例も過去に何度かあったとみえ、山羊男の体臭とは別種の何とも言えない酸っぱさがこの室内には常にほんのり漂っていて「ゆっとり」常連へのハードルを無駄におし上げているのだった。じつに自爆テロほどハタ迷惑なものは無いという証拠である。人並みの神経があるなら胃の内容物という究極のプライバシーを人前におっぴろげるような醜態を晒せば二度とその場所には足を向けないものだが、こいつの面の皮の厚さと羞恥心の欠如は並じゃない。


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