01 『……ぁ進みなさい。開拓者よ!』
荘厳な輝きに満ち溢れた、神々しくも暖かい空間。
跪いた体勢のままほとんど体を動かすことの出来ない私。
流れる賛美歌に耳を傾けながらも、唯一動かすことの出来る目だけで必死に周囲を眺めています。
その光景はPVで何度も見ているにもかかわらずやはり美しく、心に響く。
情報通りに顔は固定されているがある程度周りを見渡すことが出来て私は非常に満足。
視線を戻せば絶世の美女と表現しても生ぬるい幻想的な美しさの中に生々しさを孕んだ女神様がお言葉を授けている。
誰にって? それはもちろん目の前にいる私です。
まぁその私はPVで何度もこの言葉を聞いているので周りの景色を堪能するのにありがたいお言葉そっちのけだったわけですが。
『……ぁ進みなさい。開拓者よ!』
あ、終わったみたいです。ありがたいお言葉。
ごめんなさい、女神様。全然聞いてませんでしたけど知ってるから別にいいよね。
神殿綺麗でしたよー。でも賛美歌が完全にBGMでしかなくて、反響してないのがちょっと――
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
思考内での寸評を遮られて、一瞬の暗転から広がる景色は先程までの荘厳な神殿ではなく、人のごった返す噴水広場です。
比較的短めのオープニングなので、私的にはあの神殿をもうちょっと見ていたかった気もします。
まぁ終わってしまったものは仕方ないです。予定通りに動くとしましょうか。
オープニングを終えたばかりの同類さん達の流れに乗って進む場所はかなり大きめの施設。
中世ヨーロッパ調の建築様式のその建物は他の建物と比べても3軒分はありそうなほどの大きさです。
同類さん達ももちろんこの建物に向かっているので流れに乗ってそのまま私も進んでいく。
でも施設に入ってからは流れも様々に分岐する。
ここは通称【訓練所】。
スタートしたばかりではほとんど何も持っていないに等しいためにここで講習という名のチュートリアルを受けて報酬を貰うのです。
短いものだと10分くらいで終わる講習もあるので、ほとんどの人がこの訓練所を訪れる事になる。
初期資金が一応あるので効率組はそのまま武器だけ買って突撃するらしいけど、私はそんな一部の廃人さん達とは違うので講習をしっかりうけるのですよ。
専用の受付がそれぞれあり、人気のところには長蛇の列ができている。
私もあとでアレに並ぶつもりだけど今のところは空いているところから講習を済ませてしまおうと思います。廃人さんほどではなくても効率よくいかないとね。
天井に吊られている案内表示を頼りに歩いて行くとまったく人がいない受付を発見。
何の講習なのか一応確認してもう一度見てもやっぱり並んでる人はいない。
それどころか受付のお姉さんは欠伸を噛み殺しつつも本を読んでいるような状態です。
他の受付は忙しそうにしているのにここだけは閑古鳥が盛大に鳴いていて浮いています。
うん、まぁここが目的地なんですけどね。
わかってました。ちゃんと情報通りです。
それでも出てしまうため息を1つ吐いて、受付に進んでもお姉さんは本に夢中のご様子。
なるほど確かになかなか高度なものを積んでいらっしゃる。
でもそんなの関係ねぇ!
「すみません、講習受けたいのですけど」
「……はえ? え!? うちのですか!? ……間違ってません?」
間違ってませんよ。確かに閑古鳥の鳴きっぷりはすごいですから気持ちはわかりますけど。
「間違ってませんよ。『魔術陣』の受付はここですよね?」
「はい、はいそうです! やったー! 久々の受講者だー! さぁさぁこっちです。ここに名前を書いてください! ここですよ!」
「あ、え、はい……そんなにひっぱらないでぇ……」
先ほどまでの態度とは一転歓喜に彩られた受付のお姉さんに急かされ引っ張られ、なんとか受付を済ませるとそのまま受付奥の部屋に引っ張りこまれてしまった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「……というのが戦闘、生産のどちらにも分類されるスキルである『魔術陣』です。ここまではいいですか?」
「はい、大丈夫です」
引っ張りこまれた部屋で始まった講習はなんてことはない簡単なもの。というか事前にしっかり調べてあるので全部知ってることです。
もちろん報酬目当ての受講でもそんなことはお首にも出しませんけどね。
「ではさっそく実技に入りましょう」
そういって渡されたのは『魔法紙』と『魔法ペン』。
見た目はなんてことのないちょっとごわついた紙なのが『魔法紙』。
『魔法ペン』は羽ペンのような形状だけどインクの代わりに魔力を消費するので必要ない。
「ではこの『レシピ/魔術陣:火弾』に描かれている『魔術紋様』をなるべく丁寧に綺麗に写して下さい。
時間がかかっても大丈夫ですから。ゆっくり丁寧に綺麗に写すのがポイントですよ」
最後に渡されたB5サイズの板に描かれているのは見たこともない文字と図形の組み合わされたかなり細かい紋様。
見た瞬間に私の心は歓喜に支配されたけど、嫌な人なら一瞬で諦めそうなくらいには細かい紋様です。
むふふ……さぁやりますよー!
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「出来たー!」
「おぉ~すごく綺麗に出来てますねぇ~。これは才能ありますよ!」
「ありがとうございます!」
書き写すこと40分あまり。
完成した『魔術紋様』は寸分違わず『レシピ/魔術陣:火弾』の『魔術紋様』と同じとはいかないものの、お姉さんに褒められるくらいには綺麗に出来ている。
「では最後に描いた『魔術紋様』に手を翳して出てきたウィンドウの[完了]をタッチして『完了処理』を行ってください」
「はい!」
お姉さんの言葉通りに描いた『魔術紋様』に手を翳して『完了処理』とイメージする。
すると空中に[完了][キャンセル]のボタンと注意事項が書かれている半透明のウィンドウが出現。注意事項には一定評価以上の『魔術紋様』でなければ失敗し『魔法紙』が無駄になると書かれている。
でもお姉さんから合格をもらっている私には関係ない。
さくっと[完了]をタッチすると魔力が消費されて『魔術紋様』が一瞬だけ光り、今まで複雑に描かれていたあの紋様が消え説明文だけが残されていた。
製作途中の加工品でしかないものがこの『完了処理』を経て、漸く正式に完成になるのです。
====
魔術陣:火弾
アイテム/★3/使用回数3回
====
「おめでとうございます! これで『魔術陣』の完成です。
普通、最初はもっと時間がかかるんですけどね。すごいです!」
「ありがとうございます!」
「見方は上段が名前、下段が左からカテゴリー、ランク、残り使用回数です。
最初から★3のランクはすごいですよ! 私は★3になるまで何回も描きましたからねぇ……」
最後の方でちょっと苦笑い気味になるお姉さんだったけど、それでも我が事にように喜んでくれているのが私も嬉しいです。
「さぁ次は使い方です! 危ないのでこっちの部屋に移動ですよー!」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「――これで『魔術陣』の使い方は以上です。
使い終わった『魔術陣』は消滅しますので何も残りません。
そして以上で『魔術陣』の講習は終わりとなります!
こちらが報酬ですよー!」
「ありがとうございます!」
あっという間に『魔術陣』の使い方は終わりです。
使い方は非常に簡単なものですし、私が使うことはまずないでしょうからどうでもいいですけどね。
上機嫌のお姉さんから講習完了の報酬を受け取り、一緒に受付まで戻るがやっぱり誰も並んでいないです。
私は満足ですけどね!
予想通り時間もかかったので長蛇の列はほとんど解消していて、他の人気のあった講習も、ほとんど並ばないでもよくなっているみたいですね、ありがたいことです。
さくさく行きますよー。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
講習をこなしている時にふと感じるのは、ここが仮想現実という非現実空間だということ。
いまさらながらに、世界の常識はずいぶんと変わってしまいました。
没入型VR技術が確立されてから、まだ5年しかたっていないのです。
そう、たった5年なのですよ。
今ではもう当たり前のことだけれど、VRとはもう一つの現実世界となっています。
毎週のように数多くのVRソフトが次々とリリースされ、人の住む世界は再び無限の広がりを見せはじめる。
先日みたネットニュースの片隅には、『人類の二度目の大航海時代』と記されていたりしましたが、熱狂具合でいえば似たようなものでしょう。
けれど、多くの人が望みながらも、未だに実現しないフロンティアがありました。
それがMMORPG。
いうなれば、人の技術が作り出した『剣と魔法の世界』というべき代物です。
実現しない理由は、技術的な問題であったり、倫理的な問題であったりと、一つ一つが容易ならざる代物だったかららしいです。
なぜ過去形かと言うと、世界初のMMORPGがついに発表されたからです。
ほどなくして始まったβテストは当然、当選者のみのクローズでした。
倍率がとんでもないことになったクローズβテストには当然のように落ちた私は、更新されるβ情報サイトを片っ端から巡って情報収集に明け暮れたのです。
そして待ちに待った世界初のVRMMORPG【ふろんてぃあーず】の正式稼動日が、まさに今日!
『キャラクタークリエイト』は髪と目の色を変えただけで十分。
スタートする国を事前に選択して、初期に取得できる10個のスキルもさくっと予定通りの物を取得して、受けられる講習も完了。
私の【ふろんてぃあーず】はここからだー!
*16/4/30 改稿
*16/5/8 表紙を追加