08 『はい、『セクハラ警告』1回目』
夕食や入浴などの諸々を済ませて再度ログインです。
『ゲーム内時間』は『現実時間』の3倍のスピードで進むのですでに正午近くになっています。
NPCの店舗ももちろん開いていたので、なくなってきていた綿などを少し購入しておく。残金ももうほとんどのないので本当に少しだけど、露店で待っている間に作る分としては十分でしょう。
前回露店を出した辺りには結構色々な露店が増えている。
たぶんほとんどがプレイヤーの開拓者なのでしょう。相場よりちょっと割増した素材を売っている人がほとんどで装備類を売っている人はかなり少なく感じます。たぶんすぐ売れてしまうのでしょう。
装備を売っている店舗をちょっと覗いた限りでは値段が高くてとてもではないが手が出ないような装備しか残っていませんでした。
やはり品切れ状態が発生して、初めたばかりのプレイヤーメイドの装備にも需要ができているようです。
今ならすぐ売れそうだし、さっそく適当に空いていた場所で露店の準備を始める。
でもその前に一応ミカちゃんとラッシュさんにメールをしておこう。
売れちゃったら悪いけど、すぐ返事が返ってくるようなら取っておいてあげたいですからね。
案の定ラッシュさんからは本当にすぐに返信があって『カッパーロングソード』を取り置きしておくことになりました。
ミカちゃんからは露店の準備が出来ても返信がなかったので仕方ない。ログインはしているようなんだけど忙しいんでしょう。さすがトッププレイヤー候補ですね。
露店の準備が出来たらあとはまったり待つだけなので売れ残りの『クッションカバー』に刺繍を始める。
一先ず簡単な刺繍から始めて徐々に難易度を上げていく予定です。
刺繍は好きで現実でも少しやっていたけど、ちょっとブランクがあるので少しずつ頑張っていく予定なのですよ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
露店を開いて刺繍を始めて10分くらいであっという間に装備類が売れてしまいました。
まったく刺繍は進んでないのにもう売れる物が『座布団クッション』系と『魔術陣』系しか残っていないです。
いやぁびっくりするほど早かったです。
まぁ売れたのなら素材の買取を始めようと思ったところで、肩を怒らせながらこちらに近寄ってくる厳つい顔の開拓者を発見。
表情も不機嫌そのもので如何にも「俺今超怒ってます」といった感じですね。
何やらトラブルの予感がぷんぷんしますよ。
でもあの顔がデフォルトという可能性も無きにしも非ずなので平常運転です。
しかし残念ながら私のその考えはあっさりと裏切られてしまったようです。
「やっと見つけたぞバケツ野郎! おまえから買ったこの座布団不良品だ!
どうしてくれんだ! あぁ!?」
「不良品ですか?」
「みりゃわかんだろうがよ! ボロボロじゃねぇか!」
厳つい顔で凄みながら大声でがなりたてる目の前の開拓者に冷静に返せば、彼が見せてきたのは確かに私が作って売っている『座布団クッション』です。
カバーが見事にぼろぼろで『ヌードクッション』の方まで裂けていて、綿が飛び出しているのは控えめに言ってもボロボロでしょう。
でもだからどうしたのでしょうか。
「確かにボロボロですね。でもそれがなぜ不良品に繋がるのですか?」
「ふざけんな! ちょっと座っただけでボロボロになるようなもん売りつけておいてしらばっくれんじゃねェよ詐欺師が!」
「耐久が全損すれば破損状態になるのは当たり前の話だと思いますけど」
「大概にしとけやぼけがよ! こんなもんで狩りしたとでも思うのかよ!」
私が怯える事なく冷静に対応しているからか、ちょっと焦ったように厳つい開拓者が大げさにボロボロのクッションを掲げて見せる。
多分周りの人達にも見えるようにしているのでしょう。どれだけのボロボロ具合かということを。
「座っただけでボロボロになるようなもん売りつけといてどう落とし前つけんだって言ってんだよ!」
「クッションには今あなたがしている装備のまま座ったんですか?」
「あぁ!? 当たり前だろうがんなもん!
んなことよりどう落とし前「その棘のついた装備で座ればボロボロになると思わなかったんですか?」……ぁあ?」
大声で非はこちらにあると怒鳴りつけている厳つい開拓者の話を遮るようにして、ボロボロになった原因を突き付けてあげればさすがに勢いが少し削がれたようです。
あまりにもあんまりなクレームにすでに遠巻きに集まっていた人達も呆れているのがわかる。
でもどうやらまだこの厳つい開拓者は諦める気がないようです。
というかこんな人がいっぱいの場所で難癖をつけてきたのは恐らくこちらを論破できるとでも思ったからでしょうね。
この程度であっさり切り返されてる程度で……残念と言わざるをえない頭の方のようです。
「ふ、ふざけんな! ゲームだろうが! そんなわけねぇだろ!」
「そうでもないですよ? 『ヘルプ』にもきちんと書いてあります。ちゃんと読んでからクレームつけた方がいいですよ?」
実際に私が言うように『ヘルプ』には耐久値が存在するアイテム同士は互いに影響を受けると書かれていたりします。
あんな如何にもな刺々しい刺さりそうな世紀末ファッション的な腰装備をつけた状態でクッションに座れば、考えられる結果は1つでしょう。
「ふ、ふざけんな! こっちは被害者だぞ!
落とし前として賠償金……いや、てめえのレシピをよこしやがれ!」
結局はやはりユスリタカリの類でしたか。
厳つい顔で凄めば気が弱い人なら通用したかもしれないけど……いや実際に被害者が居て、味をしめたからこそこんなことをしているのでしょう。
でも残念ですね、私はこの手の問題の対処法はよく知っています。
「ぐっ! な、なんだ!?」
掴みかかってきた開拓者が私の露店の少し前で弾かれてたたらを踏む。
弾いたのは真っ赤に点滅する禍々しいウィンドウ。
野次馬からざわついた反応が返ってくるくらいにはこのウィンドウは危険な代物です。
「はい、『セクハラ警告』1回目」
「ふ、ふざけんなぁ!」
完全に頭に血が昇っているのか、私の親切な警告に逆上した厳つい開拓者はさきほどよりも勢いをつけて突っ込んでくる。
ちゃんと情報収集している人なら誰もが先ほどの焼き直しになると思っていたけれど、事実はそうなりませんでした。
「いい加減にしたらどうなの? この恥さらし」
突如飛び出してきた蒼い髪の女性が、厳つい開拓者の腕を取って綺麗に投げ飛ばしてしまったのです。
あ、でも2回目の『セクハラ警告』が出てますね。ぎりぎりで私へのセクハラとして認定されたようです。
これで証拠としては確定です。
「く、くそが! 離しやがれ!」
「黙れ、ゴミ」
私が禍々しく真っ赤な点滅を繰り返している『セクハラ警告』ウィンドウのカウントに余所見している間に、厳つい開拓者は蒼い髪の女性に取り押さえられていて身動きができなくなっていました。
おぉ……すごいです。余所見なんて一瞬だったはずなのに。
「あなた、大丈夫だった?」
「あ、はい。もうすぐ衛兵が来ると思うのでそのまま抑えておいてもらえますか?」
「えぇ、わかったわ」
取り押さえられて尚暴れる厳つい開拓者だったけど、蒼い髪の女性の拘束を振りほどくことはできていない。
それどころか口汚く罵り始める始末。
さすがに煩いしみっともないし、引導を渡すことにしましょう。
「いい加減煩いですよ。あなたの行動は最初から全て録画してあります。
『セクハラ警告』も2回喰らってますし、『運営』にはすでに通報してあります。
衛兵がきたら証拠として渡しますので最低でも牢獄に送られるのは間違いないですよ。
それに次同じような事があったら間違いなく重罪になると思いますから復讐なんて考えないほうがいいですよ」
「なっ……」
証拠となる録画映像のウィンドウを出して見せつつ、禍々しく点滅するウィンドウを指差してあげれば、さすがに理解が及んだのか厳つい開拓者もがっくりと項垂れてピクリとも動かなくなった。
「あ、逃げちゃいましたねこの人。やっぱりプレイヤーかぁ」
「あら……『虚脱』したのね。でもちょうどいいわ。
むしろ余計な抵抗されないからよかったくらいだわ」
「あはは、そうですねー」
ピクリとも動かなくなった厳つい開拓者はログアウトをして逃げようとしたみたいだけど、やっぱり『ヘルプ』をちゃんと読んでいなかったのでしょうね。
『セクハラ警告』を2回受けた状態などの『犯罪者』となった場合では、罪を償うまではログアウトしても体は残る『虚脱状態』になってしまいます。
ちなみに通常のログアウトはブロック状に分解されて消えるエフェクトがあったりします。
体が残るので逮捕することができるし、今回みたいな一部始終を録画していたりする場合は判決が下るのも早い。恐らく即決でしょう。
【ふろんてぃあーず】にも警察機構として騎士団があり、現実とは違って判決が出るのがすこぶる早い。
証拠があればそれはもう10分もかからず刑が決まるほどです。
「それにしてもありがとうございました。おかげで助かりました」
「別にいいわ。あなたは十分に事前に対処をしていたみたいだし、私の方が余計な事をしたみたいだし」
「そんなことないですよ。確実に逃さず捕まえられるかは賭けでしたからね」
『セクハラ警告』と録画で証拠は作れるけど、逃げられたらすぐに捕まるかどうかは騎士団や衛兵に任せるしかありません。
まぁまず間違いなく捕まって処分がくだされるだろうけど、今ここで確実に捕まえた方が色々安心なのは確か。
なので素直にお礼を言ったらツリ目がちで気の強そうな蒼い髪の女性は少し照れていた。ちょっとかわいいですね。
照れて顔をプイっと背けた時に見えた耳は尖っていて、彼女がエルフなのだとわかりました。
【ふろんてぃあーず】のエルフは別に長命種というわけでもなく、耳が尖っているだけの普通の人間です。
装備からみてNPCの開拓者なのかな?
まぁプレイヤーでもNPCでもあんまり関係ないし、フレンド登録はどちらもできるのでお願いしちゃいましょう。
「これも何かの縁なのでフレンド登録いいですか?」
「えぇ、もちろんいいわ。私はアリミレートよ。
……バケツさん……? 変わった名前ね。露店をしているってことは生産者なのかしら?」
「はい、バケツさんです。駆け出しですけど色々作ってます」
握手を交わし、やっぱり私の名前に少し驚いている、アリミレートさん。
でも変わった名前の人はプレイヤーには多いのであまり気にしてはいないようです。
「ならもし鋼装備が作れるようになったら教えてくれるかしら?
【首都サブリナ】ではあまり手に入らなくて困ってるのよ」
「鋼ですかー。まだ鉄にも手を出してないようなヒヨっ子なのでずいぶん先になりそうです」
「期待しないで待ってるわ。精進しなさい」
「はーい」
鋼装備は鉄の更に上となる装備です。
まともに作れるようになるのは当分先の話になりそうです。
そんな強い装備を求めるレベルのアリミレートさんは相応の強さなのでしょうね。
厳つい開拓者も難なく拘束していましたし。
そんな話をしていると揃いの装備に身を包んだ衛兵が6人ほど人垣をかき分けてやってきたので、未だに点滅を繰り返している『セクハラ警告』についてや録画しておいたデータなんかを渡して状況を説明する。
アリミレートさんや周りにたくさんいた野次馬達からも証言を得られて、私とアリミレートさんは当然ながら無罪放免。
厳つい開拓者はそのまま拘束されて連行されていくことに。
衛兵が言うには脅迫、セクハラ警告2回、虚脱による逃亡行為などで恐らく60日の投獄だろうとのこと。
『ゲーム内時間』で60日なので『現実時間』だと20日。
始まったばかりで20日の投獄はかなり痛い。辞めるのかどうかは本人次第だし、自業自得なので特に気にしないですけどね。
連行していく前に衛兵が野次馬も解散させて、こうしてこの件は無事一件落着と相成りました。