1 - だからお前はモテないんだ!
午後2時、昼食を済ませた僕らをぽかぽかと優しく照らすお日様。
黒板に向かって一所懸命教科書を読み上げるおじいちゃん先生の話に耳を傾ける生徒はいない。
僕、南野 祐希もその一人。
眠さで重い頭を上げて教室を見渡しても、同じ目線に頭は4つ。
あと30分で学校公認目覚ましが鳴るから、と硬い枕に頭を乗せた。
...ーい、おーい
頭の上で僕のよく知ってる音が鳴る。
「おーい、いつまで寝てんだよユッキ」
「んん...あれ? 今日は僕専用目覚ましの勝ちか」
くだらないこと言ってんじゃねえよ と笑ったこいつは飯野 元、僕の幼馴染。
「相変わらず三浦センセーの授業は寝てる奴しかいねぇな」
「そうだねぇ...頑張って喋ってるけどあれもう子守歌だもんね」
「ずっと黒板のほう向いてこっち見ないようにしてるんだもんな、ははは」
じゃ、帰ろうぜ とお決まりの台詞を吐いたので僕も寝起きで重い腰を無理やり起こした。
僕ら2年の教室は3階、3年生は2階で1年生が4階。
進級してまず感じたのが、朝楽に教室まで行けるようになったなあ、となんとも情けないことだったのを覚えている。
上りと下りの段差が違うという階段を下り、下駄箱で靴を履き替え生徒玄関を通る。
校舎から出ると、暖かく柔らかい春の風が、少し長めの僕の髪で遊んだ。
「...元はいいよね、髪の毛ぼさぼさにならなくて」
「ん? ユッキも短くしたらいいじゃん」
...まぁそう返すだろうと思ってたよ、わかってないなぁ。
まぁ気付いて、っていう方が難しいことなのだけれど。
「あれ? 無視? 怒った?」
ちょっと僕が返事しないだけで少し焦る大男、かわいい。
「んー、怒ってないよ。 あ、見てあれ」
「ん? おおお! 俺始めてみたあれやってんの!」
この学校には何故か伝説、七不思議的なものが多い。
今僕達が見たのはアニメなんかでもよくある、『伝説の木の下で告白すると成功する』ってやつ。
さっきの階段の話とかはすごくどうでもいいけれど、こういった恋愛に関してはちょっと気になる。
「とはいえあんな伝説頼みで告白されてもなんか萎えね? お前の力で来いよ! って感じっつーか」
「願掛けだよ、女の子はそういうの好きなの。 受験生が合格祈願するようなかんじで」
「お前はそんな見た目だからギリ耐えれるけど、男子高校生が乙女チックなこといってるのもどうかと思うぞ」
「なっ...!! うるさいなぁ! だから女の子にモテないんだよ!」
ふん、とそっぽを向いて後ろの方で えぇぇ... と情けない声を出してる大男を置いて歩く。
僕が伝説信じるのなんて僕の勝手なのに、馬鹿にされるとちょっとイライラする。
さっき、だからモテないんだと言ったけれど、何故か確かに元はモテない。
見た目は悪くない。
目も小さくないし、鼻も低くない。笑顔も悪くないし。
運動だって出来る。
中学までバスケ部のエースだったし、体育の授業ではいつも活躍してるし。
さっきから後ろで 待てよー とか言ってるけど早足の僕にくらいすぐ追いつけるはずなのに。
性格だって気さくでいいやつだし友達も多い。
ここまで揃っててなんでモテないのか、本当に謎だ。
僕が言うのもなんだけどあんなかっこよくて、優しくて、良いやつそんなにいな...
「...あれ? なんで僕こんなあいつの事考えて...?」
そう思ったら、急に顔が熱くなった、僕だけちょっと早く春が終わってしまった。
いや頭はすごい春なんだけど。
そんなアホなことを考えてるうちに、さっきまで遠くから聞こえていた声がすぐ後ろまで来ていた。
どうやら僕は足を止めてしまっていたようだ。
「はぁ...やっと追いついたよ、ごめんって許して~」
と、元は笑いながら僕の肩に手を掛けた。
いや待て今振り向いてこの顔を見られるわけにはいかない。
僕は逃げるためにもう一度走り出そうとしたが、バスケ部エースの力には勝てなかった。
「あれ? お前顔真っ赤だけど...」
「...」
見られてしまった、それもバッチリ真正面で。
目の前にさっきまでなぜかほめちぎっていた顔が、人がいる。
とても恥ずかしくて前などむけず、道端の雑草とにらめっこ。
どう思われた? でも、あんなこと考えてたなんて僕にしかわからないんだから、そんなに深刻に考えてないかもしれない。
大丈夫、なんとも思われない、思われない。
そう必死に自分に言い聞かせていたら、ついに奴は口を開いた。
「お前、運動しなすぎて体力切れるの早すぎな? あれだけでそんな顔真っ赤にしてよ」
「...~~~~~!!!!!!!!!」
前言撤回、やっぱりこいつはモテない。
結果としてよかったのか悪かったのかわからない、いや良かったんだろうけど。
なんだかすごい、恥ずかしい。
下を向いた僕に対して お? どうした? とか変な声出してる馬鹿一人。
「ほら、大丈夫か~? おぶるか? お前軽いし」
馬鹿だ、馬鹿。馬鹿馬鹿ばか。
「うるさいうるさい!! だからモテないんだよ!! 馬鹿!!!」
そう叫んで僕は走った。
僕とあいつとの声の距離はまた離れて、自宅に着いて足を止めても近づくことはなかった。