88 『ホットで!』
お昼のログアウトを挟んではいるものの、ずっとスティール系装備を製作していましたのでなんだかスティール系装備が安定して製作できるようになった頃に戻ったような錯覚がします。
でもスキルLvやスキル外スキルとでも言うべき技術は確実に進歩しているのがわかります。
完成品としてのスティール系装備ではまだランクは変わりませんが、中間素材ではあの頃に比べてもランクが確かに上がっていますからね。
アイアン以下の時は中間素材などのランクが上がれば完成品自体のランクも上がりやすかったものですが、そこはさすがは現状の最高峰装備なのでしょう。
上級設備があれば★4が製作できるのはわかってはいますが、現状ではなかなかに難しいものです。
ですがそれもあとは資金を貯めるだけ。
『魔導炉』を1つ購入するのにも中級設備を丸ごと更新する以上のお金がかかりますからね。
私はかなり稼いでいる方だとは思います。
それでもこれだけ苦労しているのですから、後続の生産系プレイヤー開拓者はもっと大変となるでしょう。
何せ私はスティール系装備を独占できていますが、後続はそうはいきませんからね。
商売敵が増えては売れ行きも私と同じようにはいかないでしょう。
まぁ後続の皆さんがスティール系装備を安定生産できるようになる頃には、私は『オプション品』をガンガン販売してさらに稼がせてもらうつもりですけどね。
お昼のログアウト前には一端お店の補充はしていますが、次の大休憩に合わせて補充が出来るようにもう少し製作しておくとしましょう。
本来は自由時間となるのですが、今はとにかく上級設備のためです。
さぁ、ガンガン製作しますよ!
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今日は本当にスティール系装備ばかり製作しています。
素材は24時間営業で買取を行っていますので、このペースでの製作でも在庫が尽きることはありません。
ただ、確実に減ってはいますけど。
でも明日も同じペースで製作したとしてもまだ大丈夫なくらいは残っています。
それにお店にいけば買取している分がありますからね。
素材の在庫はまったく気にしなくていいので助かります。
そうそう、素材といえば、また『影の大結晶』が買取できたようです。
なかなか買取できないレアなアイテムですからね。
またミカちゃんが売りに来てくれたのかと思ったのですが違ったようです。
以前【開拓者組合】で少しだけ話した『ゴスペル』という『クラン』の人が売ってくれたようです。
彼らはうちの常連さんのようで、結構頻繁に素材を売りに来ているようですし、『魔術陣』を始めとした消耗品やたまに装備品も購入していくそうです。
特にスティール系装備は更新中のようで購入できるタイミングなら迷わず購入していっているようです。
未だにスティール系装備が補充されると行列が出来ていますので、なかなか難しいみたいですけど。
何はともあれ、レアな素材が手に入ったのは嬉しいことです。
また『魔術陣:破影結界』を描きたいですね。
あれはなかなかの癒やし具合ですので、私としてはもっと『影の大結晶』が欲しいのですよ。
そうですよ。
今日はスティール系装備ばかり製作していたので、癒やし成分が特に足りないのです。
せっかくですので、ここは奮発して『魔術陣:破影結界』を描きましょう。
えぇ、それがいいです。間違いありません。
ではではさっそく――
「「こんにちはー! バケツさんいますかー! いますよねー!」」
玄関の方から大きめのノックの音と共に聞こえてきたのは……ミーとムーの双子の声です。
連絡もなしに突然どうしたのでしょうか。
用があるなら『メール』なり、『コール』なり、『クランコール』なり色々手段はあると思うのですが。
「はいはいー。今開けますよー」
ミーとムーはミカちゃん達と違って許可されていないので勝手に入ってくることはできません。
ですのでシステム的なセキュリティの関係上私が扉を開けるまでは中に入ることは不可能です。
「「やっぱりいたー!」」
「バケツさんこんにちは! ねぇねぇボク達ちょっとバケツさんにー」
「「お願いがあってきたんだ!」」
「だからおじゃま」
「「しまーす!」」
「あ、ちょっと」
「ここ来るの久しぶりー」
「だねだね。あ、ボク紅茶ー」
「僕麦茶ー」
「「ホットで!」」
扉を開けたら双子の勢いは止まるところを知りませんでした。
あっという間にテーブルを占拠してお茶のおねだりです。
しかも現実では残暑が厳しいのにホットでの注文です。
まぁ【ふろんてぃあーず】はいつでも快適なのでありなのですけど。
「君たちあのねー」
「バケツさんはいこれ」
「「お土産!」」
「るーるーの新作だよ。いちごがたっぷり乗ってるやつを選んできたよ!」
「マロンもあったけどボク達あんまり好きじゃなくてさー」
「「やっぱりいちごだよね!」」
「でもベリーも最近いいんだよね」
「いいよねベリー」
「「だからベリーもあるよ!」」
あまりの傍若無人な振る舞いにさすがに相手が子供とはいえ、お説教をしようかと思ったところで機先を制されてしまいました。
……るーるーさんの新作ですか。
ちょっと味見をしてからにしましょう。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「――美味しいー」
「だよねーおいしー!」
「ボクはやっぱりベリーかなー」
「「いちごも悪くないけどね!」」
「はいはい、わかったから次からはちゃんと連絡入れてから来るんだよー」
「わかったよーバケツさん」
「僕達はちゃんと学習するよー」
「「天才だからね!」」
「……天才なら最初からやってほしかったなー」
「そんなことより、はいこれ!」
「これが用件だよ!」
「「『エンチャントマジックインク!』」」
「おお? なにこれ?」
まったく悪びれる様子のない双子に力が抜けますが、まぁそれほど目くじらをたてるほどのことでもありません。
るーるーさんの新作も持ってきてくれたわけですし。
それよりも肝心の彼らの用件です。
テーブルの上に置かれたのは一見してただのインク瓶のようなものです。
詳細欄を確認してみたところ、『魔法ペン』に使用するもののようですね。
でも『魔法ペン』自体はインクがなくても書けるものです。
そんな『魔法ペン』にわざわざ使用するわけですから、何かしらの効果が期待できるのでしょう。
名前もエンチャントにマジックですからね。
「どういう効果があるのかな? 詳細欄には『魔法ペン』に使用するとしか書いてないけど」
「それを確かめるために」
「「来たんだよ!」」
「『魔法ペン』なんて使ってるの『魔術陣』を描いてる人くらいなものだし」
「超絶過疎ってる『魔術陣』を描いてる人なんて」
「「バケツさんくらいしか知らない!」」
「だからバケツさんに使ってもらって」
「「検証するんだよ!」」
「……うん、そういうことならやっぱり事前に連絡いれようね?」
双子の言うとおりに『魔法ペン』を使用するのなんて『魔術陣』くらいなものでしょう。
スキルLvが低いうちには1枚描き上げるのですら相応の時間がかかるわけですから、人気がないのも頷けます。
『魔術陣』の需要が高くなっている昨今でも、『魔術陣』は自分で描くものではなく、買うものなんです。
特に私のお店にはたくさん在庫が置いてありますからね。
結構な売上になっているのです。
私が度々癒やされるために大量に描いていますからねー。
そんなわけで『魔術陣』は販売できるほど描いている人は私以外にはいないみたいなのです。
自分で使うために描いている人は多少いるみたいですが、元々奥の手みたいなものですし、レシピも集めづらいですからね。仕方ありません。
危うくお土産に騙されてスルーするところでしたが、双子にはやっぱり後でお説教をするとして、『エンチャントマジックインク』を私のところに持ち込んだのは正解と言えるでしょう。
いえ、正解というかただの消去法ですね。
「自分たちでは試したの?」
「当たり前でしょ!」
「『魔術陣』以外では効果なし!」
「「一枚描いて挫折したけどね!」」
「……早いなぁ」
「あんな細々したのをずっと描いてられるのはバケツさんくらいなものだよ」
「僕達には無理!」
「「絶対無理!」」
「はいはい。まぁじゃあ使ってみるね」
「検証! 検証!」
「「検証!」」
双子の検証コールを聞きながら適当なレシピを選んで描いてみることにしました。
『エンチャントマジックインク』の使用方法は簡単で、『魔法ペン』の先をインク瓶に着けるだけです。
1回につき、『エンチャントマジックインク』が10分の1くらい減少するようで、双子がいうようにすでに使用してあったのでこれで8割くらいになりました。
……本当に一回しか試してないみたいですね。
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「すごいねこれ……使用回数が増えたよ」
「すごいけど、バケツさんくらいしか必要としない!」
「残念すぎるね」
「「残念すぎる!」」
「2回言わなくていいよ……」
検証のために同じ『魔術陣』を『エンチャントマジックインク』を使用したものと、使用していないもので製作してみましたが、効果は歴然です。
効果回数が1割ほど上昇しているのです。
1割といえど、最近は使用回数の数も大分増えてきているのです。
これはなかなか良い物を製作したものですね。
でも残念ながら双子の言うとおり、需要はまずありません。
NPCは規格がありますので、店舗販売される『魔術陣』には使えません。
私以外の開拓者での『魔術陣』の製作者は少なすぎますので論外。
とてもすごいものを製作したはずなんですけどねー。
悲しいものです。
でも私には有用なのは間違いありません。
というかこれはなんとしてもレシピを教えてもらわねばならないでしょう。
「それでー……」
「これ単体じゃ需要ないし」
「ボク達も使わないし」
「「NPCクエストの紹介でいいよ!」」
「そうきたかー」
「あるでしょ? 知ってるよ? ほら、例の」
「僕達にも色々と情報網はあるんだよ?」
「「『鞄』拡張!」」
「あーうーん……わかったよー。でもクリアできるかどうかは君たち次第だと思うよ?」
「問題なっしん!」
「ボク達を誰だと思ってるの?」
「「天才双子のミーとムーだよ!」」
「はいはい、そうだねー」
女子会で状況共有はしましたが、それ以外にはまだ出していない情報だったはずですが双子にはどこかから漏れたみたいです。
まぁ別に同じ『Works』の仲間ですし、問題はないので教えちゃいますけどね。
でも私の場合はお酌1時間でした。
セクハラぎりぎりの、という注釈がつきますが。
ミーとムーは小学生の男の子です。
この場合どうなるんでしょう?
まさか彼らにもお酌をさせるのでしょうか。
ちょっと気になります。
「それでね、教えてもいいけど――」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「じゃあバケツさん!」
「成果を期待しててね!」
「「まったねー!」」
「はいはい、またねー」
来た時同様、元気いっぱいに双子は去って行きました。
『エンチャントマジックインク』のレシピの交換条件として『鞄』拡張をしてくれるNPCの情報を教えましたが、もう1つ条件をつけました。
それはどんなクエスト内容だったのかを後で教えてもらうことです。
ミカちゃん達も『鞄』の拡張はしたいけど、セクハラ紛いのクエストは嫌がってましたからね。
ミーとムーには悪いですが、私以外の例を知っておきたいです。
その結果如何ではミカちゃん達もチャレンジするかもしれないですからね。
突然の来訪ではありましたが、るーるーさんの新作は美味しかったですし、『エンチャントマジックインク』は有用だし、なかなか有意義でした。
でも次からはなるべく突然来るのはやめてほしいです。
では遅くなってしまいましたが、癒やしタイムを満喫するとしましょうか。




