48 『足をぶらぶらさせて』
盛り上がっていた工房内ですが、それはソレ。
いつまでも仕事を放り出して置くわけには行きません。
親方さんの号令一下。あっという間に先ほどの喧騒が金属を叩く音に取って代わっていました。
こういうところプロですよね。すごいです。
でも私はそろそろ時間なのでこれでお暇です。
親方さんやお弟子さん達に挨拶をしたらログアウトしました。
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お昼ご飯など諸々を済ませてログインです。
工房は残念ながらもう閉まっています。
ですが今日はこれから約束があるので【レンタル生産施設】ではなく、お店の方に直行です。
お店に着くとすでに相手の方はきていました。
なんだかソワソワして落ち着かない様子ですね。そこまで緊張することでしょうか。
「ぁ、バケツさん~! こんばんは~!」
「こんばんはー。早いですねー。まだ時間まで20分くらいありますよー?」
「だ、だって、不動産屋ですよ!? 落ち着きませんよ~!」
そわそわしながら待っていたのは甘ロリさんです。
しかしこの人にとっての不動産屋さんはいったいどれだけ格式高い場所なのでしょう。
これから行く不動産屋さんはこじんまりとしたところなんですけど……。
「まぁ……まずはどんな物件があるのか下調べだけですし、そこまで緊張しないでもいいと思いますよー?」
「そ、そうなんですけど~……だってほら不動産屋ですよ!?
騙されたり、転がされたり、借金が! 借金がぁ!」
ちょっと甘ロリさんのテンパリ具合が意味不明です。
このまま連れて行くと危険な香りがするので一端お店で落ち着かせることにしましょう。
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「はふぅ~……」
「落ち着きましたー?」
「うぅ……ごめんなさい~、落ち着きました~」
露店で売っていたプレイヤーメイドのミルクティーを出して少し時間をあげれば、なんとか落ち着いたようです。
それにしても何か不動産屋さんにトラウマでもあるのでしょうか。
もうあまり時間もないので詳しくは聞きませんが、いつか聞き出してあげましょう。
「じゃあ行きますかー」
「は、はい! がんばりますよ~!」
「いや別にそこまで気合を入れる必要は……」
先ほどの意味不明なテンパリ具合は大分解消されていますが、それでもやっぱりまだ変な緊張は残っているみたいです。
あのミルクティー結構美味しくて、ホッとするんだけど、あんまり効果はなかったみたいですね。私は好きなんだけどなー。
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私がお店を借りた時に使った不動産屋さんに到着しました。
不動産屋さんに近づくに連れて甘ロリさんの緊張具合が高まっていくのが手に取るように分かります。
最終的には右手と右足が、左手と左足が一緒に前に出る謎現象まで起こっていたくらいですからね。
一端店の前で深呼吸を何度かさせて、多少はマシにしてからじゃないと中に入れないくらいでした。
……ほんとあなたにとって不動産屋さんとは一体なんなんですか。
今日の私は基本的に付き添いです。
個人生産施設の場所はキープしてありますし、あそこ以上に良い立地となると手がでなくなるでしょうから、完全に甘ロリさんがメインです。
その甘ロリさん本人はガッチガチに緊張していて担当の人も苦笑いです。
何を聞いても「はひぃ」としか言わないロボットになっているので、仕方なく私が色々と代行することになりました。
物件としては私のお店よりも倍くらい広いスペースが欲しいところです。
それでいて値段や立地条件など様々な制約があるので、どうしても候補というのは絞られます。
というかそれでもいくつか候補があるのですからすごいですよね。
空き家が多いんでしょうか……。
「あ、ここ……」
「そこですと、仰られた条件には少し足りませんが、立地としては悪く無いと思いまして候補に残してあります」
「ほらほら甘ロリさん、見てみて。これ私のお店の隣だよ?
広さはちょっと足りないけど悪くはないんじゃない?」
「はひぃ~」
「うちが重装で、隣が軽装とかPT単位で買いに来るなら楽になるんじゃないかなー。
前に要望で軽装も販売できないかって言われてたしー」
「はひぃ」
「『クラン』でこの辺全部買い占めてお店出したり出来たら面白いよねー。
あ、でも被る項目もあるし、難しいかなー」
「はひぃぃ」
「あ、でもこっちもいいなー。
ほらほらこっちなんて結構――」
はひぃロボと化した甘ロリさんそっちのけで楽しんでいましたが、やることはちゃんとやりましたよ?
事前に話し合っていた条件を元に最終的な見学候補まで絞って見学もしてきました。
まぁ、見学した数も少なく、近場でもあったのでそれほど時間もかかりませんでしたけど。
おかげで閉店時間までには全部回れました。
あとは物件情報を持ち帰って甘ロリさんが決めるだけです。
もちろんまた後日別の物件を探すという手もありますが、正直今日の彼女を見ているとそれは難しいんじゃないかと思います。
一体どんなトラウマがあったのか……。ほんと謎です。
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「今日はすみませんでした……」
「そんなに謝らないでくださいよー。私は私で楽しかったですし。
それにほら、候補は持ち帰ったわけですから、断るにしろ借りるにしろ前進したじゃないですかー」
「はぃ……」
自分の不甲斐なさに完全に意気消沈してしまっている甘ロリさんですが、まぁ終始はひぃロボでしたからね。仕方ないでしょう。
でも最終的に決めるのは彼女です。色々助言はできるでしょう。
今日みたいに付き添いしてあげるのも、一緒に悩んであげるのもできます。
でもやっぱり決めるのは甘ロリさんなんです。
そこだけは譲れませんよ?
肩をがっくりと落として背中に哀愁を漂わせて去っていく甘ロリさん。
なんというか、小さな愛玩系のはずなのに歳相応のナニカが滲み出ているようで苦笑を禁じ得ません。
何はともあれ、彼女は彼女、私は私ですので、自分の生産施設確保のためにまずは資金集めを頑張りましょう。
差し当たっては他のお店が閉まってしまう前に入って、変装させてもらいましょうかね。
まだ他のプレイヤーメイドのアイアン系装備は露店で見かけませんからね。
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ひたすらに製作すること8時間あまり。
いつの間にかホムちゃんの作業が在庫切れで止まっているのにも気づかないくらいに熱中していました。
いけませんいけません。足をぶらぶらさせて、マナちゃんと戯れているホムちゃんが可愛かったです。
……ではなく、常時展開型のマナちゃん達以外はちゃんと作業をさせないと『召喚』に入る経験値が少なくなってしまいますからね。
まぁでも在庫がなくなってしまっていたので、結果的にはホムちゃんは交代の選択肢しかないわけでしたが、
Lvが半分になってしまうと出来る製作が限られてしまうのが辛いですね。
それでも出来る限りの事はさせているのですけど。
まぁ時間もちょうどいいのでこの辺で終わりです。
アイアン系装備も普段よりは多めに製作したので、【開拓者組合】での評価査定に少し時間を取られるでしょうから早めに行っておきたいところです。
ブログに情報をアップしたら、ホムちゃんを送還して変装して出発です。
もう2時間もしたら夜タイムが終わりますが、大通りは活気があります。
通りの端には露店がたくさん並んでいます。
ですが最近になって少しずつですが、露店にも変化が出ています。
ただ露店用の布を敷いて販売していただけだったものが、机になっていたり、片手で数えられる程度の数ですが、屋台のような移動式のものまで出ています。
売っているものも様々ですが、屋台では料理が多いですね。
その場で作って販売していますので出来立てほやほやを食べることが出来ます。
『鞄』内に入れておけば時間経過は緩やかになるとはいえ、1日もすればさすがに熱いものは冷めてしまいますし、冷たいものはぬるくなります。
まぁ私は基本的に時間を多少置いても問題ないものを購入していますし、割りと頻繁に買いに来ているので大した問題にはなっていませんけどね。
でも遠出をする開拓者にとっては割りと深刻な問題になっていたりするようです。
『空腹度』や『渇水度』の実装で、あまり需要がなかった料理が陽の目をみることになり、結果として頻繁に食事をするようになると、効果にばかり目がいっていたのが味などにも注目するようになったのです。
毎回摂る必要がある食事が不味かったりするよりは、美味しい方がいいのは当たり前ですよね。
掲示板でもその辺が騒がれていたりして、現在どうにかして保温出来るものを製作しようとする動きが活発になっているそうです。
魔法瓶とかですかねー。魔法のある世界で魔法瓶というのも面白いですけど。
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日々賑わいを増す【開拓者組合】で評価査定を済ませると、さっそくお店に向かいます。
途中で裏手の少し広めの敷地を持つ、あのキープしてある物件をチラッと見てきました。
早く欲しいですねー。
お店に着くとすでに休憩スペースでは待ち人が。
もちろん事前にアポイントメントは取ってあったりしますので不法侵入ではありませんよ。
「おは」
「おはよう、姫ちゃん。ミカちゃんは?」
「ん。『ルーム』」
「りょうかーい。じゃあ補充してくるからミカちゃん呼んでくれるー?」
「わかった」
そう、今日早めにお店に来たのはリッチ討伐の祝勝会を行うためなんです。
店員さん達の出勤までにはまだまだありますからね。
たっぷりとミカちゃんをねぎらってあげましょう。
そのために先ほどの露店で色々と買い込んで来ましたからね!




