45 『キープ、出来ますよね?』
ケデリック商会からのNPCクエストはアイアン系装備の納品を行う代わりに、専属鍛冶師であるメルリゲントさん――親方さんに直接修行をつけてもらうというものです。
工房の中には初めて見る中級と上級の鍛冶設備があります。
もちろん【レンタル生産施設】でいつも使っている初級の設備もありますので、まず私の腕を見たいということですので普段通りに初級の設備を使うことにしましょう。
ここで無理をして使ったこともない中級や、まして扱えるかどうかも不明な上級の設備を使って失敗でもしたらクエストが中断、あるいは失敗しかねません。
失敗条件が明確に示されていないので、そういうところにも気を遣う必要があるのですよ。
製作する装備は『アイアンバケツヘルム』です。
オリジナルレシピ化も済んでいる私のトレードマークですね。
ランクも安定の★3です。
まだ★4にはならないです。あれだけ大量に作っていてもこれですから、どれだけ『鍛冶・改』のLvの上がりが悪いのかがわかるってものです。
「ほう! オリジナルか! 大したもんだ!
ランクも問題ない! アイアンでこれなら十分合格だ!
むしろうちのバカ弟子達にも見習わせたいもんだ!」
「ありがとうございますー!」
親方さんの大声が工房内に響いていますが、回りで作業をしているお弟子さん達の手は止まりません。
まぁでもチラチラとこちらを見ていくのは仕方ないでしょうね。
商会長の依頼とはいえ、突然やってきたバケツを被った女の子の方が自分たちより腕がいいと言われて気分がいい人はいないでしょう。
まぁでも残念ながらこの工房は完全に実力主義なようです。
チラ見はしてもそれだけですね。
「よし! じゃあまずはわしがいくつか制作するからそれを手本にレシピ化を目指すがいい!
設備はそうだな! 上級はまだ無理だろう!
だが初級はすでに卒業だ! 中級で鍛えるがいい!」
「はい!」
「それと納品分の製作も忘れるなよ!」
「わかりましたー!」
親方さんの作業風景を目に焼き付けます。
いきなりレシピが貰えるなんて当然思ってませんでしたが、まさか報酬ではなくレシピ化するまで製作することになるとは思ってませんでした。
でも工房での作業する分は材料は工房持ちですし、設備もいいものが使えます。
道具類も工房のものが使えるので、今まで自分が使っていた『初級鍛冶セット・改』よりは確実によいものです。
その分、製作したものは全て親方さんを通して持ち帰りか工房で引き取るかが決まるみたいです。
なので勝手に全部持って帰るなんていうことは出来ません。
持ち込み素材の場合は持ち帰っていいみたいですが、親方さんにちゃんと話を通しておかないといけません。
まぁこの辺は設備を無料で使わせてもらうわけですから当たり前ですね。
本来なら数百万ニルもする設備なんですから。
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親方さんの作業もお世辞にも早いとは言えません。
やはりこれが女神様の祝福の度合いの違いというものでしょう。
でも丁寧でいて豪快で、時に繊細、時に荒々しく。
見ているだけで参考になります。
当然完成した品の性能は素晴らしいものです。
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ブロンズライトサークレット
頭/重装/★6/DEF+11 MATK+7 CRT+6/クリティカル強化・微 魔法攻撃力強化・微/耐久30
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当然見たこともないレシピですし、さすがの『ダブルオプション』です。
「あちゃー。つい張り切っちまってやっちまった!
これは店には出せねぇ!」
「えぇ!?」
話を聞くと、店に出す商品には厳密な規格があり、『オプション品』は規格外となるためオークションなどに回されるそうです。
NPC店舗に『オプション品』がないのはこういう理由だったのですね。
でも掲示板でもオークションの話は聞いたことがありません。
その辺を詳しく聞いてみると、オークションに参加できるようになるには【開拓者組合ランク/★5】以上か、同列の資格を有する者のみらしいです。
現在プレイヤー開拓者で【開拓者組合ランク/★5】以上なんて当然いません。
私もまだ【開拓者組合ランク/★4】ですからね。
同列の資格というのも相応の資金力や階級ということなので、【開拓者組合ランク】の方が圧倒的に楽でしょう。
プレイヤー開拓者は元々階級なんて下から数えた方が早いですし、資金だってお店が大繁盛している私ですら、自前の生産設備を揃えるのすら難しいレベルです。
「まぁ見本ならこれでもいいだろう!
とりあえずまずはこれのレシピ化だ!」
「はい!」
見本として渡された『ブロンズライトサークレット』と、先ほどの親方さんの作業風景のおかげで製作すること自体は問題ないはずです。
さぁ頑張って修行しますよー!
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……しかし現実は非情です。
私はログアウトする時間が厳密に定められているので、実際に作業できた時間はそれほど長くはありませんでした。
しかも親方さん達の作業時間も厳格に定められているので、戻ってくる頃には工房も閉まっています。
残念ながら今日の修行はこれで終わりのようです。
でも中級の鍛冶設備と『中級鍛冶セット』を体験できたのはとてもいい勉強になりました。
やはり良い設備というのは素晴らしいですね。
事前に今日修行できる時間を教えていたこともあり、今日分の納品は必要ないそうです。
でも明日からはそうは行きません。
まずは納品分を製作して、それから修行となるでしょう。
ちなみにお店に出す商品になるので、当然規格内に収まるように製作しなければいけません。
今までのような、とにかく今作れる自分の最高のランクではなく、狙ったランクのものを製作しなければいけないのです。
これはこれでなかなか難しいかもしれません。手を抜くのとはまた違ったものですので。
まぁでも今現在のLvを考えれば、納品すべきアイアン系装備は全力で製作しても★3ですので大丈夫でしょう。
設備も初級のものを使えばいいわけですし。
『ゲーム内時間』もちょうどお昼時ということで、親方さんやお弟子さん達と一緒にお昼を頂きました。
クエスト期間中はお昼は無料で用意してもらえるみたいです。
ちなみに今日のメニューは豪快な肉料理でした。
親方さん達の食べっぷりがすごいです。さすがは鍛冶師。肉体労働ですからねー。
まぁプレイヤー開拓者に肉体的な疲れはないので、あんまり関係ないのですけど。
さて、時間も差し迫っているので親方さんやお弟子さん達に大きな声でお礼を行ってから退出です。
明日からは直接工房の方に来るように言われていますし、帰りも同様です。
ケデリックさんは忙しいそうなので、挨拶のためだけに時間をとってもらうのはむしろ失礼でしょう。
親方さんにも必要ないと言われていますので、お店の敷地を出たらログアウトです。
お店の敷地内でもログアウトは可能ですが、ログインしたら敷地外になります。
夜になれば締まっている店舗も多いので、居座られたら堪ったものじゃないですからね。
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昼食など諸々を済ませていると、もうすぐお盆ということで両親から連絡がありました。
今年は皆さん忙しいそうで私に会いに来ることは難しいということでしたが、私も【ふろんてぃあーず】をプレイしたいのでちょうどいいです。
ちなみに私が出向くことは難しいので、会いに来てもらう事が前提ですけどね。
まぁそんなことよりログインです。
『ゲーム内時間』はすでに夜タイムになる18時です。
工房はすでに閉まっている時間ですので、適当なお店に入って変装してから移動を開始しましょうかね。
一端お店に寄ってから【レンタル生産施設】に行こうと思っていたのですが、お店に入ったら店員さんから大事な伝言が。
店舗契約の継続か打ち切りかを不動産屋さんで行わなければいけない時期のようです。
『個人倉庫』の契約と違って、自動更新ではないのでちゃんと手動で行わなければいけません。
すっかり忘れていました。危ない危ない。
不動産屋さんはまだやっていたので、30日延長更新しておきました。
ついでに私のお城の近所で空いている、生産設備が設置できる広さがある場所を探してみました。
意外な事にお店の斜め後ろの土地が空き家となっているみたいです。
そこそこ広い敷地がありますが、生産設備を設置する場合増築しなければいけないなど問題点も少しあります。
値段もお手頃価格ですね。
さすがに買取ですので、お店の30日の契約料と比べたら桁が違いますけど。
でもこの距離なら変装いらずで補充も楽です。
手持ちの資金では当然足りませんが、お店にある資金を使えば問題なく買い取れる額ではあります。
でも生産設備の購入まではとてもではありませんが足りません。
一先ずはキープでしょうか……。キープ、出来ますよね?
出来ました。キープです。
頭金だけ預ける形になるようです。
キャンセルの場合はキャンセル料を取られますが、大部分は返ってくるので気にしないでいいでしょう。
今日鍛冶の中級設備を体験していなければスルーしていたはずです。
それだけ設備の重要性というのは大きいと気づいたのですよ。
あれは使ってみなければわかりません。
ちょっと無理をしてでも入手するべきでしょう。
あぁ……道具のレシピも欲しいです。
どこにあるのでしょうか?
図書館でそれらしい本は粗方読んだと思うんですが……。
とりあえず、今できる事をやりましょう。
まずは購入資金集めのためにアイアン系装備の製作です!
魔青銅系アクセサリーはほどほどにしておきましょう。
利益幅は圧倒的にアイアン系装備の方が上ですからね!
さぁがんばりますよー!




