「まさか防災の日に発動かかるとはなあ」アクセルを踏みながら消防団員はぼやいた。「今日は久々に早く帰ってナイター見れると思ったのに。あ、そこの車はやくどいてどいて」
「我慢してるのはそっちだろ?本当はもう出たくてたまらないんだろ?意地張ってんじゃねーぞ、このカッコつけ野郎!」
「意地張ってんのはてめぇの方だろが!いい年して張り合ってくんじゃねーよ!ガキかあんたは!」
その時ダダダッと足音がして、かすむ目を向けるとサウナ室を飛び出してゆくテロ男の肉々しい背中が見えた。そして扉の向こうで半固体の何かが一気に放出される、えもいわれぬ音。
「……退路を断たれた、か」
呻くようにマスオが呟く。いやカッコつけて言ってもゲロだからね?
地雷とかじゃないから踏んづけたって死ぬ訳じゃないし、ちょっと足の裏にヌルヌルとかモロモロとかひっつくだけだから、やっぱり絶対踏みたくねぇ。誰か代わりに行って掃除してくれないかなーと見渡せば、いつの間にか山羊男も爺さんも部長もダルも皆いない。
あれっ変だな、そんなに時間が経ったのかなと一瞬不思議に思ったものの、いやいや皆が撤退したからには俺が最後の橋頭堡、どんな手を使っても守りきるぜと201高地のような決意を固めるのみ。にしても、最後まで残っていたのがあの軟弱者だったのはちょっと驚きであった。意外と根性あるじゃねーかと感心つつも銭形警部風に言うなら、『奴はとんでもないお土産を置いていきました。あいつの中身です』とか正直死ねよ馬鹿野郎。とにかくマスオの言った通り、俺達は退路を断たれてしまったのであった。
「……よし、お前先に出ろ。いま出れば漢だぞ」
と俺はあえぎながら言った。
「ふざけんな、そう言うあんたが先に出ろよ」
「小さな勝利より大きな栄光だろ?相手に勝つことより自分に克つことを考えろ!」
「その言葉、そっくりそのまま自分に言えや!ゲロにまみれる事のどこに栄光があるんだよ!」
目の前を黒い斑点がぐるぐるする。そろそろ限界だ……水、水が飲みたい。
「人が嫌がることを進んでやれって学校で習っただろ!俺は不良だからいいの!」
「何言ってんだバカ俺の方がずっと不良だし、大体てめーの方が先に入ってたんだから先に出たって負けじゃねぇだろ!」
「うるせぇ人のことバカっていうなバカ、時間がどうとかじゃなくて面子の問題なの!いまさら背中をみせる訳にはいかないんだよ!」
「そういう屁理屈こね回すからバカって言われんだろバカ作家!大体ペンネームからして変じゃねーか、なんだよ栃原木岩男って」」
マスオもいい加減、頭が朦朧としてきたらしい。脈絡もなく俺の名前にケチをつけはじめた。ちなみに読みはトチバラキ・イワオである。荒涼たる自然とそれに立ち向かう一人の男を字面からイメージできれば、君も立派な栃原木ファン。




