21 『ひれ伏せー』
図書館が開くまではまだまだ時間があります。
なので買取した素材を使って生産作業に邁進しますよ。
無心になり、『ブロンズインゴット』を大量に作り終わった頃にミカちゃんと姫ちゃんから『メール』が返ってきているのにやっと気付きました。
そういえば【レンタル生産施設】に入る前に店舗販売と甘ロリさんについて送っておいたのでした。
いけないいけない。ついついインゴット製作作業が楽しくて気づけませんでした。
『メール』を送るとすぐに返信があり、ミカちゃん行き付けの個室の借りられるバーで待ち合わせをすることにしました。
2人共狩りを終えて休憩をするところだったそうで、ちょうどいいタイミングです。
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「お待たせー」
「ん」
「聞いたよユリー! ブロンズ安定し始めたんだって?
アイアンもすぐだね! 出来たら速攻連絡だよ!」
「はいはい、まだまだ先の話だよー」
すでに個室でソフトドリンクを飲んでいた2人に合流して、私はミルクティーを注文します。
好きなんですよね、ここのミルクティー。この間来た時に飲んだらハマったのですよ。
「大丈夫大丈夫、ユリの速度ならすぐにアイアンも出来る様になるって」
「ん。バケツさんなら大丈夫」
「まぁ頑張るけどねー。ミカちゃん、本名はやめてね?」
注文を取りに来た店員さんがいるときは自重してくれるミカちゃんですが、私達しかいなくなると面倒なのか本名呼びなんですよね。
「はいはい、バケツさん。仰せのままにー」
「ひれ伏せー」
「……百合のマークを彫り込むとか」
「いい! それいいよ! さすが姫!」
「百合のマーク?」
「ん」
ミカちゃんの適当な返事に苦笑しつつ返すと、姫ちゃんが何やら思いついたというように呟きました。
百合のマークですか……。そんなに難しくはないのですぐにできますね。
「バケツに百合のマークを彫り込めば間違えてユリって呼んでも平気じゃない?」
「あー」
「意匠にもなる」
「なるほど。いいかもしれないねー」
「決まり! ユリの器用さならすぐできるでしょ!」
「まぁねー……どれどれ」
『鞄』から『初級細工セット・改』を取り出して、デフォルメした小さな百合の花を一輪『バケツヘルム』に彫り込んでみました。
所要時間は3分くらいですね。
その間に店員さんが注文を持ってきてくれたりしましたが、特に怒られるようなことはありませんでした。
まぁ削りかすとか出るわけじゃないですからね。ゲームでよかったです。
「どうかなー」
「すごい」
「さすがユリだわ……こんなに簡単に出来るもの?
今だって『アーツ』も何も使ってないでしょ?」
「生産やってればこれくらいは出来るよー」
「まぁユリだしねー。あたしだったら絶対無理」
「ボクも無理」
「あははー」
慣れも多分にあるとは思いますが、『アーツ』やレシピ、施設を使わないなら確かにリアル器用さが必要かもしれません。
褒められて悪い気はしないので素直に嬉しいです。特に仲良しの2人からの手放しの賞賛はとてもいいものです。
これからいいものが出来たら私の意匠として彫り込んでみましょう。
「それでユリ、お店どうするの?」
「あーうん。それなんだよねー。
私としては施設が置ける物件の方がいいのはいいんだけど、すぐには買えないし。繋ぎとして賃貸で販売と人を雇う練習? をしてもいいかなーって」
「あー……ゲームっていっても雇われる人はあのNPCだもんねぇ」
「人と変わらない」
【ふろんてぃあーず】では店舗での販売には人を雇って店員さんをしてもらうことが出来ます。
でも店員さんも高度なAIを積んでいるので、従来のゲームのような扱いはできません。
気にしない人は気にしないでしょうけど、私はそう思わないので人を雇うというものを練習しておきたいんですよね。
「賃貸物件なら最悪一ヶ月で閉めることもできるし」
「練習は大事」
「姫は好きだよね、練習……というか検証」
「ん」
「姫ちゃん今度はどんな検証してたの?」
「構造上の限界を利用した最小力量での拘束」
「姫、難しい。難しいよ……」
「えーとつまりは関節技とか?」
「似たようなもの」
「姫、小さい頃サンボやってたんだっけ? あ、今でも小さいか」
「小さくない」
「ミカちゃんだって小さいじゃん」
「胸の話をするなー!」
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話題があっちこっちに移動して、気づけばバーに来てからすでに2時間は経っていました。
でも楽しかったから別に問題ありません。
まぁ相談したかったことは解決してませんけどそんなもんです。
「さてそろそろ狩り行くかなー。さっきから『メール』なりっぱなしだし」
「ミカちゃんトッププレイヤーだしね」
「ん。私も検証の続き」
「私も生産の続きかな」
楽しい時間は本当にあっという間ですが、私達はそれぞれに好きなことをしているのでお喋りのあとも楽しい時間は続きます。
席を立って個室を出ようとするタイミングで、ミカちゃんが振り返り最後に答えを置いていってくれました。
「ユリは事前に色々準備して対応しようとするのが癖みたいになってるけど、たまには何も考えずに飛び込んでみるのもいいと思うよ。意外となんとかなるし、ダメなら逃げちゃえばいいのよ」
「ボク達も力になる」
「……うん。ありがとね、2人共」
賃貸物件についての話だけではきっとないのでしょう。
甘ロリさんについてのことも含めての発言だと思います。
他ならぬ親友2人からの助言です。
最初から断ることしか頭になかったけど、もうちょっと前向きに考えてあげてもいいかもしれないですね。
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【レンタル生産施設】に戻って個室を借りると、ブロンズ系装備の製作の前にちょっと試しておきたい事をやることします。
実は『鍛冶』はLv50を超えると新しい『アーツ』を取得できます。
その『アーツ』は『鍛冶アーツ/Lv50/追加』。
自身が製作している、またはした物に使用すると何かしらを『追加』して、様々な反応を引き起こす『アーツ』です。
使う物は素材でも設定でも構いません。
素材の場合は『完了処理』前にしか出来ず、何も反応がない場合の方が多いらしいですが、ちゃんと材料を選べば意図的に『オプション』をつけることも可能らしいです。
設定の場合は予め用意されているものを付与していくタイプです。
基本的には制限となる設定ばかりです。
例えば『取引不可』。
これを『追加』すると所有者になった時点で誰にも渡せなくなります。転売対策などですね。
それは製作者も例外ではないのでちょっと微妙な制限です。
ただし、この設定は1つだけしか『追加』できないわけではないので、様々な組み合わせが作れ、それ次第で色んな事ができるのです。
私がよく使いそうなのは、『対象者指定』『取引不可』『時間制限』辺りですかね。
この3つで、『製作者以外24時間取引不可』といった様な制限が作れるのです。
これなら私は販売できますし、買ってすぐに転売はできないようになります。
ただし、便利な代わりに『追加』対象が増えれば増えるほどスキルLvが必要になるといった制限も存在します。
失敗するとランクが低くなり、最悪性能が下がる可能性があるので無理は禁物です。
まぁこれくらいのデメリットはあって当然でしょうね。
試しに狙った『オプション品』を製作するためにカッパー系装備に適切な素材を『追加』してみました。
しかし結果はブロンズ系装備を安定して作り出せるレベルになっても、素材の『追加』は難しいということがわかりました。
なんと失敗してしまったのですから。
出来たのは安定の『物体X』。難しいものです。
ただ設定の『追加』は問題なかったので、素材の『追加』が難しいだけみたいです。
ブロンズ系装備で『オプション品』が出来たら『取引不可』系の複合設定を『追加』してみようと思います。
現状だとブロンズ系装備での『オプション品』はかなり貴重ですからね。転売されたらいやですし。
まぁ★4すらまだできませんけどね!
そのためにもまずはスキルLvを上げる事が第一です。
というわけで残りの『ブロンズインゴット』を使って製作に励むとしますか。




