135 『おかげで腰が痛いですけどね』
大型アップデートで早々に新要素の感触を確かめられたのは、きっとこの駅馬車だと思います。
告知されていた追加要素のひとつに、『乗り物の追加及び修正』がありました。
街を走っている駅馬車は、ストレス排除の仕様のおかげでほとんど揺れませんけど、あんまり早くは走れません。
フィールドエリアを走っている馬車については、乗ったことがないのでわかりませんが、掲示板での話を見る限りそれほど早くはないようです。
揺れに関しても問題ないみたいでした。
ですが、今回私たちが乗っている駅馬車はすごいです。
街を走っている駅馬車は徒歩より少し早いくらい、フィールドエリアを走っている馬車がそれよりもう少し早いくらい。
そして、この駅馬車はさらに倍……いえそれ以上かもしれません。
たぶん、時速四十キロくらいでてるんじゃないでしょうか。
普通の馬車の速度を考えれば、驚異的な速度といえるのではないでしょうか。
さらには揺れがほとんどないのです。
地面には小さな石や凹凸もあるんですけどね。ストレス排除の仕様のおかげとはいえ、揺れないのはありがたいです。
ちなみに、掲示板を流し読みしていて発見したのですが、さらに早い特急馬車もあるみたいです。
ゲートという移動手段がある【ふろんてぃあーず】ですが、ゲートはどこにでもあるわけではありません。
初見の場所なんかはゲートがあっても使えませんし、移動手段が増えるのはいいことですね。
街道も、たまにMOBが出るのですが、さすがに解放されたばかりのフィールドエリアの上に、国から人が出されているのでまったく邪魔されずに通行できているようです。
今後は、街道整備とMOB討伐のクエストが、【開拓者組合】に定期的に出されるのでしょうね。
国からのクエストは報酬が高いので人気があります。
特にここは国と国を繋ぐ街道になりますから、報酬がさらに高くても不思議ではありません。
今回の駅馬車の旅は、時間にしておよそ五時間あまり。
さすがに、国が変わるほどの距離ですから時間がかかるみたいです。
途中で一回休憩挟むのですが、それでも相当離れていることになります。
『現実時間』でも一時間以上かかるのですから、乗り物の性能アップは必然ですね。
特急馬車が運行を始めればもっと早く着くようになるでしょうけど、さすがにアップデート直後では運行はしないみたいです。
でも、一度行ってしまえばあとはゲートが使えるようになりますし、たまにはこういう旅もいいですね。
特に私たちは工房に篭って製作ばかりしていますし。
「んー! ずっと座ってばかりだとなんだか肩がこるような気がしますねー」
「……座席狭いですもんね」
「私は平気ですよ~。事務仕事ばかりですから、慣れたもんです」
「おー。さっすが社会人。ぱちぱちー」
「……私は立ち仕事なので……」
「おかげで腰が痛いですけどね~」
「……足がすぐむくんじゃいます」
「まあ今は完全に気のせいですけどねー」
「MOBだ! ……って、もう狩られてら」
腰を叩いたり、足をさすったりしているふたりとともに休憩時間を過ごしていると、MOBが森の方から出てきましたが速攻で倒されていました。
休憩所は特に護衛の数が多いみたいで、数体程度のMOBなら瞬殺されちゃうみたいです。
いち早く発見したのは、同じ駅馬車に乗っていた人みたいですね。
休憩所は森から少し離して作られているのに、森に近い護衛のひとたちより早く気づくあたり、そういう系統のスキルをしっかり鍛えている人なんでしょうね。
系統を絞ってスキルを育てている人たちは、当然突出した性能を誇るようになります。
課金を含めても十一個しかスキルは装備できませんので、そのうちのいくつかを固定していると、専門職のような感じになります。
【ふろんてぃあーず】には、クラスや職などの要素はありませんが、スキル構成次第ではそういったロールプレイも十分に可能になりますからね。
私たちはいわゆる生産者ロールってやつです。
戦闘スキルを一切育てない代わりに生産スキルを特化させている。
その中でも私は重装系装備に。
甘ロリさんは軽装装備に。
るーるーさんはお菓子に。
きっとあのひとは斥候とかスカウトとか、そういったロールなんでしょう。
周りをよくみれば、装備しているものでもそれぞれ特徴がでてきているのがわかります。
オリジナル装備を作れるゲームですからね。
聖騎士みたいな格好いい重装装備で固めているひともいれば、忍者みたいな装備の人もいます。
もちろん、オリジナルではなく既存のレシピを使った装備を装着しているひともいますが、オリジナル装備のひとが増えているのはだんだんと余裕がでてきている証拠ですね。
オリジナル装備は、作れる人が制限されるせいで少し高めですから。
さて、休憩も終わりのようですので馬車に戻るとしましょう。
行程はあと半分です!
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「【ユングスメリス共和国】もあんまり変わりませんね~」
「初期位置での差異をなくすためですかねー?」
「……でも少し丘が多いかも?」
「あ~確かに多いかもしれないですね~。ちょっと見晴らしが悪いです~」
「これって難易度高くなってないですかねー?」
「スキルがあれば問題ないんじゃないですかね~? よくわかりませんけど~」
「問題ないぞ。だがやはりスキルがないと索敵が地味に面倒になる。その代わりこっちでは開拓されたフィールドエリアが索敵系スキルがあればかなり楽になるようだ」
「そうなんですかー」
街道も終わり、遂に【ユングスメリス共和国】に入ると、すでに開拓されたフィールドエリアが目に入ってきました。
【ザブリナ王国】と比べると、丘が少し多いように感じましたが、どうやらみんなそう思ったみたいです。
「ところで、やはり斥候系の方なんですかー?」
「おっと、これは失礼した。『クラン』――『ダンボール』に所属しているスネックだ。あなたたちはあの『Works』だろう?」
「えぇ、初めまして~。『Works』の『クランマスター』をやっているリラルル・ララルです~」
「バケツさんですー」
「……るーるーです」
会話に唐突に混ざってきたのは、休憩所でMOBの接近にいち早く気づいた斥候っぽい人でした。
自己紹介が済むと、スネックさんは【ユングスメリス共和国】のフィールドエリアについて解説をしてくれました。
暇だったし、特に遮る理由もなかったので聞いていましたが、結構よく調べているようで、なかなかおもしろいことが聞けました。
どうやら【ユングスメリス共和国】は【ザブリナ王国】とは違い、フィールドエリアの出現傾向が偏っているようです。
【ザブリナ王国】は様々なフィールドエリアが開拓されていて、それぞれに多種多様な様相を見せていますが、【ユングスメリス共和国】は索敵系スキルが有用なフィールドエリアが多いみたいです。
索敵系スキルが有用なフィールドエリア、それはつまり視界が悪い場所が多いということです。
索敵系スキルはいくつかありますが、そのほとんどが独自の方法で情報を収集します。
例えば、『察知』。
私も取得しているスキルですが、これはなんとなく対象物がどこにあるのかわかるようになるスキルです。
Lvをあげて進化させていけば精度が増したり、距離が延びたりします。
派生すると『気配察知』などの生き物に特化したスキルになりますし、さらに進化させれば頭のなかにレーダーが備わるそうです。
そこまでいけば、視覚に頼らずMOBを発見するのも容易になってくるでしょう。
スネックさんも、斥候として索敵系スキルを第一に育てているそうです。
そして【ザブリナ王国】よりも【ユングスメリス共和国】のフィールドエリアの方が、自分のスキルを有効に活かせると思ってしばらくこちらで活動するためにやってきたそうです。
ちゃんと目的を持って別の国に行く人もいるようですね。
駅馬車に乗っている人の大半は、『各国横断スタンプラリー』や観光が目的だと思いますけど。
何はともあれ、面白い話も聞けましたし、無事に【ユングスメリス共和国】の【首都メリス】に到着です。
まだログアウトまでに一時間くらい余裕があるので、少しだけ【首都メリス】を散策してみることになりました。
「はえ~……【首都ザブリナ】と違って、こっちは結構統一されてますね~」
「漆喰塗りが多いですねー。町並みが綺麗ですー」
「……【ザブリナ王国】は雑然としてますよね」
【首都メリス】の町並みは、【首都ザブリナ】に比べて統一されていて綺麗に見えます。
【首都ザブリナ】の町並みも慣れるとあれはあれで好きなのですが、初見ではるーるーさんが言うように雑然としているように感じてしまうかもしれませんね。
建物も統一感がありませんし、使われている建材もバラバラですから。
建物は統一感がありますが、道行く人たちは【首都ザブリナ】とそう違わないようです。
今は各国から様々な人たちが流入しているからそう感じるのかもしれませんが、露店の店主や呼び込みをしている人たちを見ても、違いはなさそうなので間違ってはいないでしょう。
国ごとに多少の特色があるのはいいことだと思います。
ゲームバランスに大きく影響を与えない範囲なら、誰も文句は言わないでしょうし。
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町並みや露店を眺めながらぶらぶらしていれば、すぐに時間は経ってしまいました。
特にこれといった目ぼしい物は発見できませんでしたが、【ザブリナ王国】にはない素材がたくさん売っていました。
素材の名称が違うだけで性能面では変わりないものですが、やっぱり知らない素材はわくわくしてしまいますね。
買い物はお昼を食べてから自由に行う予定です。
でもたぶん三人で一緒に買い物することになると思いますけどね。
せっかく一緒に来ているんですから!




