11 『はっ! もう朝なの!?』
朝の諸々を済ませるとログイン。
今日も多くの人で騒がしい通りとは別に、私の視界の端に兎さんが踊っているのを確認。『IDメール』の着信です。
さっそく開いていると姫ちゃんからでした。
姫ちゃんは最近知り合った少し無口な女の子です。
ミカちゃんのクラスメートで、ミカちゃん経由で【ふろんてぃあーず】をプレイするという事を知り仲良くなりました。
本公開が始まったら合流しようと思っていたのですが、昨日はさっぱり会えませんでしたのでちょっと心配していたんですよね。
まぁ【首都サブリナ】自体がかなり広いので、ミカちゃんと会えたのだってかなり運が良かったので仕方ないといえば仕方ないです。
それに初日はみんなそれぞれ自由にやりたいだろうから会えたら、程度で話し合っていましたしね。
姫ちゃんからの『IDメール』は昨日会えなかった事の謝罪と今日は会ってフレンド登録しよう、という内容でした。
姫ちゃんは律儀ですにゃー。
恐らくログインしているはずなのですぐに返信すると、やっぱり返事はすぐに返ってきてさっそく待ち合わせ場所を決める。
待ち合わせ場所に行くまでに『メール』の方も確認するとミカちゃんから返信があり、「買う買う絶対買うログインしたらコールコール!」とあったのでさっそく『コール』してあげました。
『おはよーミカちゃん、今大丈夫ー?』
『ユリおそーい! はっ! もう朝なの!? おはよー!』
『コール』にでたミカちゃんは朝なのにものすごいテンションが高いご様子。
これはアレですね徹夜してますね。私は徹夜とか許されないので実に羨ましいです。
『ミカちゃん、一応ゲーム内ではバケツさんだよー?』
『ごめんごめん。でも『コール』だと周りに聞こえないしセーフセーフ!
じゃなくて! 例の指輪! MATKの! アレまだ売ってないよね!?』
ミカちゃんが先ほどつい言ってしまった名称は私の本名――柴田百合だったりします。
でも【ふろんてぃあーず】ではバケツさんなので間違ってほしくないです。
ゲームだからこそ本人バレとかいやですし。
『まだ売ってないよ。ていうか昨日ミカちゃんに『メール』したあとすぐにログアウトしたし。
それでいくらなら買う?』
『5000! 5000ニルでどう!? 相場スレで情報集めてみたけど大体この値段に収束していたよ。
最大数値ってわけじゃないけどそれに近いし、何よりアクセサリーに実用的な効果がついてるのは珍しいから!』
昨日の段階では相場情報がなかったからミカちゃんも判断がつかず、掲示板で情報を集めたみたいですね。
でも5000ニルですか……『オプション』なしの『カッパーリング』の2.5倍の値段になっています。
ちなみにニルは【ふろんてぃあーず】での通貨単位。
『オプション品』はやっぱり値段が跳ね上がるようですね。特に実用性の高いものは。
もう少し時間を置いたら値段も下がっていくでしょうが、今現在ならこれだけの価値があるようです。
商談はすぐにまとまり、『魔法攻撃力強化・微』のついた『カッパーリング』はミカちゃんがお買い上げで決定。
とはいえ、使うのは実際にはミカちゃんのPTの魔法使いらしいですけど。
ちなみに『耐久強化・微』の方はすっかり忘れ去られていましたが、一応聞いたら即答で「いらない」でした。ですよねー。
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姫ちゃんとの待ち合わせ場所と時間をミカちゃんに伝えたところ、『カッパーリング』の引き渡しのタイミングも同じでいいとのことでした。
どうやらミカちゃんも姫ちゃんと出会えていなかったみたいです。
「バケツさん」
「あ、姫ちゃんですか?」
「ん」
待ち合わせ場所で話しかけてきた女の子は、見事な姫カットに重装系の装備を身につけて袖が長く袖口が大きい肌着を身に着けていました。
『IDメール』の情報通りなので小声で確認を行えば、やっぱり姫ちゃんでした。
前髪のせいで目が隠れてしまっているけど、現実同様の違和感のない可愛らしい顔はいじっていない証拠ですね。
美形になるように『キャラクタークリエイト』で顔をいじるとどうしても違和感が残ってしまうらしいのです。
ただそれもよく見ていないと分からない程度に補正されるらしいので、パッと見ではわからないですけどね。
フレンド登録を交わし、ミカちゃんを待つ間に昨日はどうしていたのか情報交換を始める。
ちなみに姫ちゃんの【ふろんてぃあーず】での名前はメカクレ姫カットです。
名は体を現すとはよく言ったもので、現実同様、小林姫――姫ちゃんと呼んでも問題ない名前でよかったです。
「じゃあずっとソロだったの?」
「大体の検証はおわった」
「そっかー。私もほそぼそとやってるよー。ソロ仲間だねー。
ミカちゃんはβの仲間とPT組んでるみたいだし」
「ん」
姫ちゃんは口数が少ないけど、仲良くなれば大体言いたいことはわかる。
凝り性で手先がとても器用で、複数の事を同時にこなすのがとても得意な女の子です。
だからなのか、彼女がメイン武器に選んだのはβ時代に「ピーキー過ぎて無理」、と言わしめた『魔導糸手袋』です。
使われるのはただの糸ではなく専用の物なので、私が必要としていた刺繍糸や縫い糸ではないのですが、ほとんど使い手がいないためか露店ではまったく見ないものです。
ちなみに私もレシピは有れども作っていないものの1つですね。
「じゃあ今のところ店舗の売れ残り品を使ってるんだ?」
「ん。人気なさすぎ」
「ピーキーな上に使いこなせないと槍に劣るみたいだしねー」
「ボクは平気」
「姫ちゃんならそうだよねー」
「だから作って」
「もちろんいいですよー」
「やた」
NPCの店舗ではメジャーな装備類はほとんど消え去っているけど、使い手を選ぶマイナーな装備は一部残っているみたいです。
だからといって一般人がピーキーな装備を扱うのはデメリットの方が高く、露店を巡ればプレイヤーメイドの物が手に入るので好んでそういった物を使う人は少ない。
だけど扱えるなら話は別というわけです。
姫ちゃんは手先がとても器用で複数の事を同時にこなすことが得意な女の子。
まさに『魔導糸手袋』を扱うのにベストな存在といえるのですよ。
何せあの手袋は五指それぞれから装着した糸を出して指先の感覚だけで自由に扱えるという武器です。
でも専用のものとはいえ、所詮糸ですから魔力を通さないと攻撃力が低く、弓や魔法ほどの射程距離もないというものなのです。
ですが姫ちゃんの検証結果を聞くと、指での繊細な操作と10本の指でそれぞれ個別な扱い、魔力の配分が出来れば様々な状況に対応できるそうです。
言っている意味はわかります。でもそれが出来るかどうかはまた別問題。
βの情報でも一部のプレイヤーが10本全てを個別に、とはいかないまでもその半分くらいまではやれる人がいて有用性を示しています。
まぁソレ以上に槍以下の扱いになってしまってやめてしまう人の方が多かったのですけど。
ですからピーキーな武器なのです。
でも糸で攻撃ってロマンですよね。
私は姫ちゃんを応援します。だからまったく他に需要がなさそうな装備でも姫ちゃんになら作ってあげたいです。
「ごめーん! 遅くなったー!」
姫ちゃんと固い握手を交わしていれば、やっとミカちゃんがやってきました。
まぁミカちゃんはいつもあんな感じなので私も姫ちゃんも特に怒ったりはしないのですけどね。
「やほーい、姫! リアルとほとんど変わんないじゃん! 大丈夫なのそれ?」
「問題ない。髪の色は変えた」
「いや、うん。確かにグレーだけど……元々リアルでの色もそれに近いじゃん……」
「まぁまぁミカちゃん。人それぞれだよー。私も髪の色と眼の色変えただけだしー」
予定の時間よりも遅れてやってきたミカちゃんは姫ちゃんとフレンド登録しながらもツッコミをいれている。
まぁ確かに私も少し気になったことではあるけど、深刻な問題というほどではないと思う。
「いやいやバケツさんや……。あんたはバケツ被ってるんだから髪の色とか眼の色とか以前の問題だから」
「ん」
「あははーそうだったねー」
「はぁ……。まったく……リアルバレを避けるならもうちょっとなんかしなさいよ」
ツッコミ役はミカちゃんなので私達は安心してボケていられる。
最近仲良くなったばかりの姫ちゃんもすぐ馴染めたのはミカちゃんのおかげです。
彼女の元気で明るいところはのんびりしている私達にとってとてもよい刺激になる。
「仮面つける。作って」
「あーいいねー。石仮面とかロマンだよね!」
「そこは鉄仮面くらいでやめときなさい。ただでさえ姫はリアルでも人間やめてる部分あるんだから」
ミカちゃんは私よりも姫ちゃんと付き合いが長い。
その分だけ私が知らない姫ちゃんを知っているので羨ましく思うこともあるけど、少しずつ知っていけばいいだけです。逆に言えばそれだけ楽しみが残っているということでもある。
「姫ちゃん、そんなにすごいの?」
「すごいなんてもんじゃないのよ。『魔導糸手袋』を扱えるあの聖徳太子ばりの能力はリアルでもやばい!」
「ふふん」
「おぉー姫ちゃん聖徳太子なんだー」
「そう」
「いやいや違うから違うから。ボケるなボケるな」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
その後場所をミカちゃん御用達の個室の借りられるバーに移してお喋りを続ける。
現実では朝でも、ゲーム内では深夜だったのでタイミングもあまりよくなかったので仕方ないです。深夜ではやっているお店の方が少ないのだから。
狩り後の分配や打ち合わせなどで個室を使う際など、時間を問わない開拓者業では深夜の場合は場所を確保するだけでも大変なのだそうな。
普通に野外でやってる人達も多いけど、ミカちゃんのPTは個室を借りて行っているらしい。
なのでこういった個室を借りられるバーなどを知っているみたいです。
位置も【開拓者組合】と門にほど近いところなので便利だし。
【レンタル生産施設】でも個室を借りられるけどあそこはすごく狭い。もっと広いところは借りる人の生産系スキルLvが一定値以上なければ無理です。それに少ないとはいえ、本当に使いたい生産者の人を優先すべきですからね。
バーと言っても私達は未成年なのでソフトドリンクです。お酒は例え仮想現実でも未成年の私達は飲めません。
まだ私達は花も恥じらう16歳ですからね。
まぁバーに入る事自体も普通はできなさそうですが、他にやってるお店が少ないのだからその辺は目を瞑ってもらえるみたい。
おかげで初めて入る大人のお店で楽しい時間をたっぷりと堪能する事ができました。
持つべきものは情報通の友達ですね。




