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05 『わかりやすいですよねー』



「あの、すみません」

「はい? あ、いらっしゃいませー」


 チクチクチクチク、縫い物を楽しんでいたら声をかけられたのでニッコリスマイル。

 でもよく考えると『バケツヘルム』はフルフェイス型なので見えなかったね。まぁ雰囲気だけでも感じ取って下さいですよ。


「ちょっとお聞きしたいんですけど……この『カッパーバケツヘルム』の製作者ってあなたでいいんですよね?」

「はい、そうですよー。何かありました?」


 声をかけてきたのは真っ赤な髪に金属の重装備を部分的に身につけて腰に長剣を吊るした青年でした。

 どこか愛嬌のある顔立ちで販売していた『カッパーバケツヘルム』を手に持っている。

 敷き布の上には販売するアイテムが並んでいて、どんなアイテムが売っているかはひと目で判別できる。

 販売リストでも形状の確認などは付属の3Dモデルで細かくできるけど、実際に手にするには買わないといけない。

 これは敷き布上のアイテムも同様。ただし持ち主が許可すれば手に取る事はできる。

 許可した覚えがないので、つまりは初お買い上げがこの青年のようですよ!


 性能なんかは販売リストや販売設定をした時点でそのアイテムにウィンドウがくっついた状態になるので確認できるけど、製作者の名前までは確認できないし何より初見では私の名前もわからない。

 でもこの時期に★3の装備を店舗ではなく露店で安く売っていれば、大抵は製作者イコール販売者の図式は簡単に成り立つはず。


「あ、いえ、クレームとかじゃないんです。というか逆なんです。

 装備してわかったんですけど、コレ、被り心地がかなりいいですよね。

 だからびっくりして」

「あーそうですね。性能には影響ないですけど結構いいですよねそれ」

「はい! βテストではこういうちょっとしたところに手を入れてる人はいなかったので……えっともしよかったらなんですけど」


 なるほど、それで声をかけたってことなのね。

 私としてもお得意様候補が出来るのは願ったり叶ったりだし、性能面以外にも目を向けてくれる人は大歓迎です。


「フレンド登録ですね?」

「ぁ、はい! いいですか?」


 青年の台詞に被せてこちらからフレンド登録を切り出してみればやっぱり正解だったみたいです。

 まぁこの状況から推測されるものなんてそんなに多くないから簡単ですけどね。

 そしてもちろん私の答えは――


「もちろんいいですよー。私としてもお得意様が出来たら嬉しいですからねー。あ、もちろん無理強いするつもりはないので気が向いたらでいいので買ってくださいね」

「はい! よろしくお願いします!」

「こちらこそー」


 フレンド登録はお互いに握手をした状態でメニューからフレンド申請をタッチすると[了承][拒否]と注意事項の書かれたウィンドウが出てくる。

 [了承]をタッチするとフレンド登録は完了。実に簡単です。


 フレンドになると出来る事は登録した相手のログイン状況の確認と『コール』と『メール』の3種類。


 NPC(ノンプレイヤーキャラ)の場合のログイン状況の確認は寝ているとログアウト状態となる。プレイヤーなら言わずもがな。

 『コール』は専用通話を行える機能で、デフォルトでの『コール』の会話は他人には聞こえないようになっている。お手軽な連絡手段だけどフレンド登録をしていないと使えないし、ログアウト状態だと当然繋がらない。

 『メール』は言わずと知れたお手紙機能。ただし画像や動画の他、アイテムなんかも添付して送ることができるとても便利な機能がついていたりする。

 『コール』と違って相手のログイン状況を問わないのも利点の1つ。ただ『メール』で商売をするのは信頼関係がないとちょっと怖い。

 それにどうせなら会って取引したいですからね。


「バケツさん……?」

「はい、バケツさんですよー」

「ゆ、ユニークな名前ですね……」

「わかりやすいですよねー」


 フレンド登録すれば相手の名前もわかるようになるので、さっそく私の名前に驚いている青年――ラッシュさんになんてことはない当たり前ですよ、という雰囲気を出しつつ『バケツヘルム』をコツコツ叩きながらニッコリ微笑む。無論見えないだろうけど。感じるのです。


「あはは……確かにわかりやすいですね。

 ん、ところでバケツさんは『鍛冶』やるんですよね?」

「もちろんですよー。あ、もしかして素材の買取ですか?」

「はい、『銅鉱石』とかあるんですけどどうですか?」


 予想通りに素材の買取要請が来たので喜んで相場通りの値段で購入させてもらった。

 残念ながら所持金はそんなになかったので『カッパーバケツヘルム』の売却金額分だけの買取となってしまったけど、【開拓者組合(ギルド)】で売るよりはマシなので喜んでもらえた。


 【開拓者組合(ギルド)】は開拓者が集まる都合上、素材も大量に集まってくる。

 面倒でも素材の販売先を探す人もいるけど、大半の人はそのまま【開拓者組合(ギルド)】に売ってしまう。

 NPC(ノンプレイヤーキャラ)の店舗でも全部が全部買ってもらえるわけではないですからね。

 でも【開拓者組合(ギルド)】はそういった在庫状況をある程度無視して大量であっても購入してくれる。もちろんデメリットがないわけではない。

 在庫状況をある程度無視してなんでも素材(・・)なら買ってくれる代わりに、相場よりも2,3割安い買取となる。

 手間を取るかお金を取るか、という話なのです。

 ちなみに【開拓者組合(ギルド)】が買い取った素材はそのまま相場の2,3割増しの値段で販売されている。

 高いけど豊富な在庫でいつでも手に入る、というのが素材を購入する際の【開拓者組合(ギルド)】のメリットなのですよ。

 今の私では到底利用する気は起きないですけどね。


「助かりました。それじゃ俺はまた狩りに行ってきます。

 またバケツさんが買い取れる素材が手に入ったらお譲りしますね」

「はーい、こちらこそありがとうございましたー。

 狩り頑張ってくださいねー」


 ラッシュさんからは素材買取の他にもカッパー系装備で★3以上の物が出来たら譲ってほしいともお願いされていたりする。

 もちろん私としても是非もない話なので即了承。

 でもこれは優先販売権をラッシュさんが得たというだけの話で、絶対に買わなければいけないわけではない。

 安くていい装備が売ってたらそっちを買うのは当たり前の話ですからね。


 ラッシュさんが去ったあとはまたのんびりと縫い物の続き……と行きたいところだったけど、いつの間にかお隣に露店を広げていた人に話しかけられた。


「あの~もしよかったらなんですけど……そのクッション売ってもらうわけにはいかないですかね?」

「あ、いいですよー」


 販売リストには入れていなかったけど完成していた素材が1つあったので、カバーと一緒に売ってあげることにしました。

 そもそも売るために作っていたというのもあったので是非もない。


 ――でもそこからが大変でした。


 いつの間にか私の近辺の露店エリアは埋まっていて、他の人達も『座布団クッション』を欲しがったのです。

 でも完成している『座布団クッション』は残念ながら最初の人に売ってしまったのでない。

 そこで素材を持ち込んでくれれば作るという商売を始めてみることにした。

 紙に[座布団クッション(ヌードクッションとカバー)作ります。要素材持ち込み]と書いて売れ残りの『カッパーバケツヘルム』に看板代わりに貼り付けてみた。


 すぐに欲しがった人達はどの素材がどれだけ必要なのか聞いて買いに走り、私はその間に急いで『ヌードクッション』の製作から入る。カバーはすぐ出来ますし。

 もちろん書き忘れていた持ち込むべき素材と量の指定も看板に追加で書き足しておく。


 素材持ち込みにしたのは買っておいた分だけでは欲しがった人達の分まで作れないから。

 ゆっくりのんびり縫っていた時と違って早さを重視しつつも、丁寧な仕事は忘れないように気をつけながら縫っていく。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 最終的に私の近辺にいた7人の露店の店主に合計8個の『座布団クッション』を売ることになった。

 1人だけ大柄な人がいてクッション1つでは足りないということで2個作ってあげたけど、順番待ちが出来ている状況だったので一巡してからの販売でした。

 みんな座り心地がよくなって感謝していたし、全員と何かの縁ということでフレンド登録も交わし終われば忙しい時間は終了です。


 フレンド登録に関しては削除も簡単なので気軽に行える。

 どちらかの登録を削除するともう片方も削除されるのでちょっと気まずい関係になるかもしれないけど、削除まで行くような状況なら今更だと思う。

 まぁ私なら、ですけどね。


 『座布団クッション』の製作が一段落すれば暖かくなった懐事情も相まって素材の買取を始めることに。

 実は『座布団クッション』は1個で『カッパーバケツヘルム』に近いくらいの値段なんです。

 相場情報がなかったので素材の合計に人件費をちょっと足した値段に設定したんですけど、それでもこの値段なのにみんな安いといいつつも買っていってくれました。

 まぁランクも安定の★4だったのも影響していたのかもしれません。


 ゆっくりと『座布団クッション』を縫いつつも素材の買取をしていても『カッパーバケツヘルム』の売れ行きは芳しくない。

 そんなのんびりとした時間を過ごしていれば『ゲーム内時間』はいつの間にか夜タイムに。

 【ふろんてぃあーず】の世界は6時から18時までが昼タイムとなり、18時から6時までは夜タイムとなる。

 それぞれのタイムごとにフィールドエリアのMOB(モンスター)の出現状況が変化するようになっている。

 場所によって様々な変化が起こるので一概に言えないけれど、大抵は夜タイムの方が難易度が高い傾向にある。


 街の中にいる私にも関係ない話ではない。

 何せ今私は露店を開いているのですからね!


 難易度が上がる夜タイムを避けて狩りを終える開拓者が結構多いのです。

 そうして街に戻ってきた開拓者は手に入れた素材を換金し、次の狩りに備えるわけです。

 つまりは書き入れ時!


 私の戦いはこれからだ!

 特に売れ残っている『カッパーバケツヘルム』を買って下さいお願いします何でもしますから!


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