20 『――つまり私は可愛いのが大好きなんです!』
本日の目玉商品であるブロンズ系装備もなくなってしまいましたが、下取りしたカッパー系装備やその他諸々はまだ残っています。
追加する際に耐久も回復させておいたので、基本的に新品同様なので問題ありません。
それに買取をしないと主要な素材がほとんど残っていないので、本日の露店はもうちょっとつづくのですよ。
とはいってもまだ露店開始から10分と経っていませんが。
まぁのんびり買取作業に従事するとしましょう。
刺繍をしつつのんびり買取をしていると色んな開拓者が素材を売りに来てくれます。
ブロンズ系装備を買っていってくれた人達も、わざわざ素材買取が始まるのを待ってから売りに来てくれたりするのでとても助かります。
ブロンズ系装備の利益幅はカッパー装備に比べてとても大きいので、所持金の増えっぷりが今日だけで倍とはいいませんが、それに近いくらいにはなっています。
元々カッパー系装備などの売上で少しずつ余裕が出来る程度には増えていたのがグッと増えてくれたので、店舗を借れるようになる日もそう遠くないかもしれません。
そろそろ不動産屋さんに足を運んでもいいかもしれませんね。
今ならプレイヤーが群がる前に場所を抑えられそうです。
まぁもちろんNPCにいい場所は抑えられているので一等地はすでにほとんどないはずなんですけどね。
それでも何かの拍子に売りに出されないとも限りませんので、足を運んでみるのは悪くない選択肢でしょう。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
本日の売上の8割くらいを買取に充てたので、拡張した『鞄』の中が結構酷いことになってしまっています。
残念なことに、次の『鞄拡張パック』の入手手段はわかっていません。
βテストでは『鞄拡張パック』の入手手段は1つだけしか見つかっていませんでしたからね。
【開拓者組合ランク】を上げていけば入手できるのか、そうでないのかすらわかっていないので、もう1つの手段として倉庫を借りるのもいい手です。
ちょうど資金には余裕ができていますしね。
「あの~すみません」
素材の買取も十分行ったので店じまいをしようとしたところでお客さんのようです。
買取ならすぐに終わりますし、ちょっとくらいならいいでしょう。
「はいはい、いらっしゃいませー」
「あ、いえ、その買い物ではないんです~」
「では申し訳ないですけど、交渉や製作依頼は受け付けてませんのでー」
そう言ってそそくさと店じまいを進めていくと、話しかけてきた方は涙目になっていました。
平均身長の私よりもずっと小さく、可愛らしい容姿。
くりくりの柔らかそうな髪質に幼い容姿も相まって実に愛玩系です。
着ている装備も『裁縫』の初級レシピにはないふりふり分多めで、明るい甘々ロリータ系ですね。
でも私が知っているレシピにはないものなのでオリジナルでしょうか。
「それではー」
「あ、あのま、待ってください! お話だけでも!」
でも残念。
庇護欲をそそられるだろう見た目と態度ではありますが、私には効きません。
むしろ同性でこの類の態度に惑わされるのはそういうのが好きな人だけでしょう。
あざといアピールは同性にしちゃだめですよ。
「ちょ、ちょっと待って!」
「姫になりたいなら私に絡むのは間違ってますよー」
「そんなつもりはありません!」
近場の不動産屋さんに向かって歩き始めても、甘ロリさんは諦める気がないのか追いかけてくるのでばっさりと切ってみました。
姫プレイというものがあります。
可愛い女の子が男性からちやほやされたり、守ってもらったり、貢いでもらったりして優越感や満足感を得るロールプレイの一種です。
男性側も自身の庇護欲や充足感を得られるらしいWin-Winの関係だそうですが、私にはまったくわからない世界ですね。
なのでそのような世界に私を巻き込んでほしくないものです。
「わ、私は生産者のクランを作りたいんです! 決して姫プレイなんて目指してません!」
「はーそうですかー。クラン勧誘はお断りですー」
「知ってます。掲示板でバケツさんは有名人ですから」
「ではもうお話することはありませんねー」
「あぁ、もう待って下さい! このブラウスもスカートも私のオリジナルなんです! 可愛いでしょう!
私、バケツさんのサロペットに感動したんです!
作業着という実用性の中に隠された可愛さは――」
歩幅の違いで急ぎ足になりつつある甘ロリさんは突如何やら持論を展開し始めました。
正直衣服に対してそんなに思い入れなんてない私には右から入って左に抜けていく程度にしか感じられません。
これが『魔術紋様』のような細かい事への話だったら賛同できるのですけど……。
「――つまり私は可愛いのが大好きなんです!」
「じゃあそういうことでー」
「あ、え、あれ? ちょ、ちょっと待って下さい! 私の話聞いてました!?」
まったく聞いてませんでしたよー。
不動産屋さんについたところで持論の展開が終わったのか、結論のようなものを言い切った彼女をその場に残して店舗に入っていきます。
追いかけてくるかと思いましたが、さすがにNPCの店舗の中にまではこないみたいです。
なんだかよくわからない人でしたね。
「いらっしゃいませ。
本日はどのような物件をお探しでしょうか?」
店員さんに本日の要件を伝えて、甘ロリさんの事はすぐに頭から消し去ることにしました。
さぁいい物件があればいいんですけど。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
結論からいうと賃貸物件なら今すぐにでも借りられる場所はありました。
ただし、純粋に販売買取するだけの店舗であり生産をするのは無理でした。
生産施設兼店舗となると、賃貸では無理で買取しなければいけないらしいです。
まだ【レンタル生産施設】で十分に生産が可能ですので、施設なしでも問題ないといえばないですね。
店員さんも雇えばいいですし、作った装備を評価してもらったらお店に並べるといった感じでやれば露店を開くより楽になります。店員さんに買取をお願いすることも可能ですし。
というかそういう商売形式が【ふろんてぃあーず】では基本ですので問題なさげです。
私が直接販売買い取りをしなくても、自分の店舗での商売であれば『商人』スキルには経験値が入ってくるのでスキル育成にもデメリットはありません。
もちろん自分でやった方が早く育つのは当然ですが、そこまで『商人』スキルは必要でもないので問題はないでしょう。
いずれは【レンタル生産施設】よりも上の施設が欲しくなるので、贅沢を言えば自分の施設を設置できる店舗が欲しいですが、まず資金面の問題があります。
店舗代だけじゃなく、施設を設置する代金がこれまた大金です。
とてもではないですが今すぐ手を出せるものではありません。
まぁ今すぐそんな施設を用意してもとてもではないですが扱いきれるものではありませんが。
露店でも問題はありませんが、今日みたいに変な子に絡まれるのも面倒です。
ミカちゃんと姫ちゃんに相談してみましょうかね。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
結構夜遅くまでやっていた不動産屋さんから出ると、まだ甘ロリさんがお店の前で待っていました。
「まだいたんですかー」
「ぁ、やっと出てきた……うぅ寂しかったですよ~。酷いですよ~」
「ではそういうことでー」
「ま、まって! ほんとに! 待ってお願いします何でもしますから~!」
今なんでもするって言いましたよね?
じゃなくて、完全に私の中で面倒事に位置づけされたこの人のそばには一秒でもいたくないのでそそくさと足を動かしますが、必死についてくる甘ロリさんは諦める気ゼロですねこれ。
「少し! 少しでいいので! お話だけでも~!」
「はー。3分だけですよ。それ以上はもう付きまとわないで下さい」
「ぁ……はい! あ、あのですね!」
このままでは製作している間中【レンタル生産施設】の前で待っていそうな気もするので、仕方なく話を聞くことにしました。
直接手をだしてくるわけでもなく、付きまとわれるだけのタイプは【ふろんてぃあーず】でも厄介です。
現実でもストーカーとして立件するのにはもっと明確な被害が出ないとだめですし、非常に面倒くさいです。
甘ロリさん――リラルル・ララルさんが言うには彼女が立ち上げようとしているクランは生産者だけで構成される予定のクランだそうです。
基本的にはソロ活動をメインとし、必要に応じてギブアンドテイクで情報交換や素材のやりとりなんかもしたいという話でした。
話だけ聞く分には普通の生産者なら是非参加したいタイプのクランですが、耳障りのいい情報ばかりですね。
まぁすでに活動しているクランというわけではないので、理想だけが先行しているのでしょうか。
私は特に掲示板でも有名な生産者なので参加して貰えれば箔がつくということでしょうね。
リラルル・ララルさんも馬鹿正直にはそんなことは言わなかったですけど。
「わかりましたー」
「は、はい! じゃ、じゃあ!」
「持ち帰って検討しますねー。それではー」
「ぁ……はい、よろしくお願いします~! ……って待って! フレンド登録もしてないですよ!?」
「あ、バレましたかー」
「ちょっ!?」
私にメリットがあんまり感じられなかったので、面倒になっていたのもあって逃げようとしたら気づかれちゃいました。
仕方なくフレンド登録して時間を置いてから断ることにしますか。




