悠side
学校には1限目と2限目の間の休み時間に辿り着いた。
本当は家から学校まで徒歩15分ほどだし、
もっと早く着いていた。
だが、俺はゆっくりゆっくり歩いていたので、30分ほどかけて学校に着いた。
授業中入りたくないという理由ではない。
家にいる遙の存在が気になり、何度も足を止めていたからだ。
でも、家に帰ったら帰ったらできっと遙に
「何で帰ってきたの」と言われてしまう。
怒りによって熱が上がってしまうと辛いのは遙なので、
俺は素直に学校に来た。
「あれ?今日遅いじゃん。どした?」
聞いてくるのはクラスメイトで1番仲の良い及川。
生まれつきの茶髪が目立つ、明るい元気系男子だ。
「ん……ただ寝坊しただけ」
俺は及川以外にも人が集まってきたため、本当の理由を言わなかった。
俺の嘘を信じた奴らは、「悠って意外に抜けているんだな」と笑う。
だけど俺の嘘を唯一見抜いた及川は、ただ他の奴に合わせて笑っただけだった。
★★★
「悠」
俺が学校に来た時、全員次が体育なので着替えていた。
遙が気になり憂鬱な気分で着替え、ひとり体育館に向かっていると、
及川が俺の肩を叩いた。
「遙くん、大丈夫なのか」
「……わかっていたか」
「悠は遙くん大好きだからなー。
遙くんのために休むなんて、当たり前だろ?」
「……ああ。
遙…熱高くて…大丈夫かな……」
俺がブラコンであり、遙を溺愛しているのを知るのは及川だけ。
他の奴らは、遙と双子なことは知っていても、ここまで溺愛しているとは知らない。
むしろ遙は、学年で結構嫌われている。
体調を崩しがちで欠席遅刻早退が相次ぎ、先生が遙を特別扱いするからだった。
特に遙を特別扱いし、遙とクラスメイトの差をどんどん広げているのは担任。
国語を担任している女性教諭で、
モデルをしていても可笑しくないぐらいのナイスバディに、
化粧を最低限らしいがかなり美人な顔立ち。
男子だけではなく女子の注目を集める女性教師が気にかけるのが、遙。
嫉妬がどんどん膨らんだ結果、いじめが生まれてしまったというわけだ。
「そんなに遙くん心配なら休めば良いのに」
「休もうとしたよ。
だけど、遙が学校に行けって」
「あー……遙くんらしいや」
及川と遙は、過去に色々と関わったことがある。
及川というか、及川の父親が遙と知り合いなのだ。
2週間ぐらいだけど、遙は及川の家で暮らしていた。
そのため、遙も他の奴に比べ、口数が多い。
俺にとっても、及川は良い友人だし、
遙のことを理解してくれているので、とても助かっている。
「そういえば朝見ちゃったんだ、オレ。
遙くんの上履きに、泥水かけているの」
「……んだと?」
「先生いなかったけど、『先生っ』て俺が声かけたら、急いで逃げて行った。
上履きは一応俺の鞄の中に、ビニール袋に包まれて入ってる」
「……サンキュ及川。助かる。
体育が終わったら引き取るから」
俺は溜息をついた。
遙のこと守るって、決めたはずなのにな。
全然守れてねぇじゃん。
俺、兄失格じゃん。
★★★
だるい体育を終え、座学の授業も終え、昼休み。
購買で買ったパンを食べ終え、俺は生徒会の集まりがあると嘘をつき、クラスメイトの輪から外れた。
ひとりになる機会を作るには、嘘をつくしかない。
人通りの少ない廊下に行き、椅子に座って遙に電話をかける。
校内でスマートフォン・携帯電話の使用は禁止されているけど、俺はお構いなしに電話した。
『……校内で、スマートフォンの使用は禁止されているよ』
数十回コール音が聞こえ、やっと出た遙は俺を叱ってくる。
「良いんだよバレなきゃ」
『……バレても知らないよ』
苦笑交じりに言うも、遙は溜息をつく。
「遙。体調はどうだ?叔母様いるか?」
『いるよ。傍にはいないけどね。
体調も別に普通。
お兄ちゃんこそ学校はどうしたの』
「ちゃんと行ったよ。
今は昼休みだから、こうして電話してる」
『……暇なんだね』
「そういや
昼飯って食べられそうか?」
『……ううん。食欲ない』
「そっか。
食べられそうなら台所に朝ご飯のお粥の残りあるから。
それ食べられそうなら食べて」
『……ん』
ドサッと、電話の向こうから聞こえる鈍い音。
「遙?大丈夫か?」
『……平気だよ。ちょっと吸引器落としちゃっただけ。
それじゃあね』
「ちょっ、遙!」
ブツッと切られる。
俺は冷たい機械音が流れるスマートフォンを耳から離す。
吸引器はプラスチックで出来ている。
落とした時、あんなドサッなんて言うか?
一気に心配がこみ上げる。
気が付けば、俺は駆け足で教室に戻っていた。
「おー悠、どうした?」
「俺今日午後サボり!
先生にテキトーに言っておいて」
「はぁサボり!?」
「超面倒だから帰るわ!んじゃなー」
鞄に教科書などテキトーに投げ入れ、学校を飛び出す。
俺にサボり癖があるのをクラスメイトは知っている。
ほとんどの理由が遙関係だということは知らないだろうけど。
俺は遙のために学校を休み、
遙のために学校へ遅刻し、
遙のために学校を早退することだって出来る。
守るって、決めたんだ。
大切で、大好きな弟を。