139 『ふっふ~ん!』
【首都リバス】は、桜並木がとても綺麗な和テイストの国です。
鳥居を潜った先から一直線に並ぶ桜は、満開で素晴らしい景色になっています。
どうやらこの桜は本公開開始からずっと満開のようで、普通の桜とは違うようです。
桜の木は切り倒すことも、枝を折ることもできず、散っている桜の花びらすらアイテム扱いされないという完全に観賞用のもののようです。
ちなみに、桜の木を切り倒そうとすると衛兵に追われるようです。
枝は折れないけどやっぱり衛兵に追われるようです。
なので、せいぜいが散った花びらを集めるくらいしかできません。
素材として使えたら面白そうなんですけどね。
桜と和テイスト以外は、他の国と変わらない【タバリスト皇国】ですが、桜並木以外にも不思議なことに気づきました。
「ふむー? 『魔導糸手袋』装備の人が多くないですか?」
「……え? ……確かに多いですね」
「あれ~? バケツさんにしては珍しいですね。掲示板見なかったんですか~?」
「今回は観光目的だったんで、新鮮さを大事にするために下調べしないできたんですよー。だから桜にもびっくりしましたし、和テイストにもびっくりです」
「なるほど~」
生産者として、主に装備を製作している私ですので、街を歩けば道行く人が装備しているものを無意識のうちに見てしまうものです。職業病の一種ですかね?
観光にきていてもそれは変わらず、無意識に見ていた装備たちの中に『魔導糸手袋』がやけに多いことに気づいたのです。
【ユングスメリス共和国】ではほとんど見かけず、【ザブリナ王国】でも姫ちゃんの影響で使い手が多少増えた程度でした。
ですが、ここ【タバリスト皇国】の【首都リバス】では五人にひとりくらいの割合で見かけるほどです。
使い手が姫ちゃんのように超絶器用な子なら、『魔導糸手袋』もとんでもない強さを発揮しますが、βテストでもピーキー過ぎて無理と言われた装備です。
本公開でも特に使用感に変更はなく、それどころか姫ちゃんの検証の結果から下方修正までされたくらいです。
そんな扱いづらさでは【ふろんてぃあーず】一と思われる装備が、【首都リバス】では流行っている?
姫ちゃんみたいな子が偶然集まったなんて考えづらいですから、きっと何かあるはずです。
「ふっふ~ん! そんなバケツさんには私が教えてあげますよ~」
「あ、掲示板見ますんで大丈夫ですー」
「あ~! あ~! 教えますから~! 普通に教えますから~!」
駅馬車でのモノポリー対決で惨敗を喫したお返しなのか、ドヤ顔の甘ロリさんをからかって遊びながら聞くと、面白いことがわかりました。
どうやら、【タバリスト皇国】では『魔導糸手袋』の補助アイテムとして『魔石球』と呼ばれるアイテムが発見されているみたいです。
『魔石球』は、『魔導糸手袋』から糸を繋ぐと人形限定で操作が簡略化されるようです。
『魔石球』なしで人形を操作する場合、人形の背中などに空いている部分から糸を通し、手足や尻尾、頭などを自分で操作しなければいけません。
姫ちゃんはさらに躍動感溢れる自然な動きもできちゃうくらい器用ですが、普通はとてもではありませんが、まともに操作できません。
動作テストで何度も操作している私もガックガクの動きしかできません。
戦闘に用いる場合は、動物の動きというよりは装備している牙や爪などで斬ったり噛んだりするための、ものすごく不自然な動きしかできないようです。
それでも、お店で販売している人形は結構売れていますので、使用している人はそれなりにいるようです。
でも、【首都リバス】ほどではありません。
甘ロリさんの話を聞いた後に、掲示板で『魔石球』を介した人形の動画を発見して見てみましたが、姫ちゃん並とはいえませんがかなり自然に動かせていました。
あれだけの動きが簡単にできるならば、『魔導糸手袋』が流行っても不思議ではありません。
人形の種類も、私が発見したレシピより明らかに多く、オリジナルのものも結構出回っているみたいです。
その中にはすごく可愛いデザインのものや、格好いいデザインのものも多く、相当気合が入った生産系プレイヤー開拓者がいることがわかります。
そして、『魔導糸手袋』が流行っている原因の一端は、図書館でレシピが手に入るという情報が早期に拡散したことが理由となっているようです。
私は秘匿しましたが、【首都リバス】では早期に掲示板で情報が広まり、多くの生産者が図書館でレシピを入手していたようです。
その結果、どの本でどのレシピが手に入るのか、何のスキルが関係してレシピが入手できるのかなど、様々な検証が行われたようです。
確かに、図書館の本はかなりの数ですからね。
ひとりで独占するよりも、人海戦術で調べた方が結果的には多くの情報が手に入ったかもしれません。
実際に、『魔石球』や人形のレシピなど、多くの情報が広まっていますし。
まあ、この辺は考え方の違いや結果論的な部分にもなるので、特に言及はしないでおきましょう。
『魔導糸手袋』、というか、『魔石球』を介した人形操作が流行っているようですが、姫ちゃんが使っている『魔導人形』に関してはこちらでは使っている人はさっぱりなようです。
ですが、【ザブリナ王国】の掲示板を見た人が【タバリスト皇国】の掲示板に書き込んで情報はかなり広まっているようですね。
レシピ自体は発見されていても不思議ではないですが、おそらく製作できないのでしょう。
私もミーとムーの力を借りてぎりぎりですからね。
さらに、魔改造は完全にふたりの力と変なノリがなければできませんし。
でも、こんなに流行っているということは欲しがる人は相当いると思われます。
また面倒なことにならなければいいのですが。
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「そういえば、『師弟クエスト』受けました~?」
「……受ける気はないです」
「私も受ける気ないですねー」
「やっぱり~。ミー君とムー君は受けて師匠になりたいって言ってましたけど、向田さんは面倒だからパスって言ってましたね~」
「弟子とか募集したら、すごい量がきそうですからねー。今までも設備や道具目的の人がいっぱいいたじゃないですかー」
「……知らない人とか無理です」
「あはは~」
『師弟クエスト』は、大型アップデートで追加された新システムです。
未だに新規プレイヤーの参入が止まらない【ふろんてぃあーず】ですが、さすがに本公開からプレイしている人と新規プレイヤーでは、かなりの差が開いています。
そこで、古参と新規両方にメリットがあり、且つちょうどいい交流にもなるシステムがこの『師弟システム』なのです。
『師弟システム』は、師弟関係になることができるシステムで、『師弟クエスト』をクリアしたものだけが師となれる権限を持ちます。弟子は誰でもなれます。
弟子入りするには、師に直接会って申し込みをして、承諾されれば完了です。
メリットは、『師弟枠』と呼ばれる枠に装備しているスキルをセットすることで、一定範囲内に師と弟子がいれば成長速度にボーナスが入るというものです。
弟子の方がボーナスは多いのですが、師の得られるボーナスも馬鹿にできないものがあるみたいです。
一定範囲内にいないと効果がないので、ボーナスを得るために一緒に行動することが多くなるわけです。
結果的に交流が生まれ、新規プレイヤーに色々教える古参プレイヤーの姿が見られるようになるんでしょう。
公式での告知内容にもそんなことが書いてありました。
今までにも弟子希望の人は何人もいました。
でも、そういった人たちは設備や道具、私が作った中間素材などを目的としていた人ばかりでした。
弟子を取っても私たちにメリットがまったくなかったのもあって、全て拒否していましたが、『師弟システム』ならば師にもメリットがあります。
ただ、私たちは生産系プレイヤー開拓者としてはトップクラスなわけです。
どう考えても弟子なんて募集したら、大変なことになるのは火を見るよりも明らかなのですよ。
だから、そんな面倒なことに自分から首を突っ込む気には到底なれません。
それはそうと、『師弟システム』は残念ながらNPCには適応されず、プレイヤーだけのシステムのようです。
まあ、『師弟クエスト』をクリアしなければ師になれないので、NPCに申し込み自体できませんけど。
直接会わなければ申し込みもできませんし、システム的に常に拒否することも可能です。
ですが、私やるーるーさんのように『師弟クエスト』すら受けるつもりもない人ならさらに関係ないことですけどね。
「ミーとムーが師とかいやだなー」
「あの子たちは結構面倒見いいですよ~?」
「いやー……そういうんじゃなくてですね」
「……わかります」
「ですよねー」
共同制作したり、魔改造したりと、ミーとムーとは色々一緒にやっていますが、あの子たちのマシンガントークは長く聞くと頭が痛くなってきます。
もう少し落ち着いてくれるといいんですけど、あの子たちってまだ小学生なんですよね。無理そうです。
師になりたいのも、面倒見とかそういうんじゃなくて、きっと偉そうにしたいだけなんじゃないですかねー。
「それで、ララルさんは弟子取るんですか?」
「取る予定ですよ~。正直なところ、そろそろ『Works』のメンバーを増やしたいんですよ~」
「そうですねー。結局、ララルさんのお眼鏡に叶う人は現れませんでしたから増やしてないですけど、新しい人は欲しいかもしれないですねー」
「ですよね! ですよね! それでですね! 人柄に問題がなくてもスキルLvがちょっとって人は少しいたので、ならいっそ弟子を解禁して育成してしまえばいいんじゃないかって思ったんですよ~」
「スキルLvはやってればいずれ上がりますしねー。弟子ばかりがメリットがあるわけじゃなくなったことですしー」
『Works』は基本的にソロメインの生産者『クラン』です。
あまりにスキルLvが低すぎるのはどうか、ということで加入条件に一定以上のスキルLvがあります。
たまに、生産したものを物々交換したりすることもありますし、情報を交換することもあります。
スキルLvが低いとギブアンドテイクにならなかったりするので、難しいんですよね。
まあ、大半は甘ロリさんが人柄で却下しているのですけど。
生産系プレイヤー開拓者としては、『Works』に所属しているひとたちは皆トップクラスですからね。
生産物や情報、設備や道具を目当てに加入してくる寄生プレイヤーの排除は必須です。
なので、審査が厳しくなってしまうのは仕方ないことです。
甘ロリさんが全部悪いわけではないのですよ。
むしろ、甘ロリさんはよくやってくれていると思います。
まあ、その結果が今までメンバーが増えていないということになるんですけど。
私としては、ああは言いましたが、メンバーが増えることに関しては別にどちらでもいいと思っています。
面倒事がついてこなければ、ですけど。




