49 『バケツさん! いつでも来てくれよ!』
「リッチ討伐お疲れ様でしたー」
「お疲れ」
「お疲れ様です~」
「くるしゅうないくるしゅうないぞぉ!」
休憩室のテーブルの上には所狭しとたくさんのご馳走が並べられています。
私が音頭を取って乾杯をすると、さっそくミカちゃんは両手にお肉というワイルドな食べ方で楽しみ始めました。
今日はミカちゃんのリッチ討伐祝勝会ですから、多少のことは目をつぶってあげましょう。
「アップされてた動画見ましたよ~。最後の方は阿鼻叫喚でしたね~」
「まったくよー。ユリの『魔術陣』や指輪がなかったらあたしも死に戻ってたしねー」
「危険」
「さすがはリッチってところだよねー。
アンデッドの親玉の面目躍如ってところー?」
リッチ討伐は半分以上お祭り状態だったこともあり、録画していたプレイヤー開拓者も多く、たくさんの討伐動画が掲示板にアップされています。
でもほとんどが最後の大暴れで死に戻っていて、アリミレートさんのラストアタックを撮れていたのはほんの数人だけでした。
それだけにその人達の動画は再生回数が1桁違っていたりします。
特にアリミレートさんのラストアタックを偶然にも最初から最後までしっかりと撮れた動画は群を抜いています。
今やアリミレートさんは一躍時の人です。
今行っている個人的な祝勝会の前には【開拓者組合】で大規模な祝勝会が開かれ、アリミレートさんは討伐隊の代表みたいな感じになっていたそうです。
【開拓者組合】主催のクエストなので、本来の代表は【開拓者組合】なのですがまぁそこはラストアタックを決めた功労者ということで。
実際にあのラストアタックがなければ全滅していた可能性も高いのですから。
「でもこれで街道が使えるようになったわけですけど、先に進むんですか~?」
「んー……一応街だけは見てくる予定になってるよ。
でもNPCの話だとMOBの強さや素材は大して変わらないんだって。
他のゲームみたいにスタート地点から遠い場所ほど強いMOBや貴重な素材が手に入るわけじゃないからね」
「姫ちゃんに期待だよねー」
「ん。任せて」
「期待してるぞー姫ー。
そういえば異変を一個解決したおかげなのか、神殿のゲートが使えるようになったって言ってたよ」
「えっ、なにそれ!」
「あ~掲示板でも騒がれてましたね~」
「どれどれー」
昨夜、私がアイアン系装備の製作に邁進している間にどうやらちょっとした出来事があったみたいです。
神殿には各地と【ザブリナ王国】を繋ぐゲートと呼ばれる転移門があるそうです。
異変のせいで使えなくなっていたそのゲートは、今回のリッチ討伐により復帰したようなんです。
どうやらリッチからドロップした巨大な『魔石』を使っているみたいですが、詳しいところはよくわかりません。
掲示板でもその辺は明らかにされていないですし、ゲートの使用が可能になっというのも【開拓者組合】発表のようですから。
何はともあれ、遠くの場所に一瞬で移動できるゲートが使えるのは色々と捗ることでしょう。
でも私には当分は関係なさそうです。
何せこのゲート、個人で使用するには使用料金として『魔石』がいくつかと、飛ぶ場所に一度でも行っていないといけないのです。
【首都サブリナ】から出たこともない私では飛べる場所がないので意味が無いわけですね。
まぁ他の場所から素材を持ち帰ってくれるでしょうから、その辺は期待したいところです。
問題は大きな街の周辺では【首都サブリナ】と大して難易度も素材も変わらないということでしょうか。
それでも【首都サブリナ】と違って他の街には特産があるみたいですから、その辺に期待したいところです。
でもミカちゃんが言うように最終的にはどれだけ魔樹を伐採し、開拓出来るかが鍵ですから、他の街は見学程度に留めて戻ってくる開拓者が多いみたいですけどね。
ここには姫ちゃんというイベントランキングトップ候補がいるわけですからね!
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
店員さん達が出勤する時間までたっぷりと飲んで食べての大騒ぎでした。
甘ロリさん以外はみんな未成年ですからお酒はありません。
甘ロリさんもお酒はあんまり好きじゃないみたいで、結局アルコールの類は1つもありませんでしたが雰囲気に酔ったのかミカちゃんが脱ぎだしたり、姫ちゃんが甘ロリさんの新作でファッションショーをし始めたりととても楽しかったです。
「じゃああたしは街まで行ってくるよ!
お土産楽しみにしてなー!」
「ん。楽しみ」
「鉱石類で面白そうなのあったらよろしくねー」
「あ、私は布とか毛皮とかで~」
「あいよー。じゃあまたねぇ」
開放された街道にはさっそく交易用の馬車が出るそうです。
ミカちゃん達のPTはその護衛のクエストを受けているそうで、祝勝会の後に慌ただしく出発していきました。
ちなみにゲートを使った交易は『魔石』の費用を考えると、例え『鞄』に出来る限り詰め込んできてもあまり実用的ではないみたいです。
護衛を雇って時間をかけてでも馬車で輸送した方が安く済むのであれば、商人ならそちらを選ぶでしょうね。
街道は維持のために魔樹伐採要員が常駐することになります。
護衛も不測の事態に対応するだけの保険のようなものなので、危険もほとんどないみたいです。
まぁ異変のような前例があるので絶対とはいえませんけどね。
ちなみにすでに【開拓者組合】によって街道の状況は確認してあったりするそうです。
ゲートがあるとはいえ、交易の要は街道ですからね。
その利益もバカにできないものがあるはずです。
ミカちゃんが出発したあとは私のログアウト時間ということもあり、各自その場で解散です。
甘ロリさんは物件の事で相談したそうでしたが、ファッションショーの合間に話しましたよね?
これ以上何を相談するんでしょうか。
契約するときは付き添いをしてあげるという約束もしましたし、ログアウト時間ですので解散ですよー?
名残惜しそうに何度もこちらを振り返る甘ロリさんに苦笑しつつ見送ってあげました。
本当に不動産屋さんで過去に何があったのでしょうね?
さて時間も差し迫ってますのでログアウトです。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
夕ご飯など諸々を済ませてログインすればさっそく修行に行きましょう。
すでに『ゲーム内時間』は昼タイムの12時です。
工房ではお昼ご飯中のはずです。
今からでは私の分はなさそうですし、露店で買って道中で食べてしまいましょう。
工房に着けば案の定お昼ごはんは終わっています。
腹ごなしの休憩が終わったら修行開始ですね。
「親方さん、皆さん、こんにちはー!」
「おう、きたか! もう少ししたら始めるぞ!」
「はい!」
今日は就寝時間までたっぷりと修行が出来ます。
納品分のアイアン系装備をさくっと製作してめいっぱい修行に励むとしましょうかね。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
この数日間は工房での修行、個人施設設置資金集めのためのアイアン系装備製作、たまに女子会で、あっという間に過ぎて行きました。
甘ロリさんは結局物件選びで時間がかかり、未だに契約に踏み出せていません。
ミカちゃんは次の日には帰ってきましたが、お土産がとても残念なタペストリーでした。
どうやら特産といっても【首都サブリナ】近辺でも取れるような素材ばかりで、微妙だったのでこの残念なタペストリーにしたみたいです。
ウケ狙いだったみたいですけど、見事に滑ってました。
姫ちゃんはここ数日ずっと伐採作業を続けており、イベントランキングでは不動のトップです。
2位との差がすでに倍近くになっていたりするのが恐ろしいです。
その2位の人も同じ『クラン』の人だという話ですし。
でもそのおかげもあってもうすぐ新しいエリアの開拓が出来そうという話です。楽しみですね!
そして私は工房での修行も最終日となりました。
この数日で稼いだ資金でキープしていた場所も正式に買い取った上で、中級設備を設置できる額に達しました。
修行中にレシピ化した数も結構な数になっています。
親方さんも本来はもっと少ない数で修行を終えるはずだったらしいのです。
でも私の成長が楽しくて止められなかったそうです。
お弟子さん達にも最初の頃は嫉妬の視線をぶつけられていましたが、今では私の腕を認めてくれてすっかり仲良くなりました。
「親方さん!」
「……うむ! 完璧だ! くぅ! 仕方ねぇ! これで修行は完了だ!
もうわしが教えられるレシピはねぇ!
だがお前さんはわしの弟子だ! いつでもここにこい! 大歓迎だ!」
「バケツさん! いつでも来てくれよ!」
「待ってるぜ!」
「いっそここで一緒に働こうぜ!」
「馬鹿野郎! バケツさんにはバケツさんの店があるんだ! 引き止めるんじゃねぇ!」
「だが俺達は同じ親方の弟子だ! 例え店が違ってもそれは変わりねぇ!」
「はい! また来ます!
その時は親方さんや皆さんを唸らせるすごいものを作ってきますよ!」
「言ってくれるじゃねぇか! 兄弟子として負けるわけにはいかねぇ!」
「さぁ今日はわしのおごりだ! パアッと行くぞ!」
「「「応!」」」
最後まで賑やかを通り越して、物理的に耳が痛くなりそうな喧騒に満ち溢れた楽しい修行でした。
このクエストを受けて本当によかったです。
レシピだけじゃなく、とてもAIとは思えないほどに生き生きした皆さんとも出会えましたからね!
親方さん、お弟子さんの皆さん、ありがとうございましたー!




