50 『Works』
楽しかった修行も終わってしまいました。
ログアウトの都合上、修行終了から日を跨いでケデリックさんにクエスト完了を伝えると、工房への出入りは今後も自由に行っていいと言ってもらえました。
どうやら親方さんだけではなく、お弟子さんからも嘆願されたらしいです。
納品も毎回きちんと行っていましたし、親方さんからの修行の経過報告でも素晴らしい才能の持ち主だと絶賛されていたそうです。ちょっと恥ずかしいです。
そんなわけで「今後も何かしら依頼をするかもしれない」と、笑顔で握手をしている間に言われてしまいました。
……とてもではないですけど、これは断れないですね。
さすがは大店の商会長です。
ですがその後に持たされた紹介状はとても助かるものでした。
なんと個人用の生産施設を斡旋してもらえたのです。
中級は鍛冶設備だけ導入する予定だったとはいえ、ケデリックさんの紹介状のおかげで色々とスムーズに進むことは間違いありません。
なんともありがたいことですが、反面どんな依頼が舞い込むのかちょっと怖いのも事実です。
でももう受け取ってしまったわけですし、ここは1つ全力で有効活用する方向で行きましょう。
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さて遂に個人生産設備の導入及び、キープしていた場所の購入です。
でもその前にいい加減決めて欲しい案件もあったりします。
それは我らが『クラン』――『Works』の『クランマスター』――リラルル・ララルさんこと甘ロリさんのお店の件です。
そう、実は甘ロリさんの『クラン』が遂に設立されたのです。
設立に際して、『クラン』加入が確定していたメンバーは全員立会、その場で軽い交流会なども行われました。
女子会へのお土産によく持ってきてくれたお菓子を作ってくれていたお菓子担当――るーるーさん。
長身でいつでもコック帽にコックコートという見た目はとても格好いい女性です。
でも口下手で恥ずかしがり屋さんなのがとても可愛い人です。
武器を専門に製作しているムキムキマッチョな職人肌――向田さん。
この人もあまり口数は多い方ではないですが、お互いに製作した武器を見せ合ったら無言で握手を求められました。
よくわかりませんが、良い人のようです。
常に何かを喋っている『錬金術』を専門にしている双子――ミーとムー。
甘ロリさんとあまり変わらない低身長ですが、この子達は歳相応ということらしいです。
そして特徴的なのが常に喋っている点。
双子なので二重に聞こえる連携でマシンガントークを繰り出してくるのです。
それはもうすごいものです。私なんて何も言わせてもらえませんでした。
2人で喋って2人で完結しているくらいです。
でも甘ロリさんはそんな2人に割って入って普通にしゃべっています。
侮りがたし甘ロリさん。
今のところ私と甘ロリさんを含めた6人が『クラン』――『Works』のメンバーです。
有望な開拓者は順次勧誘するらしいですが、これからは加入する際はみんなの意見も参考にすると言われています。
ちなみにお店を持っているのは私だけでした。
今のところみんな露店やNPC店舗への委託などで販売を行っているそうです。
NPC店舗への委託販売は私が修行していた時に納品していたやり方とは少し違い、手数料を払う代わりに店舗でこちらが決めた額で商品を販売してもらうやり方のようです。
ただこの場合は『商人』などのスキルへの経験値が入らないみたいですけどね。
その代わり販売の手間が省ける感じです。
みんな出来ればお店を持ちたいということで、実績のある私に色々と話を聞いていきました。
私もこの程度なら特に問題もないので問われるがままに答えていきましたが、そこで一緒に物件探しまでした甘ロリさんに矛先が向いたわけです。
一緒に不動産屋さんに行ったのはもう『現実時間』で数日前。
『ゲーム内時間』ではその3倍にもなるので1週間以上が経過しています。
資金面では問題ない物件に絞ってありましたし、他の条件も大体はクリアしていたはずです。
『クラン』の設立もこうして完了したわけですし、そろそろどうなったか気になるわけですよ。
契約には一緒に行くと約束しているわけですから。
「ぁ、ぃぇ~その~……まだちょっと~……」
でもこの話題になると、なんとも歯切れの悪い返事しか返ってこないわけです。
これは恐らく物件選びで迷っているのではなく、不動産屋さんに行くのが嫌なんでしょうね。
おもいっきり目が泳いでいますよ。
「そんなに不動産屋さんが怖いんですか?」
「はぅ! そ、ソンナコトナイデスヨ~」
率直に聞いてみればビンゴのご様子。
今度は鳴らない口笛を吹き始めましたよ。リアクションが古すぎないですかねこの人。
「ララル殿。バケツさんに聞いて確信した。店はいいぞ。
オレは買うぞ、店」
「わたしも欲しいなぁ……お店」
「ボク達も欲しい! でも資金不足が否めないかなー。でも」
「「借りれば安い!」」
「ポーションガンガン作ってガンガン売れば」
「「万事解決!」」
「状態異常回復系はまだLv不足なんだよねー。毒すら直せないとか厳しいよー。でもスキルで対応するにも時間が必要だし――」
みんなが集まってきてそれぞれお店に対する意見を述べていましたが、双子のマシンガントークが始まってしまったので結局有耶無耶になってしまいました。
結局その日は詳しい話は聞けませんでしたが、後日女子会で聞き出すことにしました。
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警戒して女子会への参加は見合わせるかと思ったのですが、特にそういうこともなく楽しそうにやってきたところで、ミカちゃんと姫ちゃんにも協力してもらって逃げ場を塞ぎました。
半ば強引に聞き出そうとした事は反省していますが、いつまで経っても話が進みませんし、一度は不動産屋さんに行けているわけですから、そう深刻なトラウマというわけでもないでしょう。
「実は……私ですね。昔不動産屋のお兄さんに恋をしまして……それで通っているうちに――」
最初は「おぉ! 恋愛話!」、と盛り上がったのですが……。
結果から言えば……なんともコメントに困る重い話でした。
要約すると不動産屋さんのお兄さんに会うために足繁く通い、勧められるがままに契約してしまい、結果として借金をしてしまったらしいのです。
そしてその借金に関してもそのお兄さんの知り合いの金融業者を進められ……あとはまぁよくある話です。
結局お兄さんと金融業者は捕まったらしいですけど、甘ロリさんの心に負った傷は深かったみたいです。
そんな話をされてしまっては無理に不動産屋さんに連れて行くのも憚られます。
でも私達のそんな思いは当の本人の決意表明によって覆されたのでした。
「そうですよ! なんだか聞いてもらってすっきりしました!
いつまでも過去の事で足を引っ張られていては私の名が泣くってもんです!
今日から私はニューリラルル・ララルですよ~!
不動産屋がなんぼのもんじゃ~い!」
なんだかよくわかりませんが、本人がいいというならまぁいいんじゃないでしょうか。
せっかくやる気になっているのですから、私達もそれに乗っかるようにして鼓舞しておきました。
重い話よりはずっとマシですからね!
何より無理やり聞き出したのは私達ですからね……。
……まぁでも実際に契約しに行った時には生まれたての子鹿みたいにプルプルしてましたけど。
それでもなんとか契約は出来たのでよしとしましょう。
頑張りましたね、甘ロリさん! いえ、ニューリラルル・ララルさん!
あ、私もキープしておいた場所を買取、無事増築の依頼と生産施設の購入設置依頼を出してきました。
おかげで総資金の大半を失いましたが後悔はありません。
それどころか完成が待ち遠しくて、もう今からソワソワしまくりです。
増築と設置は『ゲーム内時間』で1日もかからないので、生産作業をしていればすぐに出来上がるでしょう。
今日で【レンタル生産施設】ともお別れですね。
結構長い間お世話になったようなそうでないような。
明日からは私の生産設備で目一杯作業が出来ますよー!
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私のお城第2号は、第1号である『バケツさんのお店 Lily』の斜め後ろにある少し大きめの庭を持つ家です。
でも増築したおかげで庭が大分狭くなってしまいました。
まぁでも別に庭は必要ないので問題ないです。
住居スペースの大半は壁をぶち抜いて生産設備に埋め尽くされています。
これも要望通りなので問題ありません。
【レンタル生産施設】は少しギチギチに詰め込み過ぎなんですよ。
初級の設備ばかりなのでアレで問題ないといえばないのですが、中級以上の設備はスペースが必要になってきます。
実際に中級の鍛冶設備は初級の設備と比べて4倍以上のスペースが必要です。
特に『魔導炉』が大きいんですよね。
でも私は知っています。この『魔導炉』のすごさを。
ケデリック商会の工房でそりゃあもう存分に味わいましたから!
その他の設備は残念ながら初級の物ですが、資金が溜まり次第順次中級設備を設置していく予定です。
そのためにもスペースは大きく取っています。
住居スペースはプレイヤーの私には基本的に必要ないですし、本当は全部生産設備で埋めてもよかったんです。
でもお店の方の休憩スペースが狭すぎて、最近の女子会は誰かの『ルーム』で行うのが常です。
今後のことも考えて広めのリビングを用意しておこうと思うのは当然ですよね。
現状では『クラン』の拠点もありませんので、みんなが集まる際にはどこかのお店で個室を借りるか【開拓者組合】で会議室を借りるかしないといけません。
本来私が用意すべきことではありませんが、拠点が確保できるまでくらいなら使っても別にいいかなとは思いますし。
一通り私のお城第2号を確認し終えれば、さっそく設備の点検兼使用感の確認です。
システム的に変わりはないと思いますが、ここは気にしないでおきましょう。
さぁ、私の生産活動はここからですよー!




