148 『もう! 集中しすぎですよ~!』
イベントで配布されたレシピは、一番簡単なものならスキルがなくても作れてしまうようなものもあります。
でも、この工房に集ったメンバーは高いスキルLvと腕を持った人たち。
どの国でも生産系プレイヤー開拓者として、トップを張れる人たちなんです。
つまり、製作するものだってそれに見合ったものです。
「ははは! まずひとつ!」
「ハーメルンさんは相変わらず早いですね」
「でも、ランク低いじゃない。早くてもランク低かったら意味ないわよ」
「それを言われるとつらいな! ははは!」
PTを組んでいるとはいっても、製作はそれぞれ別に行います。
一定範囲内にいなければイベントのポイントがつかないだけで、共同制作する必要性はないんですよね。
最初に私が工房主として製作してからは、みんな好きに素材を使って製作に励んでいます。
普段はこんなに賑やかではないので、ちょっと不思議な感じがしますが、やるべきことはかわりません。
まあ、中級の設備や道具なので普段と勝手が微妙に違いますが、これは仕方ないでしょう。
さあ、集中、集中。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「――ツさん、バケツさんってば~!」
「ん? 呼びましたー?」
「呼びましたよ~! もう! 集中しすぎですよ~!」
いけないいけない。
いつもの調子で集中して製作していたら、甘ロリさんが呼びかけていたのにまったく気づきませんでした。
製作中は、『メール』や『コール』も気づかないでスルーすることが多い私です。
今回もご多分に漏れず、体を揺すられるまで気づきませんでした。
悪い癖だとは思っているんですけど、なかなかどうして直らないんですよねー。
「ごめんなさいー。いつもの調子で集中してたのでー」
「それは見てたのでわかりますけど~。それにしてもすごい集中力ですね~。もう三時間も経つのによくそんな集中してられるもんですよ~。あ、休憩ですよ~。みんな集まってますから行きましょ~」
「あ、はい」
あれ? まだ三時間しか経ってない?
でも、甘ロリさんは休憩だって言ってるし、休憩なんでしょう。
普段は三時間程度じゃ休憩いれないんですけど、まあ今日は特別ですしね。
「お待たせしました~」
「いやあ、すごい集中力でしたね」
「まったくだ! 大したものだな!」
休憩用に用意しておいたテーブルまで行くと、そこにはすでに私たち以外全員集まっていました。
甘ロリさんが、るーるーさんから預かっていたお菓子やお茶を出して饗してくれます。
さすが、るーるーさんですね。いつにもまして美味しいです。あ、これ新作ですね。
「美味しいー! これもしかして、『パティシエーる』の新作ですか!?」
「そうですよ~。るーるーさんが張り切って用意してくれたんですよ~」
「やっぱり! 私、ファンなんです!」
「おお~! るーるーさんはやっぱりファン多いですね~」
「アケビは『パティシエーる』のことになるとうるさいからな! まだ日が浅いってのに! ははは!」
「うるさいですよ、ハーメルンさん! そんなことより、るーるーさんは参加されないんでしょうか?」
「ん~。るーるーさんは人見知りが激しいので、ちょっとむずかしいかもしれないですね~」
「そ、そうですかぁ……」
『パティシエーる』はるーるーさんのお店の名前です。
最後のるがひらがななのがポイントですね。
るーるーさんの作るお菓子はとても美味しい上に、ボーナスで付くバフがなかなかのものです。
生産、戦闘問わず人気があり、ファンもかなりの人数にのぼっています。
出身国が違うので、アケビさんがるーるーさんのお菓子を食べたのは最近でしょうが、もうすっかりファンのようですね。
さすが、るーるーさんです。
でも、そのるーるーさんは残念ながら今回のような話には不参加なんですよね。
とても人見知りが激しい人ですので、仕方ありません。
私たち『Works』のメンバーなら普通に話せるんですけど、それ以外となるとなかなか難しいんですよね。
ミカちゃんや姫ちゃんにも、まだまだよそよそしいですし。
「それにしても、これが生産トップの実力ですか。圧倒的ですね……」
「でしょ~! バケツさんはすごいんですよ~! うちの看板ですからね~!」
「まさか生産速度で倍ほども違うとはな! ははは! 参った参った!」
るーるーさんの新作を堪能していれば、話はいつの間にか私のことへと移り変わっていました。
みんなそれぞれ製作したものは、それぞれに割り当てられたスペースに並べてあります。
それを確認してみると、確かに私の作った量は他のメンバーの倍くらいありますね。
ただ、製作するものによっては、完成するまでのスピードも当然変わります。
基本的に私は、自身のスキルLv上げも兼ねているので、難易度の高いものを作っていました。
でも、それは他のメンバーも同じようです。
簡単なものを作ってばかりいては、スキルLvはなかなか上がりませんし、イベントポイントも製作難易度が高いものほどたくさんもらえますからね。
せっかく、PTを組んでもらえるイベントポイントの量が増えているのですから、製作難易度が高くポイント量も多いものを作るのは当然ですよね。
そうなると、皆が作ったものはそれなりに難易度が高く、製作にかかる時間も相応に多くなってくるものになります。
そんな状況下で、私が製作した量は他のメンバーの倍近くにのぼっています。
これには私もびっくりですね。
みんなゆっくり作っていたのでしょうか?
「手は抜いたつもりは毛頭ないんですが、まさかここまで差が出るとは思いませんでした」
「ほんと、驚きだわ。ただログイン時間が長いだけじゃないってことね」
「そうですよ~。それに見てください。バケツさんの制作したもののランクを!」
「おお! 大したものだ! 俺の作ったものよりもランクがふたつ以上も高いじゃないか!」
「ハーメルンさんのはいつものことだからしょうがないとしても、ぼくやアケビさんのランクよりも高くて、さらにはこの速度ですかぁ……自信なくなっちゃいますね」
「さすがだわ」
「あははー」
製作したものは、PTを組んでいることもあって、工房内でなら性能を詳細までみれるようになっています。
それによると、私の製作したものは配布されたイベントレシピの中でも最高難易度のものですが、ランクは★7で安定していますね。
他のメンバーが製作したものは、最高難易度のものもあれば、そのひとつ下の難易度のものなど、色々です。
ですが、ランクは★5が最低で大体は★6が多いようです。
それでいて私が製作した数の半分くらいが、この三時間の成果のようですので、驚くのも無理はない感じですね。
正直なところ、他の生産者の製作速度なんてほとんど知りませんでしたから、私自身も驚きました。
皆が交わす会話を聞いていると、製作速度の他にも、製作中の集中力なども話にあがってきています。
私が悪い癖だと思っていた集中しすぎて周りが見えなくなってしまうことも、こと生産者においては羨ましがられています。
集中力が長く続くと、良いものができやすいということが原因なようですね。
まあ、確かにろくに集中もせずに作ったものよりは、しっかりと集中して作ったものの方がランクは高かったり、性能がいいものができたりしますからね。
それに、またまた知らない情報も聞けました。
どうやら、ここに集まっている生産者としてはトップクラスのメンバーでも、三時間も製作すれば休憩をとらないとつらいらしいのです。
私は六時間くらい連続で製作しっぱなしなんてことも、いつものことなんですけど……。
さらには、兼業しているような生産者になると、平均で一時間程度の製作で休憩をいれるそうです。
初心者ならもっと短いらしいですよ。
おかしいですね。私、最初から長い時間製作していたような気がします。
そのことを話すと、みんな若干引いていました。
「さすがだな! これがトップ生産者か! 勝てる気がしないわい! ははは!」
「バケツさん~。休憩はちゃんとしましょうよ~。お願いですから~!」
「あははー。いやあ、集中しちゃうとついつい忘れちゃうんですよー。それにこれがもう普通になっちゃってますからー」
「ログイン時間が長いだけの廃人かと思ってたのに……そんな……」
「こ、こら、アケビさん! すみません、すみません!」
「あははー。いいんですよー。私のログイン時間が長いのは事実ですしー」
私のログイン時間は確かに普通の人よりもずっと長いです。
ログイン時間が長ければ、それだけスキルLvをあげる時間も長いわけですから、他の人よりも一歩先に行けて当然です。
でも、どうやら私が生産系プレイヤー開拓者でトップの位置にいるのはそれだけではなかったようです。
掲示板でも結構情報収集は欠かさなかったんですけど、こういうことはあまり掲示板にも書かれないことですので見誤っていましたね。
私がトッププレイヤーになれたのは、長いログイン時間の他にも、集中して生産活動を行える時間の長さが大きかったみたいです。
これは結局は個人の資質によるところも大きいので、真似しようとしてもなかなか真似出来ないことでしょう。
まあ、他にもNPCから色々なクエストを受けられたのも大きいでしょうけど。
何せ、そうそうに良い設備が手に入っていましたからね。
実際、この工房においてある中級設備や道具では、★7が限界です。
上級設備や道具が使えれば、★8で安定したものが作れるでしょう。
昨日、練習がてら作ったものが★8で安定していましたので、確実です。
でも、ないものねだりをしても仕方ありません。
それに、運営がわざわざイベントとして用意しただけあり、ひとりで★8のイベントアイテムを製作するよりも、PTを組んで★7を製作した方がイベントポイントはずっと多く入手できました。
自分でも気づかなかった様々なことがわかりましたし、参加して正解でしたね。
褒めてつかわそう、ミカちゃん!




