57 『我慢できませんでしたー』
名残惜しくはありますが、いつまでも漆黒の刀身を眺めているわけにはいきません。
ミカちゃんが鞘に収めると鑑賞会は終了です。
鞘に収めてしまえばもうそれはどこからどうみてもただの『アイアンショートソード』なのですが、その性能は完全に逸脱しています。
最初から偽装が施されているような不思議な形状も疑問ですが、参考にしていたのもあってあまり強くは思いません。
それに不思議な事は他にもあります。
まずは名前です。
これがオリジナルであるならば私が好きに命名できるはずなんです。
でも実際には命名できず最初から名前がついていました。
つまり『封闇秘剣』はオリジナルではなく、【ふろんてぃあーず】にすでにある武器だということです。
ですが相場情報はありません。
「――つまり製作者が自分で使用するために作ったのか、または無償で提供した?」
「MOBドロップとか、迷宮の宝箱って線もありじゃないかなー?」
「あー」
結局のところ真偽はわかりません。
1つ確かな事は同じものは今の私では製作できないということです。
『封闇秘剣』一振り製作するのに『闇賢者の錬金液』は全て使っています。
まぁこれは『リッチの骨』があれば残りの素材はそれほど苦労しないで集められるので製作は可能でしょう。
でもまたゾーンに入って持てる力を全て奮って製作するのは無理です。ゾーンに入るのをコントロールできるわけじゃないですからね。
「そういえば、ミカちゃん。私がゾーンに入ってた時ってどんな感じだった?」
「んー……例えるなら真剣で立会した時の師範?
雰囲気からしてもう近寄れない。
寄らば斬られる。寄らなくても斬られる。何もできないけど見ることだけはできるって感じ。
まぁもう2年くらい前の話だけど」
「うわー……私そんな危ない感じだったの?」
「例えばよ、例えば。斬られるとは思わなかったしね」
興味があったので私がゾーンに入っていた時の様子を聞いてみましたが、なんとも言えない剣呑な答えが返ってきました。
私もさすがにそんな答えが返ってくるとは思わなかったのでびっくりですね。
これは聞く相手を完全に間違えてます。
でも他に聞ける人がいないですからね。コレは仕方ないです。
姫ちゃんも居れば違う答えが聞けたんでしょうけど。
「じゃあユリ、あたしはこれで落ちるけど、『ダブルオプション品』出来たら『メール』してよね。
あ、もちろん『トリプル』でもいいよ!」
「はいはい、徹夜だったんでしょ? 早く寝ないとお肌に悪いよー?」
「あはは。あたしの肌は最強だから全然平気だもんね!
鍛え方が違うのよ、鍛え方が!」
「はいはい、じゃあまたねー」
「ばいばーい」
相変わらず昼夜が逆転しているミカちゃんはさすがにここまでのようです。
『闇賢者の錬金液』や『封闇秘剣』で大騒ぎしていますし、その前には『エーク迷宮』の探索もしていましたからね。仕方ありません。
ゆっくりと休んでください。
さて私はミカちゃん希望の『ダブルオプション品』を狙って製作に励むとしましょう。
『封闇秘剣』の熱は実はもうすっかり冷めていたりします。
あれはどう考えても素の状態で作れる代物ではないのですからね。
でも近づくことはできます。
それは地道なスキルLvアップと設備や道具の強化です。
『ダブルオプション品』を製作することはその全てに影響を与えるのです。
スキルLvも上がり、設備を購入するための資金も稼げる。
まぁ道具に関してはレシピ待ちですけどね!
それでもランクアップくらいなら出来ます。
さぁ頑張りますかー!
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お昼の諸々を挟んでログインです。
現在まで製作できた『オプション品』はそこそこの数ですね。
その中でも『エーク迷宮』の素材を使って製作しているものは『ダブルオプション』を付けることに成功しています。
まぁただ、有用な『オプション』が2つ付いたものは1,2つです。
こればかりは運ですから仕方ありませんね。
ミカちゃんから購入した『エーク迷宮』産の素材はすでに使いきってしまっています。
残りは普通の素材を使っている影響で1つも『ダブルオプション品』はありません。
でも『シングルオプション品』は出来ていますからお店の補充商品には十分です。
いえ、『オプション品』でなくてももちろん売れますので問題はないんですけどね。
それでもやっぱり値段が違います。有用なものなら余計に。
すでに評価査定も補充も済ませてあります。
ここからは自由時間です。
合同採取ツアーのおかげで少しSPを稼げているので実は1つか2つなら進化させることが出来る量があったりします。
でも今回はちょっと優先したいスキルがあったりするんですよね。
『エーク迷宮』のおかげでランクの高い素材が手に入るようになったのもあって、『皮革』や『木工』の優先度は下がっていたりします。
もちろん進化させればさらに素材加工の面で有利になるでしょう。
ですがそれを差し置いても進化させたいスキルがあったりします。
それは『魔術言語』。
現在のLvは95です。
『魔術言語』のおかげで『魔術陣』のレシピがたくさん見つかっているのです。
私の癒やし枠を増やしてくれているのです。
進化が目の前に見えてきたというのもあって、優先順位が今のところググイっと上がってきたんですよね。
これがまだ80代とかだったらノータイムで『皮革』と『木工』の進化を決定するんですけど。
進化させたスキルのすごさは言わずもがな。
新たなレシピ発見に必ず寄与してくれる事は疑いようがありません。
ならば私の癒やしのためにも優先されるべきなのです。
というわけで、借りてきていた本を読みましょうか。
読書のお時間ですよー。
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図書館に一度行って、新たに本を借りてきたりして、すでに5時間ほど読んでいるでしょうか。
現在の『魔術言語』のLvは99。もうちょっとです。
新たに得たレシピはそこそこですね。
やはりここは進化後に期待でしょうか。
もっともっと複雑な『魔術紋様』を期待したいです。
それこそ『魔法ペン』でも描き終わるのにたっぷりと時間が必要なほどの超大作を希望したいですね!
『畑で育てる魔術講座』の5巻を読み終わった所でついにLv100達成です。
意外とかかりました。
でもこれで進化条件はクリアです。
さぁ進化させましょう!
……と思ったのですが、何やら条件を満たしたのか派生が発生していますね。
『解読』のスキルが取得可能になっています。
必要なSPは10。
『魔術言語』の進化に必要なSPは15です。
残っているSPは29。
はい、取得決定です。
『魔術言語』のおかげである程度読めるようになっている『魔術紋様』ではありますが、未だに読めない部分は多いです。
もしかしたら『解読』のスキルがあればさらに読み進める事が出来るのではないでしょうか。
何せこのタイミングでの派生ですからね。そりゃ期待しちゃいますよ。
ではさっそくですが、今ある本から読み返してみましょう。
進化してどれほど変わったのか。
『解読』の影響はどの程度出るのか。
まだまだスキルLvが低いから期待は薄いですが、それでも胸のドキドキは抑えられませんよ!
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結論から申し上げましょう。
進化すごい。
……まぁわかってはいたことですけどね。
でもやっぱり進化させたスキルというのはすごいものです。
借りてきた本を読み返して得られたレシピはすでに10個以上です。
しかもその全てが『魔術陣』!
もう私は狂喜乱舞ですよ! 実は読み返し中に1つ、2つと『魔術陣』を描いていちゃってますからね。
我慢できませんでしたー。
そして『解読』なのですが、やはりスキルLvが低いうちはあまり効果がありませんでした。
でも『魔術紋様』を読み進めるうちにパズルのピースがハマるような感触が時折あったのは自覚しています。
恐らくこれが『解読』のスキルによる効果なのでしょう。
おかげで得られたレシピもあったりします。
やはり取得して大正解ですね。
ちなみにその得たレシピというのがこれです。
『レシピ/人形製作:木人形獣型・狐』。
『人形製作』のスキルは取得していません。
取得リスト一覧にもありません。
スキルがなければ対応するレシピは使用できません。
でもこれまでの経験と実績から、材料と完成図からある程度の推測はできるものです。
つまりは自作が可能なんです。
もちろん、レシピを使用した方が簡単に出来ますし、時間もかかりません。
複雑なものだったらまず間違いなく製作は不可能だったでしょう。
でもこの『レシピ/人形製作:木人形獣型・狐』はそれほど難しくはありません。
難易度的には初級程度といったところだと思います。
『人形製作』スキルに初級があるのかどうかは知りませんけど。
やはり時間はかかりましたが、完成品はこちら――
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木人形獣型・狐
人形/★5/耐久30
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名前通りに木材から狐を彫り上げて、パーツ毎に糸を通しているんですが背中部分に全ての糸が集まるようになっていて、その背中は大きく開いているんです。
すぐに思いついたのはマリオネットでしょうか。
姫ちゃんが愛用している『魔導糸手袋』なんかで出来そうな気がします。
試しに1つ製作してチャレンジしてみました。
……はい、姫ちゃんの偉大さを十分に実感した次第であります。
集まっている糸の総数は前足後ろ足と尻尾と頭で6本なのですが、これがまた難しい。
一体どうやったら個別に動かせるんでしょう。
ちょっと理解に苦しみますね。
まぁこうなるだろうとは思っていたので、姫ちゃん大先生にはすでに『メール』済みです。
もうすぐ来るそうなので、それまではこの子は保留ですね。
ちなみに瞳には加工したアメジストを嵌めこんでいて、円な瞳が大変可愛らしいです。
そうだ、ついでに毛皮でコーティングとかしてみたらいいんじゃないですかね!
このままではただの木材を削っただけの人形ですから、もふもふではありません。
特に尻尾が頂けません。
狐の毛皮はなかったけど、『ララビット』などの毛皮があったはずです。
『ローウルフ』や『ウォードッグ』の毛皮はゴワゴワしすぎて触り心地が悪いから却下ですね。
あは、楽しくなってきましたよー!




