25 『バケツさんのお店 Lily』
『ユリ……あんたならいつかやると思ってた。でも今かー』
『さすがバケツさん。でもわかってた』
2人共驚いていましたが、私ならいつか製作するだろうとは思っていたようです。その分驚き成分が少なく感じてちょっぴりさびしいです。
全員がフレンド登録をしているという条件がありますが、『コール』を一時的に拡張して複数と話せる機能を使って相談していくと、『ブロンズバケツヘルム:百合』は掲示板に本人証明にチェックを入れた上で宣伝と一緒に情報を載せることにしました。
これ以上ないくらいの目玉商品であり、宣伝となるからです。
私のトレードマークである『バケツヘルム』ということもあり、話題性も抜群です。
ただし、転売を目的とした輩が大量に湧いてくるはずですので、制限は他の装備よりも厳しく行うことにしました。
具体的には『現実時間』で1週間の『取引不可』です。『ゲーム内時間』で3週間分なら十分な時間でしょう。
さっそく掲示板に情報を載せつつ宣伝を行いました。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
残りの製作を続けながら拡散を待っていると、ラッシュさんやアリミレートさん、フレンド登録をした人達から問い合わせが多数届いて作業どころではなくなってしまいました。
フレンド登録した人の数もそこまで膨大ではないので、開店を控えて忙しい旨を『メール』に認め送っておけば、それ以上の問い合わせは自粛してくれたみたいです。
一応問い合わせで一番多かった販売金額や販売タイミングは掲示板に続報として載せておきました。
製作方法などは生産者個人の財産ですので教える必要はありません。
まぁもう一度作れと言われてもたぶん今は無理でしょうけど。
あの不思議な感覚は姫ちゃん曰く、「『ゾーン』に入っていたのではないか」、らしいです。
スポーツ選手なんかが自分のポテンシャルをあますところなく、完全に引き出す事ができる極限の集中状態になることを『ゾーン』に入るというらしいです。
姫ちゃんも入ったことがあるそうです。すごいですね。
ちなみにミカちゃんはありませんでした。
何はともあれ初めての経験ですので、次があるのかすらわかりません。
個人個人で『ゾーン』に入る方法は異なるらしいですし、姫ちゃんのやり方を教えてもらっても私が出来るかどうかは未知数だそうです。
何度か『ゾーン』に入ったことがある姫ちゃんでも、狙って入ることはできないらしいですからね。
最大の目玉商品も確保することが出来、その後の製作も順調に進んで販売する品の数も十分な量を製作し終えました。
あとはこれを評価してもらってからお店に持って行くだけです。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
『ゲーム内時間』6時ちょっと過ぎ。
私の小さなお城――『バケツさんのお店 Lily』の前には長蛇の列ができていました。
一瞬何の行列なのか理解できませんでしたが、並んでる人達が私に気づき声をかけてくれたのでわかりました。
100人くらいは並んでいるのではないでしょうか。
さすがにまだ開店もしていないのにこれほどの人が来てくれるなんて思っていなかっただけに、驚きを通り越して呆れてしまいました。
「『オプション品』楽しみにしてるぜ、バケツさん!」
「『トリプルオプション』のバケツは俺がゲットするぜ!」
「ずいぶん小さい店みたいだけど一度に何人くらい入れるんだ?」
「入店時間の制限とかないとやばくね?」
「アレを今すぐ売ってくれるなら7万ニル出すぞ!」
「馬鹿かよ。あれだけの性能を今すぐ買えるなら7万なんて誰でも出すわ」
「そうだそうだ! ちゃんと抽選待ってろ!」
お店に着くまでにかけられる声に『ブロンズバケツヘルム:百合』の販売方法を抽選にしたのは正解だったと思いました。
でも金額はちょっと安かったみたいですね。相場情報がなかったのでちょっと読み間違えました。
でも開店セール価格ということで自分に言い訳しておきます。
何よりアレのおかげでこうして100人もの行列ができているわけですしね。
「えーと、たくさん並んでくれているようですので後の人のためにも入店制限はつけますね。
販売する物もたくさん用意はしてありますけど、1人でいくつも買われるとすぐなくなってしまうのでその辺も制限させて貰う予定です。
これは掲示板にも書いてますので問題ないですよね。
例の『トリプルオプション品』は予定通り抽選ですので、商品を購入したら貰える抽選券を捨てないようにお願いしますねー」
並んでいる人達に聞こえるように大きな声で答えるとお店に入って準備です。
さっそく入店制限として入店してから15分で強制退去するように設定しておきます。
こういう設定が簡単にできるのもゲームだからこそですね。
『店舗倉庫』に販売品を値段をつけながら収納していれば店員さんの3人が一緒に出勤してきました。
「「「おはようございます、店長」」」
「おはようございますー。今日からよろしくお願いしますねー。
外が見ての通りなので忙しくなると思いますけど、今日から3日は3人でやってもらう予定ですので無理しないように頑張ってくださいー」
「「「はい!」」」
自己紹介はすでに採用時に済ませていますので、それぞれの希望シフトなどを書いた紙を受け取り、私の指示通りに備え付けの棚にさっそく商品の陳列を始めてくれます。
みんな店員経験があるので淀みなく動いてくれるのでとても助かります。
初めての経験なのでわたわたしている私の方がよっぽど動きが悪いくらいです。
『店舗倉庫』に値段をつけて収納した販売品は店員さんが自由に陳列することが出来ます。
例え『製作者以外取引不可』の設定があっても、システム上は『店舗倉庫』の持ち主である私が所有者なので、店員さんでも問題なく販売、陳列できるのです。
陳列と買取素材の設定も済ませ、『トリプルオプション』の抽選券について店員さん達に話し、購入者に渡してくれるように頼んで準備は大体完了です。
抽選会は後日、お店の前でやる予定ですし。
準備が概ね済んだところでミカちゃんと姫ちゃんがやってきてくれました。
2人には記念すべき開店の瞬間に立ち会ってもらう予定でしたので、これで全員が揃ったことになります。
もうすぐ開店時間です。
お店の前にはたくさんの人が並び、今か今かとまっていることでしょう。
ミカちゃん、姫ちゃん、店員さんの3人に頷き、入り口のドアを開けて行列の先頭のお客様を迎え入れます。
「いらっしゃいませー。『バケツさんのお店 Lily』へようこそ!」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
『バケツさんのお店 Lily』開店から『ゲーム内時間』ですでに6日が経ちました。
初日に出来た行列は最終的に200人あまりにもなったそうです。
購入制限をかけていたというのにブロンズ系装備は瞬く間に売れていき、途中で買取した素材で製作しなければ閉店時間までとてもではないですがもたないような状況になっていました。
『オプション品』のブロンズ系装備なんて行列の先頭付近にいた人達で買い占められていましたので、補充した際に運良く手に入れられた人が歓声を上げるほどでした。
2日目以降も初日ほどではありませんが、開店前に行列が出来、あっという間に装備が売れていきました。
3日目には『ブロンズバケツヘルム:百合』の抽選会があり、掲示板で生中継の専用スレが立つほどの大盛況ぶりでした。
抽選は賞品である『ブロンズバケツヘルム:百合』の値段が値段ですので、もしも当たっても支払いが出来ない場合は辞退することもできます。
その他にも当選者がこの場に居なかった場合は5分ほど待って再抽選となります。
どちらも掲示板で事前に告知してあることなので、後からクレームが来ても問題ないでしょう。
そんな念のための対策は結局のところ意味はありませんでした。
当選者はすぐ名乗り出ましたし、支払いも出来ましたので。
『ブロンズバケツヘルム:百合』を手にすることが出来た幸運な探索者は当然知らない人でした。
筋骨隆々のナイスミドルな探索者で、祝福と嫉妬の交じり合った複雑な声を大量に浴びても、本人はそんなことなどどこ吹く風で手を振っていたのでなかなかのハートの持ち主だったようです。
ちなみに販売金額は6万8千ニル。
『オプション』なしの『ブロンズバケツヘルム』で3500ニルですので20倍近い値段ではありますが、掲示板でも安すぎるという意見を大量に頂きました。
有用な『オプション』が1つつけば倍どころか3倍はいくのですから当然だと思います。
でも開店記念の特別な目玉品であり、宣伝目的の方が強かったこともありこの値段です。
もちろん同程度の性能のものが出来たらこんなに安くは売らないときっちり宣言しておいたのでとりあえず大丈夫でしょう。
4日目以降は開店前に行列が出来ることはなくなりましたが、それでも売上も買取も順調です。
まだまだブロンズ系装備の需要は多く、供給の方がまったく追いついていません。
『オプション品』もまだ私の独壇場のようです。
スキルLvの上がりも悪くなってくるのでカッパー系装備の時よりは遅くなるでしょうが、もう少しすれば他の生産者からも製作できる人が出てくるでしょう。
でも、私はその前に一足早くアイアンに進ませてもらいますけどね。
お店を構えて販売と買取を任せることが出来るようになって、私の生産時間は前よりも多くなっています。
もちろん図書館通いも、私の癒やしである『魔術陣』製作も行っていますがそれでも確実にメインとなるのは装備品製作です。
おかげで上がりづらいはずのスキルLvがもりもり上がっていますので、そろそろ『鍛冶』の進化が見えてきました。
しばらくはトップ生産者の地位は揺るがないみたいです。
【ふろんてぃあーず】の本公開から早8日。
『ゲーム内時間』ではすでに22日目になっています。
明後日には第一回目のアップデートを控え、日を増す毎にプレイ者数が増えていっているのは、幾つものスタート地点の1つであるこの【ザブリナ王国】の【首都サブリナ】でも歩いていればすぐにわかるほどです。
中途半端に欠けた部位装備を着こみ、楽しそうに数人で狩り場に向かう開拓者の姿を至る所で見かけますし、大通りの端は露店でうめつくされています。
売っている品物も消耗品だったり、1段階目の装備だったり、2段階目の装備だったりとプレイ状況がわかりやすいですからね。
賑わう南門大通りを歩み、今日も向かう先は私の小さなお城です。
私の製作した装備を買いにたくさんの開拓者が集まる、掲示板でも有名なお店。
『バケツさんのお店 Lily』。
細かい事が大好きな『バケツヘルム』を被ったちょっぴり変わった女の子が私――バケツさんです。




